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第一章 敗北者達へ捧ぐ
現れた獣人
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翌日からも移動の連続だった。
地形は森林地帯から徐々に平地へと移り、そうかと思えば再び高度を増していく。どこをどう移動しているかなど見当も付かないが、着実に、彼等の目的地である公国へと近づいているようだ。
初日以来追っ手は現れず、一行からは警戒を怠らないものの、張り詰めた緊張は薄れ始めていた。
それはそうして移動を初め、二日が経った日のことだ。
森の中で馬を休め休憩していると、ふいにジャグ・ダガーが背後の木々を振り返った。
フィオナはいつもの通り、ルイの横に小さくなって座っていたが、ルイはジャグの動きに呼応するように立ち上がる。だがジャグはルイを制し、一人、音も立てずに大木の側まで忍び寄る。
そうして一気に、木の陰に腕を突っ込んだ。途端、悲鳴が上がる。
「ぎゃあ!」
一同が、一気に剣を引き抜いた。ジャグが木の陰から引きずり出したのは、一人の獣人だった。顔はヒト寄りだが、犬のような耳と尾が生えている。
その獣人は両手を抑えられ、身動きが取れないようだ。
「若い狼族だ。追っ手だろう、殺すか?」
ジャグはルイに判断を仰いでいるようだ。
「いや、殺すな」
言ってからルイはフィオナを背後に隠すようにして、その獣人に向かい合う。
「驚いたな、ずっと後ろを付けてきたのか? 我々が塔を出てから二日も?」
獣人は答えずに、敵意と恐怖を剥き出しにし、低く唸っているだけだ。
「先の追っ手の中にはいなかった顔だな」
ルイは取り押さえられている獣人に近づくと彼の前にかがみ込み、顔を確かめるように顎を掴み上げる。
途端、獣人は暴れ出す。
「は、離せ!」
遠巻きに様子を見ていたギルバートがせせら笑う。
「さては戦闘を前にして一人で逃げ出したか? とんだ臆病者だな」
「黙れ! お、俺は臆病者じゃねえ!」
「臆病ではないさ。単独で我々を追ってきたんだ、大した勇気じゃないか」
フィオナも彼の顔を確かめ、見覚えがあることに気がついた。
「白銀様の小間使いの方だと思います。塔の外を歩いているのを見たことがありますから」
その言葉に、獣人は勢いよくフィオナを見た。フィオナの声を聞いて、やっと自分の役割を思い出したかのように叫ぶ。
「番様! 今のうちに逃げてください!」
フィオナは困惑した。
――逃げる? でも、何から?
疑問に思い立ち尽くしていると、ルイが口を挟む。
「何を言うんだ? 私達は塔にいた裏切り者から彼女を保護しているんだよ。白銀王の元に連れて行くのが我々の任務だ。君は何か勘違いをしているんじゃないのか」
だが獣人は言い返す。
「そんな訳あるか! 俺達は番様が誘拐されたのを取り返そうとしたんだ。純粋な番様を騙しやがって、悪魔め!」
罵声を浴びながらもルイは獣人の体を探り、容赦なく武器を奪い取っていく。そうして腰に下げていた革の袋に触れた時、一際大きく獣人は暴れた。
問答無用でルイは袋を検める。
「なんだこれは?」
彼が取り出したのは、小瓶に入った液体だ。獣人は途端に焦り出す。
「か、返せ! それは番様の薬だ!」
「薬だって? 何のだ」
「答える訳ないだろう!」
ルイは懐から短剣を取り出すと獣人の首に当てながら言った。
「教えてくれないか。君を殺したくない」
この脅しは効果的だったようで、獣人は蒼白になりながら答える。
「命に関わるものだ! 彼女に与えないと死んでしまう!」
「具体的に、何の疾患の薬なんだ」
「知らない!」
短剣の刃が更に押し当てられ、獣人の首が薄く傷つき、赤い血が流れる。獣人は叫んだ。
「――ほ、本当に知らない! だけどいつも投与してるから、万が一に備えて持ってきたんだよ! 番様はお体が弱いから」
ルイは小瓶をフィオナによく見えるように掲げた。
「貴女はこれをいつも飲んでいましたか」
フィオナは首を縦に振る。その薬には見覚えがあった。
「はい。お薬はひと月に一回、飲んでいました。飲まないと体が痛くなってしまって、動けなくなるからって、白銀様がおっしゃっるので」
ルイはしばらくの間、小瓶を疑わしげに見ていたが、納得したように頷いて懐に入れる。
「これは私が預かっておこう」
「こいつはどうする」
ジャグの言葉に、ルイは言う。
「轡を嚙ませて連れて行こう。敵の手の内を知る、良い情報源になってくれるかもしれないぞ」
「なるわけ――もがッ」
獣人は最後まで言葉を紡ぐことなく、縛り上げられていた。
(ルイ様も、その獣人の人も、どちらも白銀様の命令を受けているんだから仲間なのではないのかしら?)
と思ったが、ルイ達は疑っているようだ。
捕えられた獣人は恨めしそうに低く唸りながら、時折フィオナに目を向けていた。そんなに見つめられてもどうすることもできない。ルイが彼を無視していたから、フィオナも同じように、気を向けないように努力した。
どうするのだろうと思っていたが、しばらくするとルイはジャグとヘンリーを連れて、獣人を遠くへ運び始めた。話しを聞くと言う。
なぜここでお話をされないのですか、と尋ねると、貴女には見せられないこともするかもしれませんので、と返ってきた。その意味を、フィオナはあまり考えないようにした。
地形は森林地帯から徐々に平地へと移り、そうかと思えば再び高度を増していく。どこをどう移動しているかなど見当も付かないが、着実に、彼等の目的地である公国へと近づいているようだ。
初日以来追っ手は現れず、一行からは警戒を怠らないものの、張り詰めた緊張は薄れ始めていた。
それはそうして移動を初め、二日が経った日のことだ。
森の中で馬を休め休憩していると、ふいにジャグ・ダガーが背後の木々を振り返った。
フィオナはいつもの通り、ルイの横に小さくなって座っていたが、ルイはジャグの動きに呼応するように立ち上がる。だがジャグはルイを制し、一人、音も立てずに大木の側まで忍び寄る。
そうして一気に、木の陰に腕を突っ込んだ。途端、悲鳴が上がる。
「ぎゃあ!」
一同が、一気に剣を引き抜いた。ジャグが木の陰から引きずり出したのは、一人の獣人だった。顔はヒト寄りだが、犬のような耳と尾が生えている。
その獣人は両手を抑えられ、身動きが取れないようだ。
「若い狼族だ。追っ手だろう、殺すか?」
ジャグはルイに判断を仰いでいるようだ。
「いや、殺すな」
言ってからルイはフィオナを背後に隠すようにして、その獣人に向かい合う。
「驚いたな、ずっと後ろを付けてきたのか? 我々が塔を出てから二日も?」
獣人は答えずに、敵意と恐怖を剥き出しにし、低く唸っているだけだ。
「先の追っ手の中にはいなかった顔だな」
ルイは取り押さえられている獣人に近づくと彼の前にかがみ込み、顔を確かめるように顎を掴み上げる。
途端、獣人は暴れ出す。
「は、離せ!」
遠巻きに様子を見ていたギルバートがせせら笑う。
「さては戦闘を前にして一人で逃げ出したか? とんだ臆病者だな」
「黙れ! お、俺は臆病者じゃねえ!」
「臆病ではないさ。単独で我々を追ってきたんだ、大した勇気じゃないか」
フィオナも彼の顔を確かめ、見覚えがあることに気がついた。
「白銀様の小間使いの方だと思います。塔の外を歩いているのを見たことがありますから」
その言葉に、獣人は勢いよくフィオナを見た。フィオナの声を聞いて、やっと自分の役割を思い出したかのように叫ぶ。
「番様! 今のうちに逃げてください!」
フィオナは困惑した。
――逃げる? でも、何から?
疑問に思い立ち尽くしていると、ルイが口を挟む。
「何を言うんだ? 私達は塔にいた裏切り者から彼女を保護しているんだよ。白銀王の元に連れて行くのが我々の任務だ。君は何か勘違いをしているんじゃないのか」
だが獣人は言い返す。
「そんな訳あるか! 俺達は番様が誘拐されたのを取り返そうとしたんだ。純粋な番様を騙しやがって、悪魔め!」
罵声を浴びながらもルイは獣人の体を探り、容赦なく武器を奪い取っていく。そうして腰に下げていた革の袋に触れた時、一際大きく獣人は暴れた。
問答無用でルイは袋を検める。
「なんだこれは?」
彼が取り出したのは、小瓶に入った液体だ。獣人は途端に焦り出す。
「か、返せ! それは番様の薬だ!」
「薬だって? 何のだ」
「答える訳ないだろう!」
ルイは懐から短剣を取り出すと獣人の首に当てながら言った。
「教えてくれないか。君を殺したくない」
この脅しは効果的だったようで、獣人は蒼白になりながら答える。
「命に関わるものだ! 彼女に与えないと死んでしまう!」
「具体的に、何の疾患の薬なんだ」
「知らない!」
短剣の刃が更に押し当てられ、獣人の首が薄く傷つき、赤い血が流れる。獣人は叫んだ。
「――ほ、本当に知らない! だけどいつも投与してるから、万が一に備えて持ってきたんだよ! 番様はお体が弱いから」
ルイは小瓶をフィオナによく見えるように掲げた。
「貴女はこれをいつも飲んでいましたか」
フィオナは首を縦に振る。その薬には見覚えがあった。
「はい。お薬はひと月に一回、飲んでいました。飲まないと体が痛くなってしまって、動けなくなるからって、白銀様がおっしゃっるので」
ルイはしばらくの間、小瓶を疑わしげに見ていたが、納得したように頷いて懐に入れる。
「これは私が預かっておこう」
「こいつはどうする」
ジャグの言葉に、ルイは言う。
「轡を嚙ませて連れて行こう。敵の手の内を知る、良い情報源になってくれるかもしれないぞ」
「なるわけ――もがッ」
獣人は最後まで言葉を紡ぐことなく、縛り上げられていた。
(ルイ様も、その獣人の人も、どちらも白銀様の命令を受けているんだから仲間なのではないのかしら?)
と思ったが、ルイ達は疑っているようだ。
捕えられた獣人は恨めしそうに低く唸りながら、時折フィオナに目を向けていた。そんなに見つめられてもどうすることもできない。ルイが彼を無視していたから、フィオナも同じように、気を向けないように努力した。
どうするのだろうと思っていたが、しばらくするとルイはジャグとヘンリーを連れて、獣人を遠くへ運び始めた。話しを聞くと言う。
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