6 / 13
第六話 雨と黒猫
しおりを挟む
ザアアアアアア……。
パタパタパタパタ……。
凄い音が聞こえてきた。
雨粒が葉っぱをはじく音も、どこか硬い気がするの。
地面を弾いて、あたしの足にかかるしぶきも、ちょっと痛い。
昨日も雨だったけど、今日も雨だなんてなぁ。
しかも土砂降り!
突然降ってきたんだもの。
あたし、驚いちゃったわ!
さっきまで良いお天気だったものだから、ちょっとお散歩に……と外に出ていたの。するといきなりひどい雨が降って来ちゃって。人間が言う〝おけをひっくりかえしたような〟というやつかしら?
でも、そのお陰であたしはすっかりずぶぬれ。
へっくしょん!
毛先から落ちてくる水がとっても冷たい!
あたし、すっかりやせっぽちのぺっちゃんこになっちゃった。
身体が重たいよぉ。寒いよぉ。
でも、このままだとおうちに入れないから、ベランダから縁側を見上げるようにぺたりと地面に座っていたの。
その時、急に昔のことを思い出しちゃった。
実はあたし、〝雨〟って、正直あまり良い思い出がないの。
昔、今よりもっとちっぽけだった頃、前の飼い主に捨てられて、段ボール箱の中で縮こまっていた。
親に捨てられて、飼い主に捨てられて、その時のあたしは、一体どうすれば良いのか分からなかった。
その時、あたしを偶然見付けてくれたのが柳都だったの。もしあの時彼が助けてくれなかったら、あたしとっくの昔に冷たくなっていたと思う。
それから数日経った後、柳都に怒られた時にこのお家を飛び出して、雨の中すっかり迷子になっちゃったこともあった。
大粒の雨が降り注ぐ中、バスの停留所にあるベンチの下で縮こまっていたあたしを、彼は一生懸命探しに来てくれたの。
あの時、ああ、あたしはここにいて良いんだって、初めて思えたわ。
雨の思い出が悲しい思い出から、嬉しい思い出に変わったのは、その時なの。
そんなこともあったなぁと、しみじみ思い出していたら、ガラガラと何かが開く音がした。奥の方からこちらに向かって、ゆっくりと足音が聞こえて来る。廊下のちょっときしむ音もする。
一体誰かしら?
「ディアナ? 大きなくしゃみをして、一体どうしました?」
上から降ってきたのは優しい声。
ああ、これはあたしの大好きな柳都の声……!
「おやおや。ディアナ。ひょっとして散歩に行っていたのですか? 今日はひどい雨になると、天気予報で言っていたのに……」
「みゃ~う」
「すっかりぬれねずみじゃないですか……さぁ、こちらにおいで……」
彼は偶然持っていた真っ白なタオルで、あたしの身体をくるんでそっと抱き上げてくれたの。タオル越しに伝わってくる彼の温もりが、濡れて冷え切った身体を、ゆっくりとほぐしてくれる。銀縁眼鏡の奥から覗く榛色の双眸。その顔は、ややあきれた表情をしていたわ。でも、その顔は美しくてとっても素敵なの。全身の毛が逆立っちゃう位……ぬれちゃってるから全然立たないけど。
「このままだと風邪を引いてしまいます。さて、シャワーとお風呂とどちらにしましょうかねぇ……」
え!? お風呂!?
柳都と一緒だったら良い!
一緒にお風呂に入りたい!
あたしは顔を上げて、身を乗り出すようにして、彼の瞳をじっと覗き込んでみたわ。しっぽをくねくねさせてみる。すると彼ったら、眉をひそめてちょっと困ったような顔をしたの。あら? どうしてかしら?
「だめですよ。ディアナ。人間と猫では体温が違いますし、あなたにとって長風呂になっては、身体を壊してしまいます」
……えへへ。何かあたしが考えてること、すっかり見透かされちゃってるみたい。何かくすぐったい気持ち。あ~あ。でもお風呂、柳都と一緒が良いのにな! 一度で良いから一緒に入りたぁい!
顔をタオル越しに彼の胸元にすりすりして、おねだりのそぶりをしてみたけど、全然だめ。今度はのどをごろごろ鳴らして、すりすりしてみたの。しっぽをまっすぐに立てて、小刻みにぷるぷると震わせてみた。
すると、彼ったらちょっとあきれた顔をしたけど、口元は優しく弧を描いていた。その色白で長くて綺麗な人差し指で、あたしの鼻をつんつんと優しくつついたの。
「……仕方がないですね。シャンプーをしてあげます。それで手を打ちましょう。少しだけですよ?」
うれしい! 久し振りのシャンプー!
あたしは嬉しくて、しっぽをまたまっすぐに立てた。
後でブラッシングも必ずついてくるから、実はあたし、シャンプー大好きなのよね。毎日でもしたいくらい。
これなら、毎日雨でも構わないわ!
……え? 猫がシャンプー好きって、そんなにめずらしいものなの? 良いじゃない。猫それぞれなんだし。
パタパタパタパタ……。
凄い音が聞こえてきた。
雨粒が葉っぱをはじく音も、どこか硬い気がするの。
地面を弾いて、あたしの足にかかるしぶきも、ちょっと痛い。
昨日も雨だったけど、今日も雨だなんてなぁ。
しかも土砂降り!
突然降ってきたんだもの。
あたし、驚いちゃったわ!
さっきまで良いお天気だったものだから、ちょっとお散歩に……と外に出ていたの。するといきなりひどい雨が降って来ちゃって。人間が言う〝おけをひっくりかえしたような〟というやつかしら?
でも、そのお陰であたしはすっかりずぶぬれ。
へっくしょん!
毛先から落ちてくる水がとっても冷たい!
あたし、すっかりやせっぽちのぺっちゃんこになっちゃった。
身体が重たいよぉ。寒いよぉ。
でも、このままだとおうちに入れないから、ベランダから縁側を見上げるようにぺたりと地面に座っていたの。
その時、急に昔のことを思い出しちゃった。
実はあたし、〝雨〟って、正直あまり良い思い出がないの。
昔、今よりもっとちっぽけだった頃、前の飼い主に捨てられて、段ボール箱の中で縮こまっていた。
親に捨てられて、飼い主に捨てられて、その時のあたしは、一体どうすれば良いのか分からなかった。
その時、あたしを偶然見付けてくれたのが柳都だったの。もしあの時彼が助けてくれなかったら、あたしとっくの昔に冷たくなっていたと思う。
それから数日経った後、柳都に怒られた時にこのお家を飛び出して、雨の中すっかり迷子になっちゃったこともあった。
大粒の雨が降り注ぐ中、バスの停留所にあるベンチの下で縮こまっていたあたしを、彼は一生懸命探しに来てくれたの。
あの時、ああ、あたしはここにいて良いんだって、初めて思えたわ。
雨の思い出が悲しい思い出から、嬉しい思い出に変わったのは、その時なの。
そんなこともあったなぁと、しみじみ思い出していたら、ガラガラと何かが開く音がした。奥の方からこちらに向かって、ゆっくりと足音が聞こえて来る。廊下のちょっときしむ音もする。
一体誰かしら?
「ディアナ? 大きなくしゃみをして、一体どうしました?」
上から降ってきたのは優しい声。
ああ、これはあたしの大好きな柳都の声……!
「おやおや。ディアナ。ひょっとして散歩に行っていたのですか? 今日はひどい雨になると、天気予報で言っていたのに……」
「みゃ~う」
「すっかりぬれねずみじゃないですか……さぁ、こちらにおいで……」
彼は偶然持っていた真っ白なタオルで、あたしの身体をくるんでそっと抱き上げてくれたの。タオル越しに伝わってくる彼の温もりが、濡れて冷え切った身体を、ゆっくりとほぐしてくれる。銀縁眼鏡の奥から覗く榛色の双眸。その顔は、ややあきれた表情をしていたわ。でも、その顔は美しくてとっても素敵なの。全身の毛が逆立っちゃう位……ぬれちゃってるから全然立たないけど。
「このままだと風邪を引いてしまいます。さて、シャワーとお風呂とどちらにしましょうかねぇ……」
え!? お風呂!?
柳都と一緒だったら良い!
一緒にお風呂に入りたい!
あたしは顔を上げて、身を乗り出すようにして、彼の瞳をじっと覗き込んでみたわ。しっぽをくねくねさせてみる。すると彼ったら、眉をひそめてちょっと困ったような顔をしたの。あら? どうしてかしら?
「だめですよ。ディアナ。人間と猫では体温が違いますし、あなたにとって長風呂になっては、身体を壊してしまいます」
……えへへ。何かあたしが考えてること、すっかり見透かされちゃってるみたい。何かくすぐったい気持ち。あ~あ。でもお風呂、柳都と一緒が良いのにな! 一度で良いから一緒に入りたぁい!
顔をタオル越しに彼の胸元にすりすりして、おねだりのそぶりをしてみたけど、全然だめ。今度はのどをごろごろ鳴らして、すりすりしてみたの。しっぽをまっすぐに立てて、小刻みにぷるぷると震わせてみた。
すると、彼ったらちょっとあきれた顔をしたけど、口元は優しく弧を描いていた。その色白で長くて綺麗な人差し指で、あたしの鼻をつんつんと優しくつついたの。
「……仕方がないですね。シャンプーをしてあげます。それで手を打ちましょう。少しだけですよ?」
うれしい! 久し振りのシャンプー!
あたしは嬉しくて、しっぽをまたまっすぐに立てた。
後でブラッシングも必ずついてくるから、実はあたし、シャンプー大好きなのよね。毎日でもしたいくらい。
これなら、毎日雨でも構わないわ!
……え? 猫がシャンプー好きって、そんなにめずらしいものなの? 良いじゃない。猫それぞれなんだし。
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる