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ふざけるな

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 今日はリーダーに呼び出された……僕は緊張のせいか心臓が高鳴る。

 冒険者ギルドの一室へ僕は重い足を動かして向かった。

 最後に二人で話したのは何時だろう。僕たちのパーティがSランクになってからは忙しくて日常の話をした記憶が無い。

「入るよ」

 扉を軽くノックして入室すると。

「あれ。どうして……」

 冒険者ギルドのSランクパーティが作戦や特殊な依頼を請ける時に使われる部屋に他の魔法師リオと聖職者シイラも椅子に座って僕を見る。

「よく来たな……フール」

 リーダーのダルクが僕の目を真っ直ぐ真顔で見ていて圧力を感じ目を逸らした。

「大事な話がある。今日でパーティを抜けてほしいんだ」

 言葉の意味が分からない。初めてダルクに誘われて三年……FランクからSランクまで一緒に頑張った思い出が脳内を駆け回る。最初は僕のスキルが相手を弱らせてダルクが止めを刺す黄金パターンでランクを上げていた。

 今……リーダーに僕は抜けてほしいと言われている。

「理由はちゃんとある。Sランクの依頼も達成できるようになったよな。俺が前線で魔物と戦いリオが強力な魔法で相手を倒す。そして、何かあってもシイラが回復してくれる。状態異常しか使えない呪術師のお前はもう要らないよ」

 大きく息を吐いてダルクは僕を見ながら続けた。

「よく考えてくれ。殆ど活躍していないフールも俺達と同じ額の報酬を貰っているだろう?」

 活躍していない僕が同じ額を貰うのはオカシイとダルクは言いたいんだ……確かに僕は目立つ活躍はしていない。この前のワイバーン達だって相手を麻痺にしたり毒にして弱らせたりしていたけど、きっと些細な事かもしれない。

 ダルクは辺境の街『ローライフ』出身にも関わらず英雄と言われる程に強くなった。どんな魔物にも勇敢に戦う姿は格好良くて僕達パーティの光で……あれ。涙が溢れてくる。

「ちょっと、泣かないでよ」

 リオが呆れ顔で見ていた。

「私達が虐めてるみたいじゃん。仕事してないのにお金を貰うのは普通に変じゃない?」

 僕のスキルも目に見えて派手な物じゃないから、何もしてないと思われてる?

「この前のワイバーンでも僕は相手を麻痺にしていたんだ。だから、ちゃんと」
「それってさー」

 言葉を遮られてリオが大きな声で言った。

「私が広範囲の魔法で撃ち落としたから、相手の動きを少し遅くしても意味って無くない?」

 僕の力があろうが結果には何も関係ない。そんな事を言われたらもう言い返せない。

「俺達は報酬を均等に分けていた。フール……お前がどうしても残りたいなら仕事量に応じて報酬を分配するしかない。前線で魔物と戦う俺が仕事量の少ないお前と同じ報酬ってのは変な話だ。長い付き合いだからこそ、分かってくれるよな」

 何も僕は言い返せなかった。二人で聖人カイリの様に魔物を倒して平和な世界を作ると語り合ったのは遥か昔で、今は環境含めて全部が違う。

「わかったよ。このパーティに僕の居場所は無い……」
「急にパーティから抜けると大変だと思って金は三人で用意したんだ」

 ダルクが袋をテーブルに置いた。その袋を開くと分配前のSランク依頼報酬と変わりない額が入っている。

「私は用意しなくてもどうせアンタは貯め込んでるから要らないって言ったんだけど、ダルクがわざわざSランクの依頼を受けてたんだからね。ありがたく受け取ってさよならしましょ」

 僕抜きで依頼を受けていた事実が背中を押した。もう、僕は本当に要らないみたいだ。

「わかったよ」

 僕は部屋を出ると後手に扉を閉めた。これからの事を考えないとダメなのに今までの思い出が蘇る。英雄ダルクは僕にとっても凄い人でボロボロになる事も厭わず相手を前線で抑えてくれる。見た目の良さや実力も十二分にあり人気者だ。ダルクに負けじと魔法師リオも圧倒的な火力で敵を薙ぎ倒す天才だ。

 透き通る肌に綺麗な顔立ちは誰しも目を奪われる。

 最後に加入してくれた聖職者のシイラには助けられた。僕達がBランクで足踏みをしている時に彼女が来てくれたお陰で安定感が増した。ダルクが少し無理をしてもシイラの回復術で危険を大幅に減らしてくれた。

 誰にでも優しく微笑む彼女に全員が救われた。

 全てが遠い記憶に感じながら僕が冒険者ギルドを出て自宅に向かっていると、後ろから誰かが駆ける音が聞こえた。

「フールさん」

 振り返るとシイラが駆け寄ってくる。

「どうしたの?」

 もう関係ない僕を追いかける意味が分からなかった。あの場で一言も話さず追いかける理由……忘れ物でもしたのかと持ち物を確認したけど、心当たりは全く無い。

「ふぅ、いえ。ちょっとお話でもと思いまして。大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ」

 家に向かいながら僕はシイラと歩きながら話す。

「それで、どうしたの?」
「えっと、フールさん大丈夫ですか? 急な話でびっくりしてるかと思いまして」

 にこっと笑うシイラの顔で緊張が和らぐ。僕はあまり人と話すのが得意じゃない。でも、コレが最後だと思えば話したい。

「驚いたけど、納得はしてるつもりだよ。ダルクの言葉に言い返せなかった」
「私も割り込めませんでした。この話も随分前から出てたんです。もっとフールさんと話し合ったほうがいいって私は言ってたんですけど、話す場を作ることも出来てなかった様子ですね」

 シイラの言葉で思い当たる節はあった。ダルクが珍しく僕に何度か声を掛けてくれたが断ってしまった。どうせ僕の苦手な宴の集まりだと思っていた。ダルクは故郷から友人が会いに来たりして賑やかな生活をしている。

 僕はそういう場が苦手だった。

「また知らない人達の宴だと思ってたから……今回は依頼前に二人で話そうって誘われてたんだ」
「フールさんはその……口数も少ないので深い話は出来ませんでしたね。ダルクさんもリオさんも忙しいのでこんな形になってしまいました」

 シイラの表情が曇った。これも全て僕の引っ込み思案な性格が機会を潰したに違いない。

「もう過ぎた事だから」

 家に帰る途中の道でシイラは僕の手を掴んだ。そして、両手でぎゅっと優しく包み込み瞳を閉じる。急な出来事で僕はただ唖然とする事しか出来ない。

「貴方に神のご加護がありますように」

 修道服姿のシイラが僕にお祈りをしてくれた。今後はひとりぼっちになる僕の心配でもしてるのかも知れないが、僕は目の前にあるシイラの顔に心が驚いた。

 優しく温かいシイラのお祈りは数分続いてゆっくりとその手が離れる。

「フールさんは今後どうするんですか?」
「暫くはお金もあるしのんびりするよ」
「リオさんも言ってましたね……あ、申し訳ありません」

 リオがさっき僕に言った『貯め込んでいる』その言葉は正しい。散財する事も無く、何かあった時の為に備えていた。Sランク冒険者の報酬は多額で四人で分けてもそれなりに貯まる。

「気にしないで。本当のことだから、僕はあまりお金を使わないし大丈夫だよ」
「そうなんですね……」

 シイラが珍しくもじもじする様子で何か困った事でもあるのかと勘ぐってしまった。だから、僕の口から自然とこぼれる。

「何か困ってるの?」
「いえ、あの……あまり口に出すには恥ずかしいお話なのですが……少々金銭面でちょっと」

 他の三人が報酬を何に使っているのか知らない。動揺もあった僕は魔が差した。

「困ってるならこれをあげるよ」

 僕は持っていたSランク依頼分の報酬をシイラに手渡した。

「本当にいいんですか?」
「うん。僕なら大丈夫」

 ぱっと明るくなったシイラの顔を見て僕は安心した。シイラの太陽みたいな笑顔が僕は好きだったみたいだ。

「ありがとうございます。では、私はこの後に依頼があるので戻りますね」
「うん。気をつけてね」
「フールさんもお元気で」

 僕はシイラと別れて家に着いた。




 ◆◆◆◆




 Sランクの依頼。魔獣討伐へダルク達は向かっていた。

「何か機嫌が良さそうだなシイラ」

 いつもより笑顔なシイラにダルクが話しかける様子を見ると、リオが割り込んだ。

「シイラもフールが居なくなって清々してるのよきっと。ここ数ヶ月アイツはパーティに居るだけだったんだもん」
「そんな事ないですよ。フールさんは……良い人です。引っ込み思案なだけで最初は活躍してたじゃないですか」

 ランクの低い頃はフールの力を使い、相手を一瞬でも止める事が出来れば、ダルクが致命傷を与えることが出来た。

「まぁ、最初は凄く助かったけど……流石にSランクだとついてこれないのよ」
「フールには本当に世話になったよ。俺も何度も救われた。でも、俺達にも事情がある」

 アウォォォン!!

 今回のお目当て『魔獣ベアウルフ』が遠吠えをした。ダルク達は奴の縄張りに入る事に成功する。

 狼の特性を持つ魔獣で群れを成す。ボスは身体が発達し、ひときわ大きく二足歩行で放つ強力な一撃は油断ならない。

「さぁ、出てきたぞ。子分共だ」

 ダルクの前に真っ黒い雷がバチバチと弾けている狼が数体現れる。

「いつもの様に行くぞ」
「えぇ」

 ダルクは剣を抜いてベアウルフを斬りつけた。活動拠点の大都市ルーンに存在する各流派を巡り身につけた剣術をオリジナルに昇華しているダルクは迫りくる敵を斬り捨てる。次々と現れるベアウルフは敵が強敵だと知った瞬間に、纏う黒い雷を鞭のように操りダルクへ放つ。

 数本の鞭を斬り落としたが周りを囲まれ幾度もなく振り下ろされる鞭がダルクに当たった。雷の特性で身体が痺れて自由を奪われたダルクに次々と鞭が当たる。

「下がってダルク!」

 リオが氷柱を生成しベアウルフ目掛けて飛ばした。ダルクが下がる時間を稼ぐ事に成功しシイラの元へダルクが駆け込む。

「頼んだシイラ」
「はい!」

 シイラは手の平をダルクの患部に当てて回復術を使った。白い輝きが傷を覆うと段々と塞がっていく。
 
 けど明らかにいつもより回復速度が遅かった。

「まだ……か?」
「やってます」

 シイラの回復術はレベルが高く段々と回復力が伸びていく特性を持っていた。いつもなら最初に使ったらあっという間に傷が塞がり体力も回復するはずだが……何かが違う。

「シイラまだかかってんの? ちっ、時間稼ぎなら私だって……」

 リオは皆を覆う様に氷の壁を作り出し、無差別に壁の外へ氷柱を飛ばした。何者も近づかない連撃で時間を作る。

「くそっ、もういい。行くぜ」

 リオの肩を叩いて魔法を止めさせたダルクが魔物へ斬りかかった。ダメージを残しつつも子分は着実と数を減らす。

 アウォォォン!!

 ダルクが前で戦っている間にボスのベアウルフは物陰からリオ達へ襲いかかった。

 動きの襲い敵を真っ先に潰して後は取り囲んで黒雷の鞭であの男は直ぐに死ぬ。だからこそ弱そうな二人を狙ってボスベアウルフは鉤爪を振り下ろそうとしていたが次の瞬間。

 落雷に撃たれたかの様な轟音鳴り響いてベアウルフはぺちゃんこに潰れていた。

「な、なんだ!?」

 ダルクが物陰から飛び出すベアウルフに気づいて二人に近づく間も無かった。結果として近づく必要も無くボスは死んでいる。

 統率が乱れた有象無象の子分たちをダルクが切り捨てた。

 そして、目前の魔物を全滅させたダルクが全てを理解する。

「あんたは……聖人カイリ」

 砂煙で咳き込むリオ達の正面に聖人カイリが立っていた。

「偶然。助ける事が出来ましたわっ」

 全て真っ白なカイリが、にこっと不気味に微笑んだ。




 ◆◆◆◆




「そろそろ帰るか」

 ダルク達とお別れした僕は暫くの間はダンジョンで過ごした。シイラと別れてゴロゴロとしていたが、やることも無い僕は新米の頃に挑んだダンジョンへ足を運んでいだ。

 あの頃はダルクと二人で精一杯頑張ったダンジョンも今となっては簡単に終わる。最深部の大木に別れを告げると地上目指して僕は歩みを進めた。行きも帰りも魔物が行く手を阻む。人の身長を超えるオオムカデが僕の前に立ちはだかった。

 この魔物は毒を持つ魔物で僕の得意な呪術があの頃は効かなかった。でも、今はレベルも威力も周りに気を遣う必要も無い。

「……ポイズン」

 僕は毒耐性を持つオオムカデに呪術を使った。その呪術は相手に毒を与え細胞を少しずつ壊していく効果を持つ。体力が奪われオオムカデは動きが鈍くなり丸まってしまった。

 その隣をそーっと歩いて通ると僕がユニークスキルをオオムカデに唱える。

「反転」

 僕が使った反転の効果でオオムカデに掛かっていた毒が変わった。ゆっくりと体を動かし初めてオオムカデに活気が戻る。

 細胞を壊し生命を脅かすポイズンを反転によって回復効果に変えた。

 元気になったオオムカデは僕を無視して遠くへ去っていく。冒険者は稀に特殊な力が宿る事がある。僕は呪術師としての力を持っているが更に別の人が持ち得ない力――ユニークスキルは必ずしも使える『力』とは限らない。

 僕の【反転】も制限があり自分にしか使えない。相手を毒にして反転を使い治す事は可能だ。なら、相手を痺れさせて動きを奪った時に反転を使うとどうなるか? それは相手から痺れを無くすだけで攻撃に使えない。

 唯一、僕が見出した使い方が毒の反転だった。シイラが味方を回復させる時にこっそり毒を与えて反転させる。シイラの瞬間的な回復力には敵わないがじわじわと体を蝕む毒の特性は残り、暫くの間は怪我をしても直ぐに治る。

 その他に相手の魔力を奪う力もあるが反転を使ったら与える事になる。まったく使い所が見出だせていなかった。

 今の僕にとっては自分が怪我をした時にヒーラーが居なくても平気な程度だ。

 ダンジョンから出るまでに僕は迫りくる敵を痺れさせたり石化させたりして切り抜ける。

 そして、地上に出て自分の家に向かった。僕にとってはただの散歩で懐かしさだけが心を満たす。

『あの聖人がパーティを組むらしいぞ』

 自宅に向かっている最中に僕はそんな話し声を聞いた。

「へぇ……あの人が……」

 僕は小さくこぼした。聖人カイリは僕らとあまり年齢も変わらないのに凄い人だ。見た目は特殊な体質のせいで全身が真っ白としか言いようが無い。

 髪も瞳も透き通る肌も全てが白くて不思議な人……話を聞いた時は不気味だと僕も思ったが生で一度だけ見た事がある。

 駆け出しだった僕らと同じ様にカイリが聖人と言われてない時代にすれ違った事がある。大きな瞳に目を奪われ女性らしいフォルムが神々しく感じた。その時の顔は無表情だったけれど、その時の美しさを今も忘れない。

 暫く経ってカイリは圧倒的な力で魔物を倒して村を街を都市を救った。そして受け取った報酬を皆のために使う姿から聖人という異名が定着する。新進気鋭のダルクも気がついたら剣士ダルクから英雄ダルクへと名声が上がっていた。

 いずれダルクもカイリに並ぶ冒険者になるかもしれないなぁと思いながら歩いていると我が目を疑った。

 遠くで聖人カイリを見つけてしまった。記憶の彼女と変わらず圧倒的な存在感に瞬きを忘れて僕は見惚れる。ギルドへ向かう道を歩いているだけの彼女から目が離せない。さーっと通り過ぎる彼女は時間にして数秒で僕の前を歩く人々に遮られて見えなくなった。

「あれ?」

 ――ダルクが隣を歩いていた? 聖人カイリの隣に見覚えのある顔が居た気がする。

 人々の群れから遅れてゆっくりと歩くシイラの姿を僕は見つけた。

 見間違いじゃない。もしかして……聖人カイリが入ったパーティって。

 僕は駆け出した。

 人混みを掻き分けあの人達が歩いていった先のギルドが見える角を曲がるとダルクの隣にカイリが居た。

 ――どうしてダルクがカイリと……僕が抜けたからカイリを入れた?

『カイリは俺達と違ってパーティを組まない。俺とフールなら直ぐに追い抜くさ』

 僕の脳裏にダルクが言った昔の言葉がよぎる。

 ――もしかして、カイリを入れる為に僕を抜いた?

 足元がふらつき目眩で視界がぐにゃりと歪む。僕はその場にへたりこんだ。意識するのは呼吸する事だけで小刻みに息を吸っては吐いた。ガクガクの足腰に鞭を打って立ち上がると家に向かって足を動かした。

 うつむく僕を見る人々の視線は全く気にならず。ゲロ吐きそうな気持ちを両手で抑えて僕は家に帰った。

 ベットに転がり込むと僕は天井を見つめながら思考する。乱れも整い冷静に物事を整理しようと努力した。

 もしも偶然。そう、僕が居なくなってダルクがカイリと出会い。何かキッカケがあって同じパーティを組んだかもしれない。

 別に僕が抜けたからカイリを入れた訳では無く、カイリを入れたいから僕を抜いた訳でも無い。

 今までの歴史を振り返ると僕は偶然ダルクと出会いパーティを組んだ。そして、リオは盗賊に襲われている商人を助けた時に実は奴隷商だと気づいて開放した。

 その時にリオは行くところが無く冒険者の適正がありパーティを組んだ。

 シイラは僕達が壁にぶち当たった時に天から現れた細い蜘蛛の糸だ。彼女が居て安定性が生まれて僕等は活躍できた。

 じゃあ、カイリもそういう流れでパーティに入っただけ……?

 きっとそうに違いない。でも、僕の知ってる聖人カイリは誰ともパーティを組んだ事が無い。

 何故なら、組む必要が無いと噂を聞いた。一人で何でも出来る彼女は仲間を必要としていない。

 なんで、どうして、僕が抜けたタイミングで……考えても混乱して纏まらない。ダルク達がこれから躍進する事は喜ぶべきはず。

 それなのに、僕がその場に居ない。

 抜ける時は納得したつもりだったのに、カイリの存在があの時の僕を否定する。本当はもっと話が出来れば……今と違う道に行けたかもしれない。

 そう考えた僕はふと、シイラの言葉を思い出した。

『フールさんはその……口数も少ないのであまり深い話は出来ませんでしたね』

 ――僕がもっと……今と違っていれば。

 後悔と自責の念に紛れて聖人カイリの存在が心に引っかかる。なんで今?

 『憎しみ』に近い感情が溢れるのを感じた僕は考えるのを止めた。

 結局は諦めるしかない。僕に出来る事は今まで通り呪術士として冒険者をやるしか……あっ!

 他の人には出来ない、僕にしか出来ない事がひとつだけある。それはユニークスキルの『反転』だ。今までは自分のスキルをひっくり返す事にしか使っていなかった。何故ならこの力を他人に使えないから。

 自分にしか使えないユニークスキル。

 消極的なフールに使えば全てが変わる!?

 僕は初めて今までの自分を変える為に『反転』を使った。

 もやもやが晴れる感覚に包まれて僕は居心地が良い。なんで今まで僕は気付かなかったんだろうと思えるほどに気分が澄み渡る。

「ふわぁぁぁぁ」

 緊張感も無く自然と欠伸がこぼれて涙目になった。さっきまで悩んでいた自分が馬鹿らしい。

「英雄ダルク……所詮、僕を切り捨てただけの冒険者だ。辺境ローライフで生まれた無謀な剣士。僕が居なければ駆け出しの頃に死んでいた」

 僕はローライフが貧しい国で人身売買をしている事を思い出した。リオもそのローライフ出身でダルクと同郷だ。そういう繋がりもありリオは加入した。

「確か、リオも陰でルーンの人々に暴力を振るってたなぁ」

 路地裏でリオが女性と口論になりほっぺたを叩く瞬間を僕は記憶の片隅に追いやっていた。

「よく考えたら僕らは上級冒険者だった。僕の貯めたお金も遊んで暮らせる額を有に超えている。あれぇ、おかしいなぁ。聖職者のシイラも同じくらい貰ってるはずだ」

 可愛い笑顔で纏った裏側は汚い守銭奴か……シイラも僕からお金を巻き上げる為に態々ついてきてくれたんだな。

 もしかすると全て三人が仕組んだ罠かもしれない。僕をパーティから追放する為に金を用意して抜けたら後でシイラが回収する……全く汚い奴らだ。

「あーはっはっは……全く僕はお人好しにも程がある」

 僕は今まで手の平で踊っていた操り人形に過ぎず、要らなくなったから切り捨てられた。

「僕らの繋がりもそんなもの。あいつらが何で聖人カイリの側にいるんだろう」

 最近、名声が上がってきている冒険者だから? それとも、強い冒険者だからかなぁ。強さだけなら僕も負けないよ。

「今夜あそびに行くか」

 僕はお腹が空いていたのでご飯を食べて日が落ちるのを待った。





 ◆◆◆◆





 僕は大都市ルーンの外れに足を運んでドアをノックした。

 手の甲で二回ドアを叩くと中からシイラの声が聞こえて足音が近づいてくる。

「はい。どちら様ですか?」
「フールです」

 シイラは何の警戒も無く僕の名前を聞くと扉を開けた。

「フールさんどうされましたか?」
「油断し過ぎだよシイラ」

 僕は呪術――麻痺をシイラに使って手足の動きを止めた。

「えっ?」

 何も理解していないシイラは目が点となり時が止まった様に固まった。実際は僕が手足の自由を奪っただけなんだけど。

「受け身を取らないと危ないよ」

 僕は扉を開けて身動きが取れないシイラを蹴り室内に押し込んで扉を閉めた。自由が効かず背中から床にぶつかり頭も軽く打ったシイラが辛そうな目で僕を見る。

「やぁ、シイラ。君は戦いに向いてないんだから警備を雇わなきゃ」
「フールさん……どうして?」

 元パーティメンバーから襲われる理由に心当たりの無いシイラは疑問しか浮かんでいなかった。それを見て僕は屈んでシイラの髪を掻き分け話を始める。

「シイラはどうしてお金が好きなの? 僕から巻き上げたお金は何処?」

 僕の来訪理由を察するには十分な言葉で、シイラは慌てた様子で口を開いた。

「お、お金なら返しますから止めてください」
「僕を追放してまで手に入れたお金をすぐ手放すんだー。あ、聖人カイリが加入したのって本当?」

 僕がお金の話から聖人カイリの話を振るとシイラは素直に答える。

「カイリさんは正式に入りました。でも……フールさん誤解です。」

 勘違いでも無くカイリがパーティを組んだ事を知れた。でも、どうしてカイリがこんな守銭奴と組んでるんだろう……あ、もしかして僕と同じ様に手駒にされたのかもしれない。だったら、助けなきゃいけない。冒険者として僕はカイリの為にシイラを倒そう。
 
「いつまで動けない振りを続けるつもりなの?」

 僕の問にシイラは生唾を飲み込んだ。聖職者シイラの特性上、仲間の怪我を治す事ができる。それは、僕の様な呪術士の呪いを解く事も可能だ。僕の力が消される唯一の天敵であるシイラは魔力を込める。

「止めてくださいフールさん。話し合いましょう」

 回復術の一つ『キュア』で身体の痺れを消したシイラが手足を動かして後ろに下がり僕と距離を取った。

「話し合いね。それで、僕のお金は何処?」

 僕の言葉に目を背けたシイラが呟いた。

「今はその……手元にありません。でも! でも、絶対に返しますから止めてください」
「ふぅーん。結構な大金だったんだけどシイラは短時間で使い込む子だったんだ」

 僕は呪術を使いシイラを攻撃した。石化は足元から段々と身体を蝕むように広がっていく、そして与えた毒はシイラの内部からダメージを与える。さっきは手足に使った麻痺を体中に施した。

「ごほっ、あ、足が……フールさん止めてください」

 毒が効いてきたのかシイラは手で口元を抑えようとするも腕が言う事を聞かず不格好に咳き込んでいた。そして、段々と石化する足を見て顔が青ざめる。

「さぁシイラ。残った君と追放された僕の力比べをしようじゃないか。君の力で抵抗してみなよ」

 じっと睨みつけるシイラの新しい表情に僕は少し驚いた。そういう顔も出来るんだなと感心してしまう。

 回復術で毒のダメージを回復させるためにシイラの体を光が纏った。そして、呼吸が楽になると今度は動かない手足を治す。

「あれ? 石化は治さないの? どんどん柔らかいシイラの肌が固くなっちゃうね」
「フールさんもう止めてください」

 魔力には限りがある。それはシイラにも僕にも共通で何度も治せる訳じゃない。石化を治した後に残る魔力量を考えているのかもしれないな。

「さぁ、次の毒はどうかな」

 時間が掛かるほどに身体を蝕む猛毒――デッドポイズンをシイラに使った。

 いつもは傷ついた仲間に使って『反転』させる呪いをそのまま弱らせる為に仕掛ける。

「かはっ」

 体内の急激なダメージにシイラは口から血を吐いた。そして、必死に自分へ回復術を唱える。生きるために自分を治し続けるのを僕は側で見守った。

「頑張れシイラ。僕は見守ってるよ、毒を治したら毒を与えるからね」

 何度も何度も生きるためにシイラは自分の異常を治す。繰り返し自分の身体が毒に蝕まれるのに対して何度も何度も回復術を使った。

 魔力が枯渇し、下半身も完全に固まったシイラが吐血で溺れ始める。口をぱくぱくと必死に動かすシイラを見て僕は溜息を吐いた。こんな力に僕達は助けられて感謝していたなんて……もっと僕がしっかりしてればシイラは要らなかったな。

「反転」

 僕はシイラの身体を襲う毒をひっくり返した。急速に身体の調子を取り戻したシイラは自分の手足が自由に動き石化していた下半身も元に戻っていることに気づくと上半身を起こして必死に酸素を取り込む。

「シイラの回復術を手伝ってたのは僕なんだ。今まで黙っててごめんね」

 魔力を枯渇させたシイラが僕に向かって放った第一声は以外な物だった。

「フールさん……助けてくれてありがとうございます。もう許してください」

 感謝の言葉を述べる意味が理解出来ない。

 死にかけたシイラを助けたのは事実だが僕はそんな事どうでもいい。何故ならシイラを虐めたい訳じゃない。

「僕気付いたんだ。パーティを抜けるべき人はシイラなんじゃないかな? 君の力は要らない。僕がその席を貰うよ」
「……」

 虚ろな瞳に映る僕を見ながらシイラを立ち上がらせた。そして、僕はシイラに話しかける。

「今からダルクのところに一緒に行こう。そして、シイラ。君自身の口で言うんだ。パーティを抜けるってダルクに伝えて代わりに僕を入れるようにお願いする。わかった?」
「わかりました」

 良かった。シイラも分かってくれたみたいだ。

「決まりだね。出発だ!」

 僕の後ろをついて歩くシイラは何故か泣いている。僕には何で泣いているのか分からないけど、ちゃんとダルクに伝えてくれるなら構わない。まったく、シイラは本当に困った子だ。僕らはSランクパーティになったにも関わらず。大都市ルーンの外れに住んでるんだからダルクのところまで遠くて仕方ない。

 僕の足取りは軽くダルクに会うのが楽しみで仕方ない。あの頃の夢を叶えよう。

 目を真っ赤にして泣き止んだシイラを連れてダルクの寝泊まりしている家に到着した。

 そして、シイラの時と同じ様に僕はドアをノックする。

「はーい」

 ダルクの声じゃない! この声は――

 無警戒に扉を開けて出てきたのは魔法師リオだった。

「どちら様ーって、あんた? 今更来ても……え、シイラ!?」

 僕の後ろに居るシイラに気づいたリオが驚きの声をあげる。僕の用事はリオでは無くダルクにあって、彼の家を訪ねたらリオが出てくる……二人はそういう仲だったのか。僕は今まで気づかなかった。

 路地裏で暴力を振るっている様な女がダルクを縛っている?

「僕はダルクに用事があるんだ。リオは下がってて」

 シイラと同じく僕は麻痺をリオに掛けて身体の自由を奪った。

「なっ、あんたっ」

 身体が動かなくても魔力は使える。魔法師の力を使って氷柱を反射的に生成し僕めがけてリオは撃ち込んだ。

 元パーティメンバーに容赦無く攻撃するこの女は害悪だな。僕は後ろにいたシイラを盾にリオの攻撃を防ぐ。

「卑怯よあんた! シイラ早く治しなさい」

 シイラの脇腹に刺さった氷柱を真っ赤な血が伝い地面にぽとぽと垂れてダルクの家を汚した。苦痛に顔を歪めるシイラはまだ仕事を終えていないので僕は呪術を掛ける。

 何度も回復術を使ったシイラに魔力は当然残っていない。僕は氷柱をシイラから抜いて猛毒を反転させると身体の中からシイラを癒やしていく。

「リオは動かないでくれ」

 僕はシイラに使った時よりも強く魔力を込めてリオに石化を使った。みるみる足の爪先から全身に侵食する身体を見ながらリオは叫んだ。

「ダルク!!!!敵よ!」

 その言葉を最後に魔力を振り絞ったのか生成した氷柱を飛ばした。

 毛先まで石となったリオがやっと静かになった。突然だったから動揺したのかリオの氷柱は窓ガラスを割って外に飛ばされ何処かに飛んで行った。リオが僕達にやった事と言えばダルクを呼んでくれたくらいだ。

 そこだけは本当に助かった。リオの叫びを聞いて文字通りダルクが剣を手に姿を現す。

 完全に石化して動かなくなったリオに脇腹を抑えたシイラ。そして、僕に気づくと状況を把握したのか剣を僕に向ける。

「フール。おまえ……自分が何をしているのか分かっているのか?」
「あぁ、ダルクに話があるんだ」

 僕はそう告げるとシイラの顔を見た。こちらの視線に気づいたシイラがこくんと頷く。

「ダルクさん。パーティは私が抜けます。代わりにフールさんを戻してください」

 怯えるシイラの顔を見たダルクは頭に血が昇るのを実感しながらフールに叫ぶ。

「ふざけるな。フールおまえは……仲間を傷つけて戻ってくるだと? そんな馬鹿げた話が通ると思ってるのか?」

 ダルクの怒る理由が僕には分からない。要らないシイラの代わりに僕が入るだけなのに、どうして伝わらないんだろう。

「思い出してくれダルク。僕と君で最強のパーティを作って聖人カイリを超える約束を交わしただろう」
「くっ……あぁ、覚えている。覚えているさ!」

 やっと伝わった。やっぱりダルクはあの時の話を忘れてはいない。もう用済みのシイラを手放した。僕の手から離れたシイラは石化したリオの足元でへたり込む。

「あの時の言葉は忘れていない。でも、フール……あの時のお前はもう居ない」

 熱い。腹部に熱を感じた時にはダルクの握っていた剣が刺さっていた。流石だな……ダルクはもっとこれから強くなる。でも……。

「僕に向ける剣じゃないだろう? ダルク」

 怯まず僕は笑いながらダルクに話しかけた。すると、眼の前のダルクは表情が強張り後ずさる。どっぷり出血する僕は自分自身に猛毒――デッドポイズンを使った。そして、反転。

「僕が今までこのパーティを支えてたんだ。見に覚えがあるだろう? この圧倒的な回復力」

 みるみる傷が塞がり僕は回復した。

「ダルクは強くなった。もう魔法師のリオも聖職者のシイラさえ要らない。僕と君の力だけで事足りる」
「フールおまえは間違っている。俺達に必要なのは力だけじゃない」

 力だけじゃないとダルクが僕に言った。それってどういうことか理解出来ない。

 もしかして――パーティを追い出された僕は力が足りないって訳じゃないの?

 僕 が 要 ら な い ?

「ダルク。力があれば僕等なら何でも出来るだろう? 僕一人いれば傷も治せるし相手を倒す事も出来る。今まで伝えて居なかったんだけど、僕は広範囲に呪術も使えるんだ」

 ワイバーンの群れも全て僕が止めるし僕が殺す。

 これからは積極的に僕の力を使って活躍するんだ。それで聖人カイリを超える冒険者に僕達は……。

「すまないみんな。俺がもっと早く動けていれば」

 僕の前で剣を構えるダルクがいる。あの構えはダルク最強の剣術――秘剣を僕に向かって!?

「分かったよ」

 僕は大きくため息を吐いた。もう僕と志を共にしたダルクはこの世に居ない。ダルクは近接特化で肉体の強化が得意だ、剣術は全て学んだ技術に過ぎない。そんな彼を止めるのは僕にとって簡単だ。シイラと同じ様に麻痺を与えれば終わり。

「くっ」

 ダルクの身体が痺れて握る剣を落とした。カランと床をのたうち回る剣に続いてダルクも崩れ落ちる。まともに立てなくなったダルクが僕を鋭い目付きで睨んでいた。

「僕の知るダルクはもう居ない。だったら僕一人で聖人カイリを超えるしかないよね。あーあ。また一緒に冒険者として活動出来ると思ったのに……シイラも休んでいいよ」

 僕はシイラにポイズンを唱えてダルクに近づく。

「ダルク……お別れだ」
「どうしておまえはッ! こんなことをするんだ」

 シイラと同じく弱気な瞳のダルクを僕は初めて見た。こんな弱々しい男が僕のパーティリーダーなんて信じられない。僕はこの男――英雄ダルクを過大評価していたみたいだ。

「聖人カイリを超える為だよ。ダルクはもう、そのつもりは無いみたいだね」

 僕は深く失望する気持ちに気付かない振りをしてダルクに手をかざした。身動き取れ無い英雄も僕に取っては簡単に仕留める事ができる。

「あ! ダルクはもう居ないから腕を石化して砕いてしまおう」

 妙案だった。剣術の力を持たないダルクがあの頃は必死に身に着けた技術を消せば心残りもない。自分の手でダルクとお別れ出来る。今のダルクはもう変わっちゃったんだから要らないや。

 僕はダルクの両腕に石化を使い指先から固めていく。

「や、やめろフール!」

 後は砕いて終わり。

 落ちていた剣を拾い僕は振り上げた瞬間。落雷の様な轟音が鳴り響いて視界が砂煙に覆われてしまった。後ろの壁に身体をぶつけたのか節々が痛い。握っていた剣も僕の隣に転がっていた。

「ワタシの枕元にコレを届けたのはキミ達だね」

 砂煙の中で透き通る声を発した彼女は手から氷柱を床に落とした。

「聖人カイリ……?」

 僕は状況が理解出来ない。どうして彼女が此処に現れて……氷柱?

 その見覚えのある氷柱は魔法師リオか。ダルクを呼ぶのと同時にカイリに向かって飛ばしたから目の前に聖人が現れた。

「キミは知ってる。フール」

 カイリは相変わらず無表情で僕に対して指さした。そして、周りを確認するとダルクの腕を掴む。

 僕の石化が解かれた。

「えいっ」

 指先に灯った青白い光が二つ飛び出し、苦しむシイラとリオにぶつかる。

 毒の治ったシイラが隣を見ると、リオも石化がゆっくりと治っていた。

「パーティを初めて組んだら全滅寸前なんて驚きましたわっ」

 聖人カイリが目の前にいる! 僕の頭からダルク達なんてどうでも良くなった。

「やぁカイリ。僕とパーティを組もう。僕ならダルク達よりも活躍出来るんだ!」
「キミはキライだ。全く困ったよ、キミが本当に彼等と長い時間パーティを組んでいたなんて信じられませんわっ」

 だって――

 聖人カイリが初めて僕に微笑んで口から出た言葉に耳を疑う。

 ――こんな人間のクズみたいな人。とっても珍しいですわっ。

 真っ白い天使の微笑みに心打たれながら僕は分からない。この天使は僕になんて言った?

「僕は君さえも超える力を持っている。そんな僕がクズ……こいつらの方が質悪い」
「ふぅーん」

 カイリは値踏みするように僕を観察しながら一歩ずつ近づく。

「キミはお金を持っているかい?」
「あぁ、持ってるさ。こいつらと稼いだお金を僕はちゃんと貯めている」

 ふふっとカイリが僕を笑った。

「キミには力があるんだね?」
「僕は強い! 僕の手に掛かれば君だって……」

 僕は聖人カイリに向かって呪術を使った。今まで人間相手に使わなかった呪術――ブラッドレイン。

「ぐぅ」

 カイリの目から血涙が流れ口からは、たらりと真っ赤な血が溢れ破裂した血管が皮膚を突き破り出血した。

 僕は過去に魔物で呪術を試したら悲惨な状態になりこの力は使うことを封じていた。

 でも、聖人カイリを相手にするならこれくらい当然。

 真っ白いドレスはカイリの鮮血で紅に染まり、その場でカイリは倒れた。

 これで僕の力を証明出来た! 最強の冒険者である聖人カイリにも通用する。

 僕が最強だ。

「ふふっ本当にキミは強いみたい。驚いているわ……」

 血だらけのカイリが身体を起こしてフールに訪ねる。

「キミはこの力を今まで使って魔物を倒していたのかい?」
「僕は……今まで使ってこなかった。でも今から使う!」

 弱い僕はもう居ない。聖人を超えたフールが此処に居る。

「ほーら、キミはクズだ。今まで力があるにも関わらずソレを使わない。その力を使えば救えた命も沢山あっただろうね?」

 致命傷を受けてるはずのカイリが僕を笑っていた。今まで微笑みだと思っていた笑顔は――嘲笑。

「それにお金も貯め込んで使わないクズなんだね。本当に驚きましたわっ。お金も力。使えば助かる命が沢山ありましたのに」

 すらっと何事も無かったかのように聖人カイリは立ち上がった。

「噂通りのクズですわっ。早くワタシにその貯め込んだお金を譲ってください。そのお金で救われる人が沢山いるのです。貴方は知ってましたか? こちらのダルクさんは辺境ローライフに多額のご寄付をしています。貧しいローライフが彼の力で豊かな街に変わってきているんですよ?」

 辺境ローライフはダルクの出身地で……ダルクが寄付してる話なんて僕は聞いたことがない。

「その結果、奴隷として売られる民が減り奴隷商も足を運ばなくなりました」

 口角をあげたカイリが続けた。

「そちらのリオさんは奴隷としてこのルーンに訪れた方達を支援しております。自分を救ってくれた英雄のように彼女も手を差し伸べているのですよっ。一部の方に想いが伝わらず衝突することもあるようですけれど」

 リオもそんな事に金を使っていた?

「そして、シイラさんが一番ステキな活動をしてるんですわっ。孤児院を作って純粋無垢な子等に居場所を与えています」

 僕はカイリの言葉を聞いて吐き気を催した。他人のために頑張ってるからコイツ等とパーティを組んだようにしか聞こえない。

「だからなんだ。僕が金を使わないのが悪って言いたいのか! 僕がどう使おうとお前らには関係ない。この力もなぁ!」

 満身創痍のカイリは怖くない。僕はこの場の全員に猛毒を――

「使える人間を殺す貴方が一番要らないのっ」

 僕の身体に衝撃が走った。カイリの足が僕のお腹にめり込んで息が出来ない。内蔵に大きなダメージを負ったか、でも僕は大丈夫。

 自分自身に猛毒を使い反転させた。

「僕は自分も治せる……今にも死にそうなカイリと違ってなぁ」

 僕の与えた出血効果によりカイリは今にも倒れそうに足元がふわついていた。少なくとも僕にはそう見えた。

「あぁ、英雄ダルク。貴方は本当にクズな人間を作りましたね。これで、貴方達の命を三度も救いました。この意味が分かりますね?」

 僕を見ていた顔を部屋の隅で縮こまっていたダルクに向けられていた。

「分かってる。俺達は聖人カイリに協力する」

 僕は周りを見た。リオもシイラも同じ様にこの光景を見ている。話の流れは読めないがダルク達も何か理由があるのか。

「四度目は無から安心して」

 僕はカイリからの攻撃を恐れ、麻痺を唱えた。聖人カイリの動きを止めて死ぬのを待つ。

「圧倒的な力を持ってる聖人カイリも終わりだ」

 相手の動きを止めれば後は時間の問題……カイリは膝から崩れ落ちて仰向けに倒れた。手足の自由を奪えば聖人もこうなる。

「ダルク。あなた達にはこれから魔物討伐に行ってもらいますわっ。この世から魔物を全て消し去って人間の平和な世界を作り、あとは悪い種を取り除いてワタシの願いは完了です」

 僕のことなんて無視してカイリが語る。

「そろそろ、ワタシの命が尽きる頃です。申し訳ないですが、代わりに誰か死んで貰いますねっ」

 僕は立ち上がり、呼吸の浅くなってきたカイリに駆け寄った。

 片手にダルクの剣を握りしめカイリの心臓狙って構える。

「一人で死ね」

 僕の持てる力を使って突き刺した。小柄な真っ白い少女に全体重を掛けて殺意を込める。

 ダメ押しの一撃。

「はっはっは。聖人カイリもコレで終わりだ」

 僕は剣を引き抜くと尻もちをついた。カイリの呼吸も止まり、一人の生命が失われる。

「さぁ、次は誰だ?」

 金を人のために使うから何だ。そんなのどうでもいい、コイツ等は僕の……ん?

 聖人カイリの言う事が正しいならダルクは辺境ローライフにひたすら今まで稼いだお金を注ぎ込んで治安を良くしていた。リオも奴隷として生きている人たちを導いている。守銭奴だと思っていたシイラも孤児院で幼子達の居場所を作っている。

 これじゃまるで、僕が悪い人みたいで……。

「おやおやおやおやぁ?」

 死んだカイリの声が聞こえ、僕の視界が真っ赤になった

「な、ん……あぁぁあああぁ」

 痛い、身体中がッ! これは……出血!?

 反転で治さないと。

 僕は自分に反転を使い出血を止めた。そして、猛毒を反転させ身体を治す。

「愛してくれていたんだねっ」

 真っ赤な視界の中で倒れていた聖人カイリが起き上がった。確実に僕が止めを刺したはずなのに!?

「特別に教えてあげよう」

 カイリが僕の側に座って耳打ちした。

「ワタシのユニークスキル『愛される者』はワタシに好意を抱く人が居る限りワタシは死なない。それに愛してくれる人の力も使えるの……ワタシが死ぬ時は一番近くの愛してくれる人が死ぬ。これは何度か実験したんだけど、治せない。確実に死という概念が降り注ぐ。ワタシを殺したいならワタシを愛する者全てを殺さなきゃっ」

 聖人カイリが何故そう呼ばれているのか僕は理解していなかった。何故ならコイツは死んでから奇跡を起こす……くそっ、僕が与えたダメージが全て僕に帰ってきている。痺れも反転。毒も反転。刺した傷も僕に……くそ。全て治してやる。

「あー、無理無理。どんなに治しても終わりだよ。死が訪れるんだからっ」

 ……眼の前が真っ暗になった。僕はどうなったんだ? くそっ。







 紅のドレスに見を包む怪我一つ無いカイリが指でフールを突いた。

「やっぱり、彼程の力を持ってしても死ぬ時は死ぬんだっ」

 興味を無くした様にカイリは無表情でフールの亡骸を眺めていた。

「助かったカイリ」

 自分の剣を拾ったダルクがお礼を告げる。シイラとリオの表情にも安堵が見えた。

「いえいえ。気にしないでくださいなっ。十年……ううん。二十年くらいこれからキミ達は世界が平和になるよう働いて貰えれば構いませんっ。この大都市ルーンを中心に全ての魔物を殺し、彼の様な悪い芽を摘んでくださいね? ダルクさんは二度と彼のような人間を作らないようお願いしますわっ」

 次は無いから。そうダルクに呟いて聖人カイリは去っていった。彼女が屋根に穴を開けて床は血だらけでダルクの家は大惨事だ。そして、かつての仲間を皆で見ている。

「シイラとリオも無事……みたいだな。良かった」
「もう……忘れましょう」

 リオが弱気に呟き、シイラは誰かのために祈っていた。

「フール。俺達が間違っていたんだ」

 あの聖人カイリを超える冒険者になる。そう思って活動していたが、奴とは世界が違う。奴が気まぐれに発した言葉が全て正しくなり世界は奴を中心に回っている。なぜ奴が聖人カイリと言われ讃えられているか知っているかフール。反対する者が居ないからだ。穢す奴は消される。カイリの敵はこの世から摘まれる。

 ダルクはフールの亡骸を丁寧に墓へ埋めた。

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