だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう

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わたくし、彼と心が通じますわ

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 わたくしの体重を受け止めたウィルは腕の骨を折っていました。これではまるで、わたくしがガラス細工のように繊細ではないことが証明されてしまったかのようです。
 家で、お医者様の処置を受けた後、わたくしはウィルに言いました。

「魔法を使えばよろしかったのです。そうすれば怪我なんてすることはありませんでした」

「魔法を使って、制御を失い、万が一にでも間違ってあなたを傷つけてしまったらと思うと恐ろしかった」

 この数日、主にわたくしが流していた気まずい空気は、彼の負傷により払拭されておりました。

「痛いですか? わたくしにできることはありますか?」

「名誉の負傷です。メイベル様をお守りできたのですから。こうしてまたお話してくださって嬉しいですよ」

 打ち身もあり、いつものようには動けず、ソファーに寝転がりながら屈託のない笑顔を浮かべるウィルに、ほんの少しだけ心が揺らぎそうになったあとで、慌てて思い直しました。

「確かに、わたくしに何かあったら、あなたは叔父様から報酬が受け取れなくなってしまいますものね」

「違いますメイベル様。あなたに何かあったら、俺はきっと死んでしまう」

「どうして?」

 椅子から立ち上がり、わたくしはウィルに寄っていきました。わずかの期待が首をもたげます。
 しばらくの沈黙の後、やがて意を決したように、彼は言いました。

「俺はあなたが好きです」

 言って彼は目を閉じました。
 恋って素晴らしいものでしょう? 喜びに溢れた楽しいものです。なのに、彼はまるで言ってはならないことを言ってしまったかのような苦悶の表情を浮かべていました。
 そんな顔を見ると、わたくしも悲しくなってしまいます。

「それではなぜ、そのような表情をなさるのです」

 ウィルは黙っています。

「続きを、教えてくださいまし」

 再び開いた彼の目は、救いを求めるかのように揺れていました。そうして限界だったかのように、一気に言いました。

「メイベル様が、とても好きです。あなたは俺を覚えていないでしょうけれど、俺は小さい頃のあなたも、そうして成長したあなたもよく知っていました。気がつけばいつだって目で追っていた。身の程知らずと知っていても、憧れは止められなかった。結婚の話を受けた時、飛び上がるほど嬉しかった。でも、その思いを封じなければと思った。
 俺は親のない孤児です。あなたは同じだとおっしゃってくれたがまるで違う。俺には何もない。誇れるものも、広大な領地も、財産も教養も、愛の他には、何もない。それでどうして他の方を差し置いて、俺があなたを幸せにすると言えるでしょうか?」

 それは愛の告白でした。嬉しくて目も合わせられず、彼の手ばかり見ながら、わたくしはもじもじと答えました。

「それは女性が領地や財産や教養を男性に求めた場合でしょう? 愛を欲する女性には、夏の日差しのように愛を絶えず注いでくださる男性が一番いいのです」

「あなたがそういう女性だと?」

「はい、そう思います」

 ふいに彼は目を細めました。

「ここに来る二ヶ月ほど前でしょうか、一度城で会いましたよ。会話を数度、その時も、とても嬉しかった」
 
「ここに来る三ヶ月前です。あなたはメイドさんと結婚するとか言っていました」

 わたくしの訂正に、彼は目を丸くしました。

「覚えておいででしたか。ええ、そうです」

「彼女はわたくしとあなたの結婚に悲しんだのではありませんか?」

「誰かが俺との縁談を仕組みましたが、会ったこともない娘ですよ。今回の話で流れましたし、もう別の男と結婚したはずです」

 では彼の心に憂いはないはずです。わたくしはますます分からなくなってしまいました。

「あなたはわたくしが好きで、手の届く距離にいるのに、なぜその想いを伝えてくださらなかったのですか?」

「いつかあなたは、貴族の社会に戻っていかれる方です。誰か立派な金持ちと結婚するはずです。その時に、俺の存在が邪魔になりたくなかった。あなたの幸せの道の上に、俺は不要ですから」

「それではあなたは、わたくしを守るために手を出さないというの?」

 彼は無言で頷きました。

「どうして? 恋をして手を出さないということが、そんなことが殿方にできるのですか?」

「あなたを自分よりも愛している人間にならできます」

 本当なのかしら。
 お城にいる頃、口説こうと近づいてくる男性たちは、誰しもわたくしをものにしたがりました。大切だから手を出さないというのは、わたくしにはあまり分からないことでした。
 だけど、もしかすると本当なのかもしれません。だって彼は平民ですもの。わたくし達貴族とは考え方が違うのかもしれません。
 だとしたら彼の苦しげな表情も理解できます。わたくしが好きなのに、わたくしのために自分の望みを封じてきたのです。

 ウィルを、以前にも増して愛おしいと思いました。

「ねえウィル。キスをしてもよろしいですか?」

 唇にキスをしましたが、抵抗はありませんでした。それをいいことに、再び唇を重ねました。

 砂糖菓子のように、甘い甘いキスでした。そのままゆっくりと、首筋に、そうしてシャツのはだけた胸元に、順にキスをしました。
 ウィルが呻きますが、痛みからの声ではありませんでした。彼の瞳が、熱を帯びてわたくしを見つめています。胸が高まっていました。

「わたくしを庇ってくださった姿、とても格好良かったです。怪我が治ったら、わたくしを本物の妻にしてくださいまし」 

 ウィルの温かな手がわたくしの頬に触れました。もう彼の目に迷いはありません。
 わたくしは、今まで全然知りませんでした。男性が、心の底から愛する女性にむける眼差しが、これほどまでに慈愛に満ちているものだとは。

「ウィル、わたくし、悪女でございます」

「知っています」彼は言います。「本当はそうじゃないことも」

「わたくし、処女ではありません。十四の時に、三十の男性と恋をしました」

 それは囁かれている噂です。噂を信じる方にとっては真実でした。

「問題ありません」彼は言います。「今、俺と恋をしていればそれでいい」

「わたくし、妹に毒を盛りました」

「それでもいい」わたくしの手を握りながら、彼は言います。固く固く、手が握られます。

「メイベル様。俺の妻になってください」

 世間で言われるわたくしの噂が、嘘でも事実でも、彼にとってはどちらでもいいのです。
 世界中に自慢したいと思います。
 世界で一番素敵な男性、それがわたくしの夫なのです。

「はい、喜んで」

 わたくしもそう、答えました。彼は幸福そうに微笑みました。
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