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第三章 宮廷遊戯
この光と闇
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◆ルカ・リオンテール
ルカ・リオンテールは、オーランドに付き従い、サーリの部屋にいた。
テミス家が去って以来、以前にも増して部屋に引きこもりがちになった母に向かい、オーランドは静かに言う。
「母上は、私が誰の子か、知っておられたのですね」
幾度となく投げかけられた問いに、サーリはいつもすすり泣くばかりだ。
「息子を生み、育つまで、わたくしに価値などありませんでした……。赤子はわたくしの肚の中で死んでいくばかり、無事に生まれても、数ヶ月と生きません」
ベッドの上で、サーリは顔を手で覆った。
同じ血が流れているのに、姉は自分とは異なり、優しく弱い人間だと、ルカは知っていた。自分も他人も憐れんで、重圧に耐えきれず臥せってばかりいる。
「……子供が育たないのは、わたくしのせいだと、リオン様はなじりました。生家からも、男を産めとそればかりで、わたくしは追い詰められていました――」
オーランドの耳には、未だにイリスに貰った耳飾りが光っている。既にルカが、護符の魔法を解いている、単なる装飾品でしかないものだ。
「でも、あの人とわたくしは、心の底から愛し合っていたのよ。オーランド、お前は愛し合ったわたくし達から生まれた、たった一人の愛おしい子なの……」
独り言のようなサーリの言葉を、これ以上は聞きたくないとでも言うように、オーランドは顔を歪め立ち上がった。冷たい視線を自身の母に向けながら、言い放つ。
「本来なら国賊はあなたの方だ。テミス家ではない。罰せられずに、こうして生かされていることに、感謝しなさい」
母に向ける言葉では、到底なかった。
部屋を出たオーランドに、ルカは廊下で耳打ちをした。
「諸侯の連合軍が敗北したようです。彼らは、フォルセティ家の領地まで進軍するはずです。そこで終止符を打ちます。軍勢と共に、アリアを派遣します」
歩みを止めず、振り返りもせずに、オーランドから返事があった。
「イリスだけは、生かして私のところへ連れてこい。二度とどこへも行かぬよう、手足を切り落としてやる」
甥の執着は、ルカにとって不可解だ。
「なぜイリスに固執するのですか。あなたの心を蹂躙した娘です。首を切り落とし持って来てもよいのですよ」
そこで初めて、オーランドは足を止めた。目線は窓の外に向けられる。外界には、青空に太陽が浮かび、城下を照らしていた。ぽつりと、オーランドは言う。
「イリスは、私の太陽だ。私の闇を照らしてくれた」
「陛下、あなたこそがローザリアの太陽なのです」
ふ、とオーランドから自嘲が漏れた。
「光が強ければ、闇もまた深かろう。私が太陽なのであれば、背後にはさぞ暗黒が広がっているのだろうな」
「ですが陛下――」
「黙れルカ!」
オーランドはようやくルカを振り返る。その目は血走り、嫌悪に歪んでいた。
「お前も共犯だ。リオンテール家が自らの身を守るために、私と母の尊厳を破壊したのだ! それとも私の動揺は想定外だったか? 貴様らと同じく、我が身可愛さに冷徹に事実を受け入れられるとそう考えていたとでも言うのか!
……こんな感情は知りたくもなかった。ディミトリオスが憎い。何もかも持っているあの男が、私は憎くてたまらないのだ。イリスは私のものだった。それをあの男が卑劣にも盗んだのだ!」
廊下に出ていた数人の貴族達が、必死に知らないふりを続けていた。だが彼らが、一言も聞き逃すまいとこちらに耳を傾けていることを、ルカは承知していた。
宥めるように、オーランドに声をかける。
「陛下、イリスは聖女ではありません。聖女の心臓が反応しなかったのを、あなただってご覧になったはずでしょう。あの娘は無価値の人間です。初めから皇妃には、なり得ない娘ですよ」
だがもはや、ルカがオーランドに何を言っても、意味をなさなかった。
「ならば私が彼女をどうしようが、問題あるまい……! フォルセティ家の領地で奴らを食い止めろ、いいか、必ずだ! そうしてイリスを私の前に連れてこい。自分が誰のものなのか、じっくりと分からせてやらねばなるまい」
オーランドがこれほどまでに怒りを露わにしたことは、今までになかった。
ルカはオーランドを、甥として、ローザリア皇帝として、我が子同様か、それ以上に愛していた。彼の幸福を願うのは、邪な心からではなく純粋なものだ。イリスへの執着がある以上、オーランドに平穏が訪れないということにも、ルカは気付いていた。
見せかけだけは平常通りの夕食を終えた夜に、ルカはアリアを呼び出した。ドレス姿のままで、アリアは現れた。
「アリアが参りました」
そう言い、彼女は、彼女をよく思わない者でさえ思わず見惚れてしまうような、美しく自信に溢れた笑みを見せた。
頭の良い娘ではあった。役目を理解し、立ち回ることに長けている。だが、今にあっては余分だ。
「笑みなど不要だ」
言うとアリアは冷酷とも思えるほどの無表情に変わる。余計な会話などせずに、ルカは目的だけを告げた。
「闇の魔術を再び使い、オーランド様の心を救いなさい」
アリアは既に、周囲にかけた魅了の魔術を解いていた。彼女に群がるのは、親愛の情ではなく、次期皇妃の座にある娘と近づきたいという欲を持った者ばかりに置き換わった。
心を操るためには、隙間に入りこまなくてはならない。ディミトリオスは固かったが、オーランドにはなんとしてでも入りこまなくてはならなかった。だから兵をけしかけて、彼を襲わせたのだ。
アリアは表情を曇らせる。
「闇の魔術は、あまり使いたくありません。あれはわたしの体に響きます。命の蝋燭が確実に減っていくのを感じるんです。ルカ様のご命令通り、テミス家を滅ぼすために使いました、彼らは宮廷を無事追われました。もう、必要ありません」
口答えなど、ルカは求めていなかった。己より遥かに下等な血の者に歯向かわれるのを、ルカはよしとしていない。
「だが取り逃がし、より危機に陥っているのはお前の責任だ! 左腕だけ捕らえてなんの意味がある!」
「ルシオ・フォルセティが彼らの手助けをしました! わたしに体当たりをして魔法を妨害しました!
あれがなければ捕らえていました!」
確かにあの時、ルシオが邪魔に入った。アリアの魔法はわずかに逸れ、ディミトリオスの左腕を吹き飛ばすに留まった。
すぐさま潮流を読んだファブリシオ・フォルセティはルシオが罪に問われる前に即座に領地に下がらせ、軟禁状態としている。
「だがなお、お前の責任だ。次こそディミトリオスを殺し――イリスも殺せ。オーランド様が何を言おうが、生かしてはおけまい」
アリアは顔を歪め、押し黙った。
「従え。アリア、貴様が使えなくなった後は、ライラを使う。フォルセティ家に協力し、次で必ず仕留めろ。そうしたら望み通りのものをやる。奴らを決して帝都に近づけさせるな」
「ライラには手出ししないと約束したでしょう! それにあの子はあなたの血族ではありませんか!」
アリアは傷ついたような表情を浮かべる。平素のように取り繕えないのは、余裕がない表れだろう。アリアは誰よりも、妹のライラを大切に思っていた。
ライラの血の半分は、リオンテール家の末席の娘のものだ。だが他の一族と同様に扱うつもりなど、ルカにはなかった。
「ルカ様、わたしとライラを救ってくださったことには、大変感謝をしております。しかし、あなたの命令に全て従っていたら、わたしの体はたちまち朽ちてしまいます!」
「イリスだったら、それでもやっていただろう。必要とあらば、命を顧みない娘だった」
「わたしは彼女ではありません! それに彼女も、魔力を行使しすぎて、ひと月も意識を失ったことがあったというではありませんか!」
「やれないという返答など要らない。必ずやれ。命が尽きると言うのならば、その前に、あの者達を抹殺すれば良いだけの話だ」
アリアは蒼白な顔色のまま、ただ、静かに一礼した。
ルカ・リオンテールは、オーランドに付き従い、サーリの部屋にいた。
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「でも、あの人とわたくしは、心の底から愛し合っていたのよ。オーランド、お前は愛し合ったわたくし達から生まれた、たった一人の愛おしい子なの……」
独り言のようなサーリの言葉を、これ以上は聞きたくないとでも言うように、オーランドは顔を歪め立ち上がった。冷たい視線を自身の母に向けながら、言い放つ。
「本来なら国賊はあなたの方だ。テミス家ではない。罰せられずに、こうして生かされていることに、感謝しなさい」
母に向ける言葉では、到底なかった。
部屋を出たオーランドに、ルカは廊下で耳打ちをした。
「諸侯の連合軍が敗北したようです。彼らは、フォルセティ家の領地まで進軍するはずです。そこで終止符を打ちます。軍勢と共に、アリアを派遣します」
歩みを止めず、振り返りもせずに、オーランドから返事があった。
「イリスだけは、生かして私のところへ連れてこい。二度とどこへも行かぬよう、手足を切り落としてやる」
甥の執着は、ルカにとって不可解だ。
「なぜイリスに固執するのですか。あなたの心を蹂躙した娘です。首を切り落とし持って来てもよいのですよ」
そこで初めて、オーランドは足を止めた。目線は窓の外に向けられる。外界には、青空に太陽が浮かび、城下を照らしていた。ぽつりと、オーランドは言う。
「イリスは、私の太陽だ。私の闇を照らしてくれた」
「陛下、あなたこそがローザリアの太陽なのです」
ふ、とオーランドから自嘲が漏れた。
「光が強ければ、闇もまた深かろう。私が太陽なのであれば、背後にはさぞ暗黒が広がっているのだろうな」
「ですが陛下――」
「黙れルカ!」
オーランドはようやくルカを振り返る。その目は血走り、嫌悪に歪んでいた。
「お前も共犯だ。リオンテール家が自らの身を守るために、私と母の尊厳を破壊したのだ! それとも私の動揺は想定外だったか? 貴様らと同じく、我が身可愛さに冷徹に事実を受け入れられるとそう考えていたとでも言うのか!
……こんな感情は知りたくもなかった。ディミトリオスが憎い。何もかも持っているあの男が、私は憎くてたまらないのだ。イリスは私のものだった。それをあの男が卑劣にも盗んだのだ!」
廊下に出ていた数人の貴族達が、必死に知らないふりを続けていた。だが彼らが、一言も聞き逃すまいとこちらに耳を傾けていることを、ルカは承知していた。
宥めるように、オーランドに声をかける。
「陛下、イリスは聖女ではありません。聖女の心臓が反応しなかったのを、あなただってご覧になったはずでしょう。あの娘は無価値の人間です。初めから皇妃には、なり得ない娘ですよ」
だがもはや、ルカがオーランドに何を言っても、意味をなさなかった。
「ならば私が彼女をどうしようが、問題あるまい……! フォルセティ家の領地で奴らを食い止めろ、いいか、必ずだ! そうしてイリスを私の前に連れてこい。自分が誰のものなのか、じっくりと分からせてやらねばなるまい」
オーランドがこれほどまでに怒りを露わにしたことは、今までになかった。
ルカはオーランドを、甥として、ローザリア皇帝として、我が子同様か、それ以上に愛していた。彼の幸福を願うのは、邪な心からではなく純粋なものだ。イリスへの執着がある以上、オーランドに平穏が訪れないということにも、ルカは気付いていた。
見せかけだけは平常通りの夕食を終えた夜に、ルカはアリアを呼び出した。ドレス姿のままで、アリアは現れた。
「アリアが参りました」
そう言い、彼女は、彼女をよく思わない者でさえ思わず見惚れてしまうような、美しく自信に溢れた笑みを見せた。
頭の良い娘ではあった。役目を理解し、立ち回ることに長けている。だが、今にあっては余分だ。
「笑みなど不要だ」
言うとアリアは冷酷とも思えるほどの無表情に変わる。余計な会話などせずに、ルカは目的だけを告げた。
「闇の魔術を再び使い、オーランド様の心を救いなさい」
アリアは既に、周囲にかけた魅了の魔術を解いていた。彼女に群がるのは、親愛の情ではなく、次期皇妃の座にある娘と近づきたいという欲を持った者ばかりに置き換わった。
心を操るためには、隙間に入りこまなくてはならない。ディミトリオスは固かったが、オーランドにはなんとしてでも入りこまなくてはならなかった。だから兵をけしかけて、彼を襲わせたのだ。
アリアは表情を曇らせる。
「闇の魔術は、あまり使いたくありません。あれはわたしの体に響きます。命の蝋燭が確実に減っていくのを感じるんです。ルカ様のご命令通り、テミス家を滅ぼすために使いました、彼らは宮廷を無事追われました。もう、必要ありません」
口答えなど、ルカは求めていなかった。己より遥かに下等な血の者に歯向かわれるのを、ルカはよしとしていない。
「だが取り逃がし、より危機に陥っているのはお前の責任だ! 左腕だけ捕らえてなんの意味がある!」
「ルシオ・フォルセティが彼らの手助けをしました! わたしに体当たりをして魔法を妨害しました!
あれがなければ捕らえていました!」
確かにあの時、ルシオが邪魔に入った。アリアの魔法はわずかに逸れ、ディミトリオスの左腕を吹き飛ばすに留まった。
すぐさま潮流を読んだファブリシオ・フォルセティはルシオが罪に問われる前に即座に領地に下がらせ、軟禁状態としている。
「だがなお、お前の責任だ。次こそディミトリオスを殺し――イリスも殺せ。オーランド様が何を言おうが、生かしてはおけまい」
アリアは顔を歪め、押し黙った。
「従え。アリア、貴様が使えなくなった後は、ライラを使う。フォルセティ家に協力し、次で必ず仕留めろ。そうしたら望み通りのものをやる。奴らを決して帝都に近づけさせるな」
「ライラには手出ししないと約束したでしょう! それにあの子はあなたの血族ではありませんか!」
アリアは傷ついたような表情を浮かべる。平素のように取り繕えないのは、余裕がない表れだろう。アリアは誰よりも、妹のライラを大切に思っていた。
ライラの血の半分は、リオンテール家の末席の娘のものだ。だが他の一族と同様に扱うつもりなど、ルカにはなかった。
「ルカ様、わたしとライラを救ってくださったことには、大変感謝をしております。しかし、あなたの命令に全て従っていたら、わたしの体はたちまち朽ちてしまいます!」
「イリスだったら、それでもやっていただろう。必要とあらば、命を顧みない娘だった」
「わたしは彼女ではありません! それに彼女も、魔力を行使しすぎて、ひと月も意識を失ったことがあったというではありませんか!」
「やれないという返答など要らない。必ずやれ。命が尽きると言うのならば、その前に、あの者達を抹殺すれば良いだけの話だ」
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