100万回生きた悪役女王

さくたろう

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彼女は愛を自覚する

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 ある日お茶会が終わった後、目撃してしまった。
 運命は、やっぱり絶対なのか。

「オーウェン様、お耳に入れておきたいことがあるのですが……」

 イザベラがそう言ってオーウェンに歩み寄る姿を見た。何やら耳打ちをした後、オーウェンの顔色がさっと変わった。
 私はこっそり物陰から二人の話を聞いていた。

 二人は別に恋の睦言を交わしていたわけではなかった。聞こえたのはもっと恐ろしい話だった。

 イザベラは震える声で言う。

「このところ、街中で噂が絶えないのです」

 ――国民が飢え死にをしているのに、王宮では毎日パーティらしい。
 ――あのモニカが女王になってからだ、不作が続いているのは。
 ――近隣国では革命が起きたという話だ。我が国でも……。


 ◇◆◇


 そこから、悪夢のような日々が続いた。
 国民は声を上げ、突然女王に怒りをぶつけ始めた。
 
 連日のように議会は開かれ、ついに女王までもが呼び出されることになった。

「オーウェン! 怖いわ!」

 私は彼にしがみついた。

「……大丈夫だモニカ、心配いらないよ」

 だが彼の顔も苦しそうだった。


 ◇◆◇


 十七歳になった。
 誕生日パーティなんてしなかった。
 何度も議会に呼び出された。女王を裁くなんて、前代未聞だ。
 もう、王の影響力なんてない。誰も王を尊敬しなかった。


 ◇◆◇


 ――女王を処刑台へ。

 議会では、僅差でそれが決まった。
 なんだ。結局、死の運命からは逃れられないんだ。
 

 ◇◆◇

 
 イザベラは泣いていた。見ているこちらが悲痛になるほど。

 いくつかの運命は変わった。
 彼女を助けたのは私だったし、彼女はオーウェンと恋仲になることはなかった。
 そして彼女と私は心の底からの友人になった。

「あたしにできることがあったら、なんでも致します。モニカ様、恐れ多くもこう思っていることをお許しください。あなたが大好きです」

 そう言って、彼女は宝石のように美しい涙を流した。


 ◇◆◇


 夢を見た。
 私はオーウェンとイザベラの前で断頭台に立つ。
  
 首が飛ばされる。

 あの人が笑っている。
 ああそうか。これは、私の始まりの記憶だったんだ。


 ◇◆◇

 
 処刑の日はまだだというのに、民衆が王宮を取り囲んでおり、兵士達とにらみ合っていた。女王を殺しに来たらしい。
 大勢の人が、私の死を願っていると思うと恐ろしかった。

「逃げるんだ、王宮から。モニカ、一緒に行こう」

 オーウェンが荷を作りながらそう言った。

「いいえ、だめよ。ねえオーウェン。私を殺して」

 彼が驚いて私を振り返る。

「なぜ」

「なぜって、あなたが好きだと思うから」

 いつか聞いたような台詞だ。
 私は彼に生きていて欲しい。それにきっと私が死んでもまたループするだけ。
 多分ね。

 その時、地面を揺るがすかのような大きな音がした。砲弾が王宮に撃ち込まれたのだ。軍の一部が国民側についたらしい。

 怒号が聞こえる。
 城が打ち破られるのは、もう、すぐだ。
 だから、彼に言うべきことを、手短に言う。

「思い出したの。私が誰だったか。
 前世の自分が本当の自分だと思っていた。
 だけど、その前にも、私は生きていた。史上最悪の女王モニカとして――」

 オーウェンは黙って私を見ている。その目は戸惑いに揺れている。妻が、何を言っているのか分からないらしい。

「私は、ある人に言われて、その通りたくさんの国民を処刑した。それが正しいと思っていたの。だけどその人は、私との婚約を破棄して、別の人と結ばれた。
 処刑される間際、私は見たの。その人が笑うのを。それでやっと分かった。その人は、常に権力を得るために立ち回っただけで、私のことを少しも愛していないってことを。全部、その人が仕組んでいたのよ」

 私は笑った。

「その人って、あなたのことよ、オーウェン」

 かわいいオーウェン。
 大好きなオーウェン。
 愛しいオーウェン。
 裏切り者の、可哀想なオーウェン。

 私、あなたを愛してる。


 ◇◆◇


 遂に民衆が、王宮の中に入り込んだらしい。迫る人々が兵士達と交戦する銃声が聞こえる。

 オーウェンは私を凝視したまま動けない。
 私は彼を愛していた。もし、囁かれた愛の言葉や笑い合った日々が嘘だったとしても、孤独の側にいつもいてくれたのは彼だったから。

 ――女王はどこだ!

 声がする。民衆は、もう近い。

「命令よ。私を殺しなさい!」

 きっと、私を殺せば、オーウェンは革命の英雄になれる。彼は生き延びるはずだ。

 しばらく黙っていたオーウェンはやがて何かを諦めたかのように笑って言った。

「そうだ、何もかも、君の言うとおりだ」

 ――ああ、やっぱりそうだったんだ。

「私は、理想の国を作りたかったんだ。誰も王に逆らわない、規律と安寧が支配する、そんな国だ」

 ゲームのシナリオでも語られない、彼の真実。彼は、過去を思い起こすように目を閉じる。

「あのくせ者はね、私が仕込んだものだったんだ。初め君を殺そうと思ったが、それよりも、君に近づき、婚約を結び、何もかもこの手に入れる……そんなシナリオにできるのではないかと考えて、あのくせ者を、殺したんだ」

 秘密の告白だ。
 ゆっくりと、彼が拳銃を私に向ける。

 ゲームで彼はヒロインと恋に落ちるが、それもまた、新たな女王と結びつくために愛を偽ったんだ。

「だけど誤算があった。いや、誤算しかなかった。私は馬鹿だな。君を本当に愛してしまうなんて――」

 彼の瞳から、涙が一筋、こぼれ落ちる。
 そして、カチリ、と彼の指が、引き金を引いた。
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