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第四章 彼女に捧ぐ鎮魂歌
敵地会談
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◆ディミトリオス・フォーマルハウト
イザヴ半島の中央に、ラルフ帝が拠点にしている城がある。彼はこの争乱の地が大層気に入り、三十年以上、帝都に戻ることなく暮らしているという。
ディマ達は、その城に招かれた。防御の魔術が張り巡らされていたらしいが、イリスが兵等の体を操った際に、同時に解けたらしい。今や弱点だらけのむき出しの城だ。敵地であれど、イリスの魔力を目の当たりにした彼等に、攻撃の意思はなく、彼等の心を読んだイリスもまた、ディマに近づきそっと言った。
――ラルフ様には元々敵意はないようでしたけれど、兵士様の中には激しい敵意を持つ者もありました。彼等の精神に干渉して、それを小さくしたので、もう誰も、わたし達を傷つけようだなどとは思いません。
内心の驚愕を、表に出さないように、その時ディマは努力した。
(以前のイリスは、彼等の体や心に干渉し操るということをしなかった。やり方は知っていたはずだ。だが使わなかったのは、闇の魔術に分類される魔法であるからだ)
目的のためならば、手段を選ばないところはあったが、以前のイリスは善と悪なら常に善側に立とうとしていた。強制的に従わせるのではなく、彼等自身の心で選ばせようとしていた。しかし今のイリスは、服従させるために、躊躇うことなく闇の魔術を行使する。
(彼女は、善悪の歯止めなく、僕を守るために、僕が望むことをしようと突き進んでしまう。……僕が彼女を繋ぎ止めておかなくては)
密かにそう、心に誓う。
和平のための会談は、三人で行いたいとラルフ帝は言った。異例であることは確かだ。普通、国家間の条約を定める場合、まず王命を受けた使者間で話し合いが持たれ、その後、必要があれば首長同士が会うというのが通例だった。だがそんな通例など踏み潰してしまえとディマは思う。
(イリスに関することを、他人に任せられるはずがない)
たとえその内心を見透かされた上で誘き寄せられたのだとしても、隠れた罠や兵士がいないことは、既にディマも魔法を巡らせ確認した。彼の腹を探るにも、やはり自分が出た方が良い。
今は廊下の前に設置された長椅子に、ディマは腰掛け待っていた。周囲に護衛はおらず、代わりに敵国兵が彷徨いた。だがそれで問題ない。彼等が束になってかかってきたところで、蹴散らせるだけの自信はあった。
と、目の前の部屋の扉が開き、イリスが出てきた。体の汚れを落とし、予め準備していたドレスを身にまとう。彼女が身につけているのを見たことがない、真紅の生地だ。肩からはレースのショールを羽織り、両手を隠している。
ディマの視線に気付いたのか、イリスは微笑んだ。
「わたしなりの、戦闘服。お母様と一緒に考えて作ったの。薔薇のように熱く燃える魂を、ラルフ様に見ていただかなくてはならないもの」
廊下の兵士が、皆、イリスに釘付けだった。
ミングウェイ帝国が支配するこの地は広く創造主派が幅をきかせている。だがその彼等さえも、束の間息が止まるほどの美しさを、イリスは放っていた。
「行こうか」
差し出した手に、イリスはそっと、左腕を重ねた。
会談の場は、城の中程の部屋だった。昼間だと言うのに、窓の少ないこの城は暗い。乾燥地帯が広がる聖地の砂が、城に入るのを防ぐための造りなのだろう。
ラルフは一人で待っていた。広くはない部屋の中には、暗さを誤魔化すための灯りが至る所に浮かんでいる。テーブルの上には、この不毛地帯には似つかわしくない新鮮な果実や脂の乗った肉が置かれていた。
「かけたまえ」
テーブルの短辺に陣取っている彼は、立ち上がることなくそう言った。長い机のもう一つの短辺にディマは座り、直角に、イリスが座る。
「お会いしてくださりありがとうございます。歓迎の儀式には戸惑いましたが、とても嬉しく思います。今まで散々、お会いしたいと恋文を送っていたのに、無視されていたでしょう。ですがなぜ今になって会う気になったのですか?」
礼儀を欠いた言葉だった。目前の男は、修飾のない直接的な言葉を好むだろうとディマは思った。イリスが不安げにディマを見たのが分かった。
ラルフの目が光る。
「会う気になった理由は様々だが、一番は、そなたという人間に興味を持ったからだ。余は会いたい時に会いたい者に会う」
挑むような、ラルフの瞳だった。
獰猛で狡猾な獣を思わせるような、抜け目のない瞳だった。
「セオドアを殺したのはリオンテール家だろう。リオンに、テール家の血を引く子が生まれたから、セオドアを闇へと葬った。だがその世継ぎにフォーマルハウト家の色が付いてないことが分かるやいなや、リオンの命をも奪った。尋ねるが、なぜそのオーランドをそなたは飼っておる?」
彼の目をまっすぐ見つめ返しながら、ディマは答えた。
「飼っているつもりはありません。友人として、側にいて欲しいと思っているから、彼はこの地まで付いて来てくれた。それだけです」
ラルフは、冷たく計算高いとも思われる声を発した。
「そなたの父に、神の教えを説いたのは余だ。セオドアが帝位についた際、創造主派の司祭は、このミングウェイから送り込んでやった。
このラルフは、あの男を大変好意的に見ていたのだよ。外見はともかくとして、そなたを見ていると、セオドアを見ているように思う。若く、野心に満ち、そうして炎のように燃えたぎる。同時に御しやすく、純情だ」
そう言って、ラルフは獲物を見つけた蛇のように目を細めた。
「そなたは何を信じる? 創造主か? 聖女か?」
「私は世界を創造した神を信じ、そうして妻として聖女を愛しています。双方を、心の底から信じています」
神など信じてはいなかったが、そう答えた。ラルフは愉快そうに笑う。
「ローザリアとミングウェイはこの世界の覇者だ。指導者といってもいい。我等が率先して道を示さなくてはならんと、そうは思わんかね」
「それは私も望むところであります」
ディマは即座に答えた。
「私がローザリアにおいて信仰の自由を認めたのは、私自身、これ以上、国益の礎である国民の血が流れることを防ぎたいと考えたためです。
そうしてそれは、世界にも言えることだ。この地では、今日よりいかなる戦闘も認めない。聖地は不可侵の地とする。誰のものでもない。どこにも属さない。ローザリアのものでも、ミングウェイのものでもない。神が誰しものものであるように、この聖地を誰もが共有する。そのために私は参りました。ラルフ帝、あなたもそうではないのですか」
一瞬の、奇妙な沈黙があった。ラルフの顔から感情が抜け落ちたように、ディマには思えた。
「聖地がどこか知っているか」
――今度はなんの試練のつもりだ。あるいは問答に失敗し、彼の機嫌を損ねたのか?
考えながら、ディマは当たり障りなく答える。
「イリスが支配を宣言したこの地でしょう」
「更に細かく場所を特定するならば、この城の、地下だ」
何を言い出すのかと彼を見ていると、氷のような声色が発せられた。
「来い。見せたいものがある」
そう言って、ラルフは立ち上がり、返事を待たずに歩き出した。思わずイリスと顔を見合わせる。眉を下げながらも、イリスは言った。
「兵士の姿はありません。ラルフ様、本当にお一人のようです」
彼女に頷き返し、ディマも立ち上がった。テーブルの上の、腐る程多い食料には、誰も手を、付けなかった。
ラルフの向かった先は、部屋の扉を開けた先に続く階段だった。暗く、地下まで続く階段を、ラルフは無言で降りていく。
ディマの頭に、嫌な既視感があった。
(雰囲気が、よく似ている。教皇庁の地下の、成れ果て部屋に――)
階段を下る度に気温が下がり、肌に冷気が触れた。城の石壁は途中で姿を消し、ごつごつとした岩壁が出現した。洞窟のようだった。
やがてラルフは、一つの鉄製の扉の前で立ち止まる。ディマの頭はふらついた。これではあまりに、そっくりじゃないか――。
だがディマの胸中を、ラルフは知る由もなく扉を開いた。
予想通りのものがそこにある。数多の水晶結晶が、細長い洞窟の中に青白く光っていた。
はっと、イリスが息を呑む気配がした。
ディマは洞窟内に目を滑らせる。教皇庁の地下との違いは、水晶結晶の大きさと量だろう。
(あそこにあった水晶結晶は、一つ一つが巨大だった。ここには一つだけ大きな物があるが、後は小さいものだ。魔力の含有量も、明らかに少ない)
ラルフはこの洞窟内で最も大きな水晶結晶に近づくと、言った。
「そなたに送ったのも、この水晶群の一つだ」
「あれを調べてみましたが、ただの水晶のように思えました。エンデ国のもののようには、魔力を含有していなかった」
彼の背中に向けてディマはそう声をかける。振り返らずに、彼は言う。
「この地では、かねてよりかような水晶が採掘される。太古より眠るこの水晶があったからこそ、ミングウェイは聖地を支配し続けることができたのだ。だがこの地から外に出すと、効力を失ってしまう。聖女派の司祭どもが持っているそれよりも、遥かに魔力が劣っているからな」
ようやく、ラルフはこちらを振り返った。先程までの、憮然とした態度の皇帝はいない。代わりに弱りきり、疲れ果てた一人の男の姿があった。
「そなた等に会った理由のもう一つは、これだ。余は治らぬ病を患っている。腹の中に、腫瘍があるのだ。余が死ぬ前に、この水晶結晶を、破壊してほしい」
青白い水晶に照らされたラルフの顔は、さながら死人のようだった。目線はディマを見ながらも、ここではないどこかを夢見ているようだ。
「どうして破壊をわたし達に頼むのですか」
「聖女――と呼ばれる者の魔力はこの水晶と同種のものだ。同じ魔力で破壊すれば、この鉱物は壊れるはずだ」
「なぜ破壊する必要があるのですか」
イリスの純粋な問いに対し、静かに、彼は言った。
「この水晶は、余の娘だった」
ディマとイリスが言葉を紡ぐ前に、ラルフの声が、洞穴内に響き渡った。
「そなた等が、最も知りたいことを話してやろう。このために、はるばるローザリアより海を越えてきたのであろう?」
イザヴ半島の中央に、ラルフ帝が拠点にしている城がある。彼はこの争乱の地が大層気に入り、三十年以上、帝都に戻ることなく暮らしているという。
ディマ達は、その城に招かれた。防御の魔術が張り巡らされていたらしいが、イリスが兵等の体を操った際に、同時に解けたらしい。今や弱点だらけのむき出しの城だ。敵地であれど、イリスの魔力を目の当たりにした彼等に、攻撃の意思はなく、彼等の心を読んだイリスもまた、ディマに近づきそっと言った。
――ラルフ様には元々敵意はないようでしたけれど、兵士様の中には激しい敵意を持つ者もありました。彼等の精神に干渉して、それを小さくしたので、もう誰も、わたし達を傷つけようだなどとは思いません。
内心の驚愕を、表に出さないように、その時ディマは努力した。
(以前のイリスは、彼等の体や心に干渉し操るということをしなかった。やり方は知っていたはずだ。だが使わなかったのは、闇の魔術に分類される魔法であるからだ)
目的のためならば、手段を選ばないところはあったが、以前のイリスは善と悪なら常に善側に立とうとしていた。強制的に従わせるのではなく、彼等自身の心で選ばせようとしていた。しかし今のイリスは、服従させるために、躊躇うことなく闇の魔術を行使する。
(彼女は、善悪の歯止めなく、僕を守るために、僕が望むことをしようと突き進んでしまう。……僕が彼女を繋ぎ止めておかなくては)
密かにそう、心に誓う。
和平のための会談は、三人で行いたいとラルフ帝は言った。異例であることは確かだ。普通、国家間の条約を定める場合、まず王命を受けた使者間で話し合いが持たれ、その後、必要があれば首長同士が会うというのが通例だった。だがそんな通例など踏み潰してしまえとディマは思う。
(イリスに関することを、他人に任せられるはずがない)
たとえその内心を見透かされた上で誘き寄せられたのだとしても、隠れた罠や兵士がいないことは、既にディマも魔法を巡らせ確認した。彼の腹を探るにも、やはり自分が出た方が良い。
今は廊下の前に設置された長椅子に、ディマは腰掛け待っていた。周囲に護衛はおらず、代わりに敵国兵が彷徨いた。だがそれで問題ない。彼等が束になってかかってきたところで、蹴散らせるだけの自信はあった。
と、目の前の部屋の扉が開き、イリスが出てきた。体の汚れを落とし、予め準備していたドレスを身にまとう。彼女が身につけているのを見たことがない、真紅の生地だ。肩からはレースのショールを羽織り、両手を隠している。
ディマの視線に気付いたのか、イリスは微笑んだ。
「わたしなりの、戦闘服。お母様と一緒に考えて作ったの。薔薇のように熱く燃える魂を、ラルフ様に見ていただかなくてはならないもの」
廊下の兵士が、皆、イリスに釘付けだった。
ミングウェイ帝国が支配するこの地は広く創造主派が幅をきかせている。だがその彼等さえも、束の間息が止まるほどの美しさを、イリスは放っていた。
「行こうか」
差し出した手に、イリスはそっと、左腕を重ねた。
会談の場は、城の中程の部屋だった。昼間だと言うのに、窓の少ないこの城は暗い。乾燥地帯が広がる聖地の砂が、城に入るのを防ぐための造りなのだろう。
ラルフは一人で待っていた。広くはない部屋の中には、暗さを誤魔化すための灯りが至る所に浮かんでいる。テーブルの上には、この不毛地帯には似つかわしくない新鮮な果実や脂の乗った肉が置かれていた。
「かけたまえ」
テーブルの短辺に陣取っている彼は、立ち上がることなくそう言った。長い机のもう一つの短辺にディマは座り、直角に、イリスが座る。
「お会いしてくださりありがとうございます。歓迎の儀式には戸惑いましたが、とても嬉しく思います。今まで散々、お会いしたいと恋文を送っていたのに、無視されていたでしょう。ですがなぜ今になって会う気になったのですか?」
礼儀を欠いた言葉だった。目前の男は、修飾のない直接的な言葉を好むだろうとディマは思った。イリスが不安げにディマを見たのが分かった。
ラルフの目が光る。
「会う気になった理由は様々だが、一番は、そなたという人間に興味を持ったからだ。余は会いたい時に会いたい者に会う」
挑むような、ラルフの瞳だった。
獰猛で狡猾な獣を思わせるような、抜け目のない瞳だった。
「セオドアを殺したのはリオンテール家だろう。リオンに、テール家の血を引く子が生まれたから、セオドアを闇へと葬った。だがその世継ぎにフォーマルハウト家の色が付いてないことが分かるやいなや、リオンの命をも奪った。尋ねるが、なぜそのオーランドをそなたは飼っておる?」
彼の目をまっすぐ見つめ返しながら、ディマは答えた。
「飼っているつもりはありません。友人として、側にいて欲しいと思っているから、彼はこの地まで付いて来てくれた。それだけです」
ラルフは、冷たく計算高いとも思われる声を発した。
「そなたの父に、神の教えを説いたのは余だ。セオドアが帝位についた際、創造主派の司祭は、このミングウェイから送り込んでやった。
このラルフは、あの男を大変好意的に見ていたのだよ。外見はともかくとして、そなたを見ていると、セオドアを見ているように思う。若く、野心に満ち、そうして炎のように燃えたぎる。同時に御しやすく、純情だ」
そう言って、ラルフは獲物を見つけた蛇のように目を細めた。
「そなたは何を信じる? 創造主か? 聖女か?」
「私は世界を創造した神を信じ、そうして妻として聖女を愛しています。双方を、心の底から信じています」
神など信じてはいなかったが、そう答えた。ラルフは愉快そうに笑う。
「ローザリアとミングウェイはこの世界の覇者だ。指導者といってもいい。我等が率先して道を示さなくてはならんと、そうは思わんかね」
「それは私も望むところであります」
ディマは即座に答えた。
「私がローザリアにおいて信仰の自由を認めたのは、私自身、これ以上、国益の礎である国民の血が流れることを防ぎたいと考えたためです。
そうしてそれは、世界にも言えることだ。この地では、今日よりいかなる戦闘も認めない。聖地は不可侵の地とする。誰のものでもない。どこにも属さない。ローザリアのものでも、ミングウェイのものでもない。神が誰しものものであるように、この聖地を誰もが共有する。そのために私は参りました。ラルフ帝、あなたもそうではないのですか」
一瞬の、奇妙な沈黙があった。ラルフの顔から感情が抜け落ちたように、ディマには思えた。
「聖地がどこか知っているか」
――今度はなんの試練のつもりだ。あるいは問答に失敗し、彼の機嫌を損ねたのか?
考えながら、ディマは当たり障りなく答える。
「イリスが支配を宣言したこの地でしょう」
「更に細かく場所を特定するならば、この城の、地下だ」
何を言い出すのかと彼を見ていると、氷のような声色が発せられた。
「来い。見せたいものがある」
そう言って、ラルフは立ち上がり、返事を待たずに歩き出した。思わずイリスと顔を見合わせる。眉を下げながらも、イリスは言った。
「兵士の姿はありません。ラルフ様、本当にお一人のようです」
彼女に頷き返し、ディマも立ち上がった。テーブルの上の、腐る程多い食料には、誰も手を、付けなかった。
ラルフの向かった先は、部屋の扉を開けた先に続く階段だった。暗く、地下まで続く階段を、ラルフは無言で降りていく。
ディマの頭に、嫌な既視感があった。
(雰囲気が、よく似ている。教皇庁の地下の、成れ果て部屋に――)
階段を下る度に気温が下がり、肌に冷気が触れた。城の石壁は途中で姿を消し、ごつごつとした岩壁が出現した。洞窟のようだった。
やがてラルフは、一つの鉄製の扉の前で立ち止まる。ディマの頭はふらついた。これではあまりに、そっくりじゃないか――。
だがディマの胸中を、ラルフは知る由もなく扉を開いた。
予想通りのものがそこにある。数多の水晶結晶が、細長い洞窟の中に青白く光っていた。
はっと、イリスが息を呑む気配がした。
ディマは洞窟内に目を滑らせる。教皇庁の地下との違いは、水晶結晶の大きさと量だろう。
(あそこにあった水晶結晶は、一つ一つが巨大だった。ここには一つだけ大きな物があるが、後は小さいものだ。魔力の含有量も、明らかに少ない)
ラルフはこの洞窟内で最も大きな水晶結晶に近づくと、言った。
「そなたに送ったのも、この水晶群の一つだ」
「あれを調べてみましたが、ただの水晶のように思えました。エンデ国のもののようには、魔力を含有していなかった」
彼の背中に向けてディマはそう声をかける。振り返らずに、彼は言う。
「この地では、かねてよりかような水晶が採掘される。太古より眠るこの水晶があったからこそ、ミングウェイは聖地を支配し続けることができたのだ。だがこの地から外に出すと、効力を失ってしまう。聖女派の司祭どもが持っているそれよりも、遥かに魔力が劣っているからな」
ようやく、ラルフはこちらを振り返った。先程までの、憮然とした態度の皇帝はいない。代わりに弱りきり、疲れ果てた一人の男の姿があった。
「そなた等に会った理由のもう一つは、これだ。余は治らぬ病を患っている。腹の中に、腫瘍があるのだ。余が死ぬ前に、この水晶結晶を、破壊してほしい」
青白い水晶に照らされたラルフの顔は、さながら死人のようだった。目線はディマを見ながらも、ここではないどこかを夢見ているようだ。
「どうして破壊をわたし達に頼むのですか」
「聖女――と呼ばれる者の魔力はこの水晶と同種のものだ。同じ魔力で破壊すれば、この鉱物は壊れるはずだ」
「なぜ破壊する必要があるのですか」
イリスの純粋な問いに対し、静かに、彼は言った。
「この水晶は、余の娘だった」
ディマとイリスが言葉を紡ぐ前に、ラルフの声が、洞穴内に響き渡った。
「そなた等が、最も知りたいことを話してやろう。このために、はるばるローザリアより海を越えてきたのであろう?」
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