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第一章 敗北者達へ捧ぐ
知られてはならない恋心
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頭の回転があまり早くないと自負しているフィオナだが、今は状況を整理しようと働かせ続ける。
(あのお薬はいつも白銀様からもらっていたけれど、西大陸の長引く反乱に戻ってこれないから、きっとあの人にお願いしていたんだわ。だとしたら、とても信頼されている人ということになるけど……)
ルイ達もまた、護衛が裏切ったため派遣された、やはり白銀から命令を受けた者達だ。となると彼等もまた白銀から信頼されている。
(頭が混乱してきたわ。どちらも白銀様に信頼されているのだとしたら、あの獣人の人は、ルイ様と面識がないっていうのはおかしいんじゃないのかしら。ないってことはあの獣人の人は、裏切りの一派ってこと? でもお薬のことを知っていたし。あの薬は前世では飲んでいなくて、今世だけ飲んでいるものだったから、知っているのは白銀様くらいなものだと思っていたけど……)
そうではなかったのだろうか。白銀を裏切った派閥がわざわざ薬を持ってくるという手の込んだことをするのか――?
「――で、どうなんだお嬢さん。実際そうなのか?」
突然ギルバートに話しかけられて、フィオナの思考は遮られた。顔を上げると、この場所に残ったギルバートとシルヴィアが、フィオナを見つめていた。
「え? なにが……」
話をまるで聞いていなかった。ギルバートは言う。
「だから、あんたはうちの団長に惚れてんのかってことだよ」
「ふへえ!?」
そんなことを言われるとは思っておらず、変な声を出してしまった。顔が赤くなるのを自分でも気づいた。
シルヴィアが眉を下げる。
「直接的過ぎますよ。もっと遠回しに聞かないと」
ふん、とギルバートは言う。
「そんな回りくどいことやってられるかよ。俺はそうすぐに恋に落ちる娘などいないと思うが、団長は顔だけはいいから、シルヴィアは、恋をしているに違いないと言う。女の直感だそうだ」
「団長を見るフィオナの瞳はキラキラしていますよ、恋をする乙女のそれです。間違いありません」
「で、どうなんだ?」
「…………!」
否定の言葉を出そうとして喉が声に詰まってしまった。一呼吸を置いて、ゆっくり、一つ一つ確かめながら声を発する。
「えっと、だって。わたしには白銀様がいますから、他の方に恋をすることは……」
ない。あり得ない。あっていいはずがない。そのはずだった。
はは、とギルバートは笑った。
「そりゃそうだ。賭けは俺の勝ちだな」
賭け? 賭けって? 聞こえた言葉にフィオナは目を見張る。
ギルバートの言葉を聞いたシルヴィアはむっとしたように美しい顔に皺を寄せた。
「まだ分かりませんよ。無自覚かもしれないですし」
「か、賭けを……? わ、わたしの恋心で……?」
――ひどい! わたしは真剣に悩んでいるのに!
衝撃を受けているフィオナを見て、シルヴィアは眉を下げ、すまなそうに微笑んだ。
「ごめんなさいね、娯楽の少ない道中ですから。でもまあ、番がいても別の人に恋をする人はいるでしょう? 特にヒト族は、直感が薄くて番に出会えてもそうと認識できないと言うではありませんか。目の前に好みの男性がいたとしたら、恋をしてもおかしくないと思いますけどね。事実、団長に恋をする娘は多いですよ、見た目も経歴も悪くありませんから」
その言葉に呆気にとられて返答ができない。
ギルバートは片手をシルヴィアに向けて差し出して、挑発するように指を動かした。
「負け惜しみとは兵士らしくないな。さあ、銀貨一枚をよこせ」
しぶしぶ、と言ったようにシルヴィアは懐から金を取り出し手渡す。それからギルバートは、フィオナに袋を放り投げた。
「そう機嫌を悪くするなよ、お嬢さん。ほら、菓子をやるから」
袋を開くと入っていたのは焼き菓子だ。
こんなのでご機嫌取りをされるほど子供じゃないと言い返したかったが、甘い匂いにそそられて一つ食べてみる。
「美味しい……」
甘い物は好きだった。
見ていたシルヴィアも目を輝かせる。
「この匂い、レイル地方の焼き菓子ですか! いいですね、わたしにも一つください。好物なんですよ! 中に入っている甘いくるみが美味しくて」
それから三人は並んで焼き菓子を食べ始めた。思いがけず訪れた和やかな時間に、フィオナの心が綻ぶ。
そうしながら考えた。
賭けなんてひどい、とまだ思いつつも、恋をしてもおかしくない――その言葉を聞いて、少しだけ安心していた。
頭がおかしくなったわけじゃないのかもしれない。ルイを見て心が弾むのも、笑った顔が好きだと思うのも、憂いを帯びたあの横顔を慰めてあげたいと思うのも、体が触れると心臓が飛び出しそうになるのも、ヒト族なら、仕方のないことなのかもしれない。
誰にも言わなければ、誰も傷つけることはない。だからもうしばらくは、この想いを抱いていてもいいのかもしれない。そのうち、恋心も薄れるかもしれない。きっと一瞬の気の迷い。
だから、もしこれが恋心なのだとしたら、なんとしてでも秘密にしておかなくては――。
(あのお薬はいつも白銀様からもらっていたけれど、西大陸の長引く反乱に戻ってこれないから、きっとあの人にお願いしていたんだわ。だとしたら、とても信頼されている人ということになるけど……)
ルイ達もまた、護衛が裏切ったため派遣された、やはり白銀から命令を受けた者達だ。となると彼等もまた白銀から信頼されている。
(頭が混乱してきたわ。どちらも白銀様に信頼されているのだとしたら、あの獣人の人は、ルイ様と面識がないっていうのはおかしいんじゃないのかしら。ないってことはあの獣人の人は、裏切りの一派ってこと? でもお薬のことを知っていたし。あの薬は前世では飲んでいなくて、今世だけ飲んでいるものだったから、知っているのは白銀様くらいなものだと思っていたけど……)
そうではなかったのだろうか。白銀を裏切った派閥がわざわざ薬を持ってくるという手の込んだことをするのか――?
「――で、どうなんだお嬢さん。実際そうなのか?」
突然ギルバートに話しかけられて、フィオナの思考は遮られた。顔を上げると、この場所に残ったギルバートとシルヴィアが、フィオナを見つめていた。
「え? なにが……」
話をまるで聞いていなかった。ギルバートは言う。
「だから、あんたはうちの団長に惚れてんのかってことだよ」
「ふへえ!?」
そんなことを言われるとは思っておらず、変な声を出してしまった。顔が赤くなるのを自分でも気づいた。
シルヴィアが眉を下げる。
「直接的過ぎますよ。もっと遠回しに聞かないと」
ふん、とギルバートは言う。
「そんな回りくどいことやってられるかよ。俺はそうすぐに恋に落ちる娘などいないと思うが、団長は顔だけはいいから、シルヴィアは、恋をしているに違いないと言う。女の直感だそうだ」
「団長を見るフィオナの瞳はキラキラしていますよ、恋をする乙女のそれです。間違いありません」
「で、どうなんだ?」
「…………!」
否定の言葉を出そうとして喉が声に詰まってしまった。一呼吸を置いて、ゆっくり、一つ一つ確かめながら声を発する。
「えっと、だって。わたしには白銀様がいますから、他の方に恋をすることは……」
ない。あり得ない。あっていいはずがない。そのはずだった。
はは、とギルバートは笑った。
「そりゃそうだ。賭けは俺の勝ちだな」
賭け? 賭けって? 聞こえた言葉にフィオナは目を見張る。
ギルバートの言葉を聞いたシルヴィアはむっとしたように美しい顔に皺を寄せた。
「まだ分かりませんよ。無自覚かもしれないですし」
「か、賭けを……? わ、わたしの恋心で……?」
――ひどい! わたしは真剣に悩んでいるのに!
衝撃を受けているフィオナを見て、シルヴィアは眉を下げ、すまなそうに微笑んだ。
「ごめんなさいね、娯楽の少ない道中ですから。でもまあ、番がいても別の人に恋をする人はいるでしょう? 特にヒト族は、直感が薄くて番に出会えてもそうと認識できないと言うではありませんか。目の前に好みの男性がいたとしたら、恋をしてもおかしくないと思いますけどね。事実、団長に恋をする娘は多いですよ、見た目も経歴も悪くありませんから」
その言葉に呆気にとられて返答ができない。
ギルバートは片手をシルヴィアに向けて差し出して、挑発するように指を動かした。
「負け惜しみとは兵士らしくないな。さあ、銀貨一枚をよこせ」
しぶしぶ、と言ったようにシルヴィアは懐から金を取り出し手渡す。それからギルバートは、フィオナに袋を放り投げた。
「そう機嫌を悪くするなよ、お嬢さん。ほら、菓子をやるから」
袋を開くと入っていたのは焼き菓子だ。
こんなのでご機嫌取りをされるほど子供じゃないと言い返したかったが、甘い匂いにそそられて一つ食べてみる。
「美味しい……」
甘い物は好きだった。
見ていたシルヴィアも目を輝かせる。
「この匂い、レイル地方の焼き菓子ですか! いいですね、わたしにも一つください。好物なんですよ! 中に入っている甘いくるみが美味しくて」
それから三人は並んで焼き菓子を食べ始めた。思いがけず訪れた和やかな時間に、フィオナの心が綻ぶ。
そうしながら考えた。
賭けなんてひどい、とまだ思いつつも、恋をしてもおかしくない――その言葉を聞いて、少しだけ安心していた。
頭がおかしくなったわけじゃないのかもしれない。ルイを見て心が弾むのも、笑った顔が好きだと思うのも、憂いを帯びたあの横顔を慰めてあげたいと思うのも、体が触れると心臓が飛び出しそうになるのも、ヒト族なら、仕方のないことなのかもしれない。
誰にも言わなければ、誰も傷つけることはない。だからもうしばらくは、この想いを抱いていてもいいのかもしれない。そのうち、恋心も薄れるかもしれない。きっと一瞬の気の迷い。
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