イリス、今度はあなたの味方

さくたろう

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第一章 聖女イリス

招かれざる客人

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 クロードからの返事はなかった。
 きっと仕事が忙しいんだ。信者達から届く山のような手紙の中に、埋もれてしまったのかもしれない。
 そう思って、ひと月後にまた手紙を書いたけど、やはり返事はなかった。そうしてまたひと月、ひと月と、時ばかりが過ぎていく。
 アリアが聖女として発見されたという噂も聞かないし、わたしが住むこの地に、聖女を探す司祭が来たという話もない。

 焦ったって仕方がない。
 両親の前ではいつも通り、ディマと二人のときは、彼の方から話題を振ってきた。

「また手紙を出してみようか。気づいていないだけかもしれない」

「困ったらクロード・ヴァリを頼りなさいって言っていたくせに」

 おつかいからの帰り道、二人で森の中を歩いているときに愚痴をこぼす。

「大丈夫さ、あの人ならなんとかしてくれる」

 三年で、クロードはローザリアの西部の司祭長にまで上りつめた。つまり本土西部の教会の上に立つ人間だということだ。
 アリアが十五歳のとき帝国の聖密卿はクロードだったから、少なくとも五年以内にまた出世する。

「西部司祭長ってやっぱり忙しいんだよ。国の四分の一の教会を束ねてるんだから。
 僕が帝都に行って、アリアを探そうか。こんな不安の中じゃ、じっとしてらんないしさ」

 それも手かもしれない。もちろんわたしも一緒に行ってアリアを探すのだ。

「それか最悪、アリアが見つかるまで、二人で逃げよう」

「ディマが逃げる必要は無いでしょ?」

「あるよ。妹一人、行かせるわけないでしょ。女の子が一人で逃げて、危ない目に遭ったらどうするの」

 冬に積もった雪は姿を消し、初夏の木漏れ日がわたしたちに落ちる。小鳥たちは元気に鳴き、羽ばたきが風となって木を揺らした。

「悲観するなよ、生き残る方法なんていくらでもある。人生なんてどうとでもなるんだ」

 驚いて、隣を歩くディマを見たけど、涼しい表情をしている。

「ディマは、本当に強くなったわ」

 いつからそんな風に考えるようになったんだろう。
 彼は謎めいた笑みを浮かべ立ち止まると、わたしの頭を、兄ぶってぐしゃぐしゃに撫でる。そうしてわたしの言葉には答えずに、全然違うことを言った。

「もう少しでイリスの誕生日だ。お父様とお母様がはりきってる、きっとご馳走さ。それに、僕からもプレゼントがあるんだ。それで来年は、もっと豪華な祝いにしよう」

 言ってから、彼は左手の小指を差し出した。

「約束だ。僕がいる限り、イリスを不幸にさせない」

 彼がテミス家に来た最初の日を思い出した。
 辛いことや悲しいことがあったら、絶対にわたしに相談してと、彼に言った。そうしたら、わたしが彼を守るからと。

 あれから何年も時が流れて、わたしたちはいくつもの約束をした。今日、またひとつ、増える。

「わたしもディマを不幸にさせない」

 小指を重ねながらそう答えると、ディマはまた微笑んだ。

「両親がいて、イリスがいる。もう、十分すぎるくらいに幸せだ」

 悪役ディミトリオスの影なんて、ディマの中には見つけられない。
 
 二人だけで出歩く許可をもらって久しい。
 わたしたちは、人に聞かれたくない話をするときは、いつも森を抜けるときだった。ディマはこの時間を、とりわけ大切にしているようだった。


 だけど結局、ディマと二人で森の中を歩いたのは、この日が最後になってしまった。
 数日後に、不幸がやってきた。

 相も変わらず、お父様によく似た姿で、しかしその笑顔の中に、お父様のような温かさはない。
 ギラついた瞳を輝かせ、エルアリンド・テミスが我が家にやって来た。
 
「やあ、久しぶりだね、イリス。ちょっとこれを触ってみてくれないか」

 そう言って笑う彼の手の中には、ちょうど人の心臓ほどの、ひどく歪な形をした水晶結晶が握りしめられていた。
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