骨董屋と黒猫の陽だまり日記帳

蒼河颯人

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第六話 雨と黒猫

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 ザアアアアアア……。
 パタパタパタパタ……。

 凄い音が聞こえてきた。
 雨粒が葉っぱをはじく音も、どこか硬い気がするの。
 地面を弾いて、あたしの足にかかるしぶきも、ちょっと痛い。
 昨日も雨だったけど、今日も雨だなんてなぁ。
 しかも土砂降り!
 突然降ってきたんだもの。
 あたし、驚いちゃったわ!

 さっきまで良いお天気だったものだから、ちょっとお散歩に……と外に出ていたの。するといきなりひどい雨が降って来ちゃって。人間が言う〝おけをひっくりかえしたような〟というやつかしら? 

 でも、そのお陰であたしはすっかりずぶぬれ。
 へっくしょん!
 毛先から落ちてくる水がとっても冷たい!
 あたし、すっかりやせっぽちのぺっちゃんこになっちゃった。
 身体が重たいよぉ。寒いよぉ。
 でも、このままだとおうちに入れないから、ベランダから縁側を見上げるようにぺたりと地面に座っていたの。

 その時、急に昔のことを思い出しちゃった。

 実はあたし、〝雨〟って、正直あまり良い思い出がないの。

 昔、今よりもっとちっぽけだった頃、前の飼い主に捨てられて、段ボール箱の中で縮こまっていた。
 親に捨てられて、飼い主に捨てられて、その時のあたしは、一体どうすれば良いのか分からなかった。
 その時、あたしを偶然見付けてくれたのが柳都だったの。もしあの時彼が助けてくれなかったら、あたしとっくの昔に冷たくなっていたと思う。

 それから数日経った後、柳都に怒られた時にこのお家を飛び出して、雨の中すっかり迷子になっちゃったこともあった。
 大粒の雨が降り注ぐ中、バスの停留所にあるベンチの下で縮こまっていたあたしを、彼は一生懸命探しに来てくれたの。
 あの時、ああ、あたしはここにいて良いんだって、初めて思えたわ。

 雨の思い出が悲しい思い出から、嬉しい思い出に変わったのは、その時なの。 
 
 そんなこともあったなぁと、しみじみ思い出していたら、ガラガラと何かが開く音がした。奥の方からこちらに向かって、ゆっくりと足音が聞こえて来る。廊下のちょっときしむ音もする。
 
 一体誰かしら?
 
「ディアナ? 大きなくしゃみをして、一体どうしました?」

 上から降ってきたのは優しい声。
 ああ、これはあたしの大好きな柳都の声……!

「おやおや。ディアナ。ひょっとして散歩に行っていたのですか? 今日はひどい雨になると、天気予報で言っていたのに……」
「みゃ~う」
「すっかりぬれねずみじゃないですか……さぁ、こちらにおいで……」

 彼は偶然持っていた真っ白なタオルで、あたしの身体をくるんでそっと抱き上げてくれたの。タオル越しに伝わってくる彼の温もりが、濡れて冷え切った身体を、ゆっくりとほぐしてくれる。銀縁眼鏡の奥から覗く榛色の双眸。その顔は、ややあきれた表情をしていたわ。でも、その顔は美しくてとっても素敵なの。全身の毛が逆立っちゃう位……ぬれちゃってるから全然立たないけど。

「このままだと風邪を引いてしまいます。さて、シャワーとお風呂とどちらにしましょうかねぇ……」

 え!? お風呂!?
 柳都と一緒だったら良い!
 一緒にお風呂に入りたい!

 あたしは顔を上げて、身を乗り出すようにして、彼の瞳をじっと覗き込んでみたわ。しっぽをくねくねさせてみる。すると彼ったら、眉をひそめてちょっと困ったような顔をしたの。あら? どうしてかしら?
 
「だめですよ。ディアナ。人間と猫では体温が違いますし、あなたにとって長風呂になっては、身体を壊してしまいます」

 ……えへへ。何かあたしが考えてること、すっかり見透かされちゃってるみたい。何かくすぐったい気持ち。あ~あ。でもお風呂、柳都と一緒が良いのにな! 一度で良いから一緒に入りたぁい!

 顔をタオル越しに彼の胸元にすりすりして、おねだりのそぶりをしてみたけど、全然だめ。今度はのどをごろごろ鳴らして、すりすりしてみたの。しっぽをまっすぐに立てて、小刻みにぷるぷると震わせてみた。
 すると、彼ったらちょっとあきれた顔をしたけど、口元は優しく弧を描いていた。その色白で長くて綺麗な人差し指で、あたしの鼻をつんつんと優しくつついたの。

「……仕方がないですね。シャンプーをしてあげます。それで手を打ちましょう。少しだけですよ?」

 うれしい! 久し振りのシャンプー!
 あたしは嬉しくて、しっぽをまたまっすぐに立てた。
 後でブラッシングも必ずついてくるから、実はあたし、シャンプー大好きなのよね。毎日でもしたいくらい。
 これなら、毎日雨でも構わないわ!

 ……え? 猫がシャンプー好きって、そんなにめずらしいものなの? 良いじゃない。猫それぞれなんだし。
 
 
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