6 / 82
第一章 逃亡者
第四話 願い
しおりを挟む
ピーコック・ブルーの尾ひれは端が透き通っており、ぱたぱたと動く度に光を反射して、きらきらと輝いている。まるで、太陽の光に反射して輝く波打ち際を見ているようだ。レイアは思わずため息をついた。
「驚いた……男性の人魚って初めて見たけど、噂と全然違うんだな……! あんた、夢のようにとっても綺麗だよ!!」
人魚姿のアリオンに釘付けとなっているレイアは、妙にテンションが高い。話で良く聞く男性の人魚は醜男だったり、半魚人が多かったのだ。
人魚は不吉の象徴である。
人魚は人間に対して友好的だがそれを目撃した場合、見た者が住んでいる村が不幸になる。
人魚が出没するとその土地に天変地異が起こる。
……などなど、人魚に関する色々な恐ろしい言われを色々聞いたことがあった。だが、レイアは目の前にいる彼を含めた人魚達を、そうであるとは思えなかった。吸い込まれてしまいそうな美しさに、どこか胸の奥でかすかな痛みを感じていた。何故だか分からないが。
「ねぇアリオン。人魚の姿を見たものは、決して生きて戻る事はないと聞くけど……」
「それは他種族の話しだ。アルモリカ王国の人魚にそういう者はいない」
アリオンが首をゆっくりと横に振ると、ゆるくウェーブのかかった髪がゆれ、耳代わりのヒレがぴくりと動いた。
(あ、動いた。耳みたいに動くんだ)
「みんな穏やかで、仲が良い。私の祖国出身者は、陽気で比較的大人しい性格の者が多い。だけど、カンペルロ王国の兵達がある日突然攻めて来て、私達は何もできないまま国を奪われたんだ」
「……そうなんだ……」
「理由は『友好条約決裂の意があるから』らしいが、そんなのただの言い掛かりだ。彼等は最初からアルモリカ王国を乗っ取る気で、その理由付けとして適当な話しをでっち上げたに過ぎないだろう。少なくとも私はそう思っている」
「……」
「私を引き渡せば命だけは助けると言いながら、父母を目の前で殺された。……奴等は最初から両親を殺す気だったんだ。絶対に、許さない……」
眉間にしわを寄せ、ネオン・ブルーの瞳が様々な光を放っている。右手を強く握り過ぎて、その色が白くなっていた。
「私は、何とかしてアルモリカ王国をカンペルロ人達から取り戻し、建て直したい。そして、カンペルロ王国の地下牢に囚われた、他の人魚の仲間達を助けたいんだ」
それを聞いたレイアは感慨深げに一つ大きなため息をついた。両手は机の上のものを片付けている。
「アリオン。あんた、愛国心が凄まじいんだな。その件だけど、私に協力させてもらえないだろうか?」
「……え……?」
「剣の心得はある。これは無駄にぶら下げている訳ではないんだ」
机の傍に立てかけてある愛剣を指差しながら語るレイアに、アリオンは目を白黒させて慌てた。
「だが、君まで命を狙われる可能性がある。止めた方が良い」
「しかしあんた、一人では無理だろう?」
「確かにそうだが……」
「それに『旅は道連れ世は情け』と言うものじゃないか?」
意志の強いヘーゼル色の瞳が、パライバ・ブルーの瞳を見つめてきた。視線が合ったその時、何故かアリオンの心臓の奥が誰かにつねられたように痛く、締め付けられるような切なさに襲われた──引いては寄せ、寄せては引くさざ波の音と共に、〝何か〟が彼を海底へと引きずり込もうとする──しかし彼はそこをぐっと堪え、揺らぎそうになる〝何か〟が引き潮のように引いてゆくのを静かに待つことにした。
そして、刹那の感情から現実に意識を戻した彼は、幾ら拒否の言葉を並べても無駄骨だろうと直感し、彼女を止めるのを諦めた。
「……分かった。君の言葉に甘えさせてもらうことにする」
「決まり! じゃあ、今日はもう早く寝よう。朝になったら出発する予定だから、一緒に行こう。色々案内するからさ」
黙って首を縦に振るアリオンを見て、レイアはにこりと微笑んだ。
「ほらほら、そうと決まればあんたも早く服を着て……て、そっか、着るものそれしかなかったか。血だらけの灰色や白い服だと目立つしボロボロではなんだし、着替え……そうだ! 今回の買い出しで手に入ったものが使えるかもしれないな」
レイアはぶつぶつ独り言をつぶやきながら、自分の荷物の一つであるネズミ色の袋の中から、何かを取り出した。
黒い上着と灰色のスラックスの一式だった。
それをアリオンに手渡すと、服を受け取った人魚は途端に目を丸くした。
「試しにこれを着てみて欲しいのだが……」
「これ……君が必要として手に入れたものでは?」
明らかに語感に動揺の響きが混じる。レイアはそれに気付いていないふりをしながら言葉を続けた。
「気にしないで。予備として持っておこうと思って買ったものだ。実を言うとこれ男物で、私には少しサイズが大きくてな。女物は色合いというか、しっくりこないというか、何か合わなくてね。いつもこういうのを裾上げして調整して着ているんだ。あんたなら身長があるし、調整要らずで着られそうだな」
「君がそう言うなら……」
彼は人間の姿に戻ると、先程脱ぎ捨てていた下着を着て、渡された着替えに早速腕を通してみる。
レイアの予想通り、上着もスラックスもサイズは彼にぴったりだった。
「お、似合うじゃないか! あとこれも一緒に羽織れば良い。山は少し冷えるから、防寒対策になる」
「何から何まで……すまない。どうもありがとう」
袋の中から取り出したオリーブグリーンのフード付き外套をアリオンに羽織らせた。足元だけは履いているものそのままだが、これで見た目だけは何とか誤魔化せそうだ。
屈託のない笑顔を向けられたアリオンは、頬をほんのりと赤らめた。
「驚いた……男性の人魚って初めて見たけど、噂と全然違うんだな……! あんた、夢のようにとっても綺麗だよ!!」
人魚姿のアリオンに釘付けとなっているレイアは、妙にテンションが高い。話で良く聞く男性の人魚は醜男だったり、半魚人が多かったのだ。
人魚は不吉の象徴である。
人魚は人間に対して友好的だがそれを目撃した場合、見た者が住んでいる村が不幸になる。
人魚が出没するとその土地に天変地異が起こる。
……などなど、人魚に関する色々な恐ろしい言われを色々聞いたことがあった。だが、レイアは目の前にいる彼を含めた人魚達を、そうであるとは思えなかった。吸い込まれてしまいそうな美しさに、どこか胸の奥でかすかな痛みを感じていた。何故だか分からないが。
「ねぇアリオン。人魚の姿を見たものは、決して生きて戻る事はないと聞くけど……」
「それは他種族の話しだ。アルモリカ王国の人魚にそういう者はいない」
アリオンが首をゆっくりと横に振ると、ゆるくウェーブのかかった髪がゆれ、耳代わりのヒレがぴくりと動いた。
(あ、動いた。耳みたいに動くんだ)
「みんな穏やかで、仲が良い。私の祖国出身者は、陽気で比較的大人しい性格の者が多い。だけど、カンペルロ王国の兵達がある日突然攻めて来て、私達は何もできないまま国を奪われたんだ」
「……そうなんだ……」
「理由は『友好条約決裂の意があるから』らしいが、そんなのただの言い掛かりだ。彼等は最初からアルモリカ王国を乗っ取る気で、その理由付けとして適当な話しをでっち上げたに過ぎないだろう。少なくとも私はそう思っている」
「……」
「私を引き渡せば命だけは助けると言いながら、父母を目の前で殺された。……奴等は最初から両親を殺す気だったんだ。絶対に、許さない……」
眉間にしわを寄せ、ネオン・ブルーの瞳が様々な光を放っている。右手を強く握り過ぎて、その色が白くなっていた。
「私は、何とかしてアルモリカ王国をカンペルロ人達から取り戻し、建て直したい。そして、カンペルロ王国の地下牢に囚われた、他の人魚の仲間達を助けたいんだ」
それを聞いたレイアは感慨深げに一つ大きなため息をついた。両手は机の上のものを片付けている。
「アリオン。あんた、愛国心が凄まじいんだな。その件だけど、私に協力させてもらえないだろうか?」
「……え……?」
「剣の心得はある。これは無駄にぶら下げている訳ではないんだ」
机の傍に立てかけてある愛剣を指差しながら語るレイアに、アリオンは目を白黒させて慌てた。
「だが、君まで命を狙われる可能性がある。止めた方が良い」
「しかしあんた、一人では無理だろう?」
「確かにそうだが……」
「それに『旅は道連れ世は情け』と言うものじゃないか?」
意志の強いヘーゼル色の瞳が、パライバ・ブルーの瞳を見つめてきた。視線が合ったその時、何故かアリオンの心臓の奥が誰かにつねられたように痛く、締め付けられるような切なさに襲われた──引いては寄せ、寄せては引くさざ波の音と共に、〝何か〟が彼を海底へと引きずり込もうとする──しかし彼はそこをぐっと堪え、揺らぎそうになる〝何か〟が引き潮のように引いてゆくのを静かに待つことにした。
そして、刹那の感情から現実に意識を戻した彼は、幾ら拒否の言葉を並べても無駄骨だろうと直感し、彼女を止めるのを諦めた。
「……分かった。君の言葉に甘えさせてもらうことにする」
「決まり! じゃあ、今日はもう早く寝よう。朝になったら出発する予定だから、一緒に行こう。色々案内するからさ」
黙って首を縦に振るアリオンを見て、レイアはにこりと微笑んだ。
「ほらほら、そうと決まればあんたも早く服を着て……て、そっか、着るものそれしかなかったか。血だらけの灰色や白い服だと目立つしボロボロではなんだし、着替え……そうだ! 今回の買い出しで手に入ったものが使えるかもしれないな」
レイアはぶつぶつ独り言をつぶやきながら、自分の荷物の一つであるネズミ色の袋の中から、何かを取り出した。
黒い上着と灰色のスラックスの一式だった。
それをアリオンに手渡すと、服を受け取った人魚は途端に目を丸くした。
「試しにこれを着てみて欲しいのだが……」
「これ……君が必要として手に入れたものでは?」
明らかに語感に動揺の響きが混じる。レイアはそれに気付いていないふりをしながら言葉を続けた。
「気にしないで。予備として持っておこうと思って買ったものだ。実を言うとこれ男物で、私には少しサイズが大きくてな。女物は色合いというか、しっくりこないというか、何か合わなくてね。いつもこういうのを裾上げして調整して着ているんだ。あんたなら身長があるし、調整要らずで着られそうだな」
「君がそう言うなら……」
彼は人間の姿に戻ると、先程脱ぎ捨てていた下着を着て、渡された着替えに早速腕を通してみる。
レイアの予想通り、上着もスラックスもサイズは彼にぴったりだった。
「お、似合うじゃないか! あとこれも一緒に羽織れば良い。山は少し冷えるから、防寒対策になる」
「何から何まで……すまない。どうもありがとう」
袋の中から取り出したオリーブグリーンのフード付き外套をアリオンに羽織らせた。足元だけは履いているものそのままだが、これで見た目だけは何とか誤魔化せそうだ。
屈託のない笑顔を向けられたアリオンは、頬をほんのりと赤らめた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

