蒼碧の革命〜人魚の願い〜

蒼河颯人

文字の大きさ
54 / 82
第五章 革命の時

第五十二話 こぼれ落ちた涙

しおりを挟む
 アエスに刺され、口から血を吐きながら前かがみに崩れ落ちるレイアの身体を、アリオンは両腕で抱き止めた。真っ白な上着と白皙の頬に彼女の真っ赤な血潮がまとわりつく。自分にかけられた術は解けたが、彼の心は刺された痛みで張り裂けそうになっていた。
 
「レイア!……レイア……!!」 
「……ア……リオン……」
 
 アリオンの腕の中でレイアは苦痛で顔を歪めていた。左胸の傷口からは血が溢れ出し、まるで潮が満ちてくるようにどす黒いしみが服に広がってゆく。
 
「何故無茶なことを……!!」 
「ごめん……あんたが危ないと思ったら、身体がつい、勝手に動いてしまって……」
「レイア……」
「私と違って……あんたには……帰りを待っている者がいるから……ここで……死なせるわけには……いかない……!」
 
 力なく答える口から、苦しそうな息が漏れる。血を失ったために、唇が紙のように真っ白となっていた。自分を案じる顔をして見上げてくるその瞳は、激痛に霞みながらも、光を失わないように堪らえているかのようだ。それなのに、彼女は震える右手をアリオンの血に濡れた頬にあて、彼の苦しみを癒やそうとしている。いじらしさのあまり、アリオンはその上から自分の左手を添えた。レイアは口から血を流しながらも、必死の思いで唇を動かし続けた。 
 
「……レイア……」
「はぁっ……あんたは……生きて……国を……取り戻すんだ……」
「レイア……!!」
「……私は……あんたに会えて……良かったよ……」
 
 レイアはそれっきり言葉を発することはなかった。右手から力が抜け、下にだらりと垂れ下がる。目が半開きのままで、どこかぼんやりと虚空を眺めているようだ。

――このままでは危ない。
  
「レイア……嘘……!!」
 
 セレナが真っ青になって口を押さえ、後ろに倒れそうになるのをアーサーが背後から抱き止めた。己の腕の中で震える肩を抱き締めながら、彼は歯を食いしばり何か言いたげだが、上手く言葉にならないようだ。
 
「レイア……!! レイア……!!」
 
 アリオンは腕の中にいる少女の身体を揺さぶり、何度も何度も呼びかけたが、彼女の反応はもうなかった。恐らく、意識が失われているのだろう。呼吸が段々浅くなってきている。
  
「レイア……お願いだ……目を開けてくれ……!!」
  
 その時、熱い涙がつき走るように金茶色の目から一筋こぼれ落ちてきた。するとそれは、玻璃のように光り、眩く辺りを照らし始めた。
 
「アリオン……?」 
 
 こぼれ落ちた一粒の涙は、やがて虹色に輝く水晶へと変化した。真珠位の大きさであるそれは、ダイヤモンドよりも輝きが強かった。純粋で繊細な光が周囲に満ち溢れている。
 
 (あれがひょっとして……アリオンの〝涙〟……? )
 
 アーサーとセレナが息を潜めて見守る中、アリオンはその水晶を手に取って静かに眺めていた。七色に輝く大変美しい水晶で、壊れそうな位に切なく儚い輝きを静かに放っている。
 
「……」
 
 彼は何を思ったのかそれをそっと口に含んだ。
 そしてそのまま身をかがめ、ゆっくりとレイアの唇を自分のそれで覆った。
 そしてレイアの身体を愛おしそうに抱き寄せ、そのまま動かなくなった――彼女の左胸の傷口に手をあてたまま……

 やがて彼の身体の周りから淡い青緑の光が現れ、それが半円状に広がり、レイア達四人を包んだ。
 それは再び立ち上がったアエス王の攻撃から自分達の身を守るための、彼に出来る精一杯の抵抗だった。
 
 こくん。
 
 レイアののどがかすかだがゆっくりと動いた。それでも、しばらくアリオンは動かないままだった。レイアの唇からも離れないまま。 
  
 すると、王子の左手から青緑色の眩い光が解き放たれた。それは穏やかな春の海のような、柔らかい色の光だった。それが彼女の身体全体を優しく包み込む。今度は彼女の左胸の辺りからも、同じように光が発せられるのが見えた。こちらは真っ白な光だった。
 
 青緑色の光と真っ白な光。それらの光が互いに交差し、やがて吸い込まれるように静かに消えた後、レイアのまぶたがぴくりと動いた。紙のように白くなっていた頬に赤味がゆっくりとだが、戻ってきている。出血はいつのまにか止まっていた。彼女の身体を支えるアリオンの右手に拍動が蘇るの感じ、思わず彼は息を飲んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

前世を越えてみせましょう

あんど もあ
ファンタジー
私には前世で殺された記憶がある。異世界転生し、前世とはまるで違う貴族令嬢として生きて来たのだが、前世を彷彿とさせる状況を見た私は……。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...