マインズ・アイ

貴林

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新任の学級担任

大男と少女

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江上ひとみが失踪してから、一年が過ぎていた。

K県立飛翔高等学校への際寄りの駅近くの夜の商店街

昼間は、買い物客や各々の店の店主の呼び込む声で賑わうこの場所も、夜となると息を潜め、夜の顔へと姿を変える。
客層もガラリと変わり、肩を組みふらつきながら歩く仕事帰りのスーツ姿の男たち。やたらと大きな声を張り上げて流行りの歌を熱唱する学生たち。日常では、あまり着ることのない煌びやかなドレスを身に纏い、大袈裟に作られたヘアスタイルで艶っぽさを際立てている女性たち。そんな女性を求める男たちが、色香の漂う巣穴へと引き込まれていくようだ。
一方で賑わいを見せる大通りとは違って、表の華やかさの為の舞台裏である裏通り。
店の関係者だけが出入りできる通用口近くには、一息付く為の灰皿が置かれており、長い間放置されているのであろう飲みかけの缶コーヒーの飲み口に残された口紅も埃を被り陽にさらされ白んでいる。
換気口から放出される調理の香りと共に、煙と油を含んだ空気が周囲の壁やコンクリートの地面を黒く変色させ、建物の古さを物語っている様だ。

そんな路地裏で、生ゴミを入れるポリバケツが転がり、捨てられたばかりの生ゴミが散乱している場所があった。
言い争いをする六人の姿があった。その様子をタバコをふかし様子を伺っていた店の女の子が巻き込まれては困ると早々に店内へと戻って行く。
生ゴミの詰まったビニール袋の山の中から這い出ようと手で生ゴミを押しつぶしながら、やっとの思いで立ち上がる男の姿があった。
「な、なんなんだよ、てめえは」
血の滴る口元を手で拭いながら、目の前で仁王立ちになっている大柄な男を見上げた。夏だというのにその男は長袖のシャツを着ている。
おまけに厚い皮の手袋を身に付けている。
「なんでもないさ。探し物をしているだけ」
言うと大男は、視線を傍にいるフードで頭を覆った華奢で小柄な人物に向けた。
フードの中に見える顔はまだお酒の味も知らない幼さを持った化粧っ気のない女性だ。
大柄な男は、明らかに年下である女性に対し、軽く会釈すると無言の口話こうわをする。
それを見た女性は口を紡ぎ、コクリと頭を下げ、すぐ後ろで隠れる様に怯えている白杖を持ち、色眼鏡を掛けた盲目とわかる男性の手を取った。
「さあ、行きましょう」
「あ、ありがとうございます」
男性は震える足で立ち上がり女性に手を引かれるまま表通りへと出ていった。
その様子を見ていた大男を睨みつける男の一人が、チッと舌打ちをする。
「邪魔しやがって、せっかくのカモを逃がしやがって。てめえ、何様のつもりだ。しかも、この状況がわかってやってるんだろうな?」
「ん?」
状況と言われて、大男は周りを見まわした。
背後と左右に一人ずつ、生ゴミの中から立ち上がった一人を加えると四人の男に囲まれている。多少なりとも喧嘩慣れしている男たちだ。そんな状況であった。
しかも、脅しのつもりなのだろう、それぞれが刃物や警棒を手にしている。
大男は、それを見て鼻で笑った。
「やれやれ、言い逃れ出来なくなったな。これで」
「はあ?こいつ、馬鹿か」
目の前の男の言葉に周囲を取り囲む男たちが声を出して笑った。
「おい、デカ男。これは、脅しじゃねえんだぞ」
仁王立ちのまま、何かを待っているかのような大男。
そこに連れの女性が戻ってきたので大男が問いかける。
「どうだった?」
女性は、その問いに首を横に振った。
「そうか、また違ったか。で、どうしたらいい?」
大男は、言うと周囲を囲む男たちを舐めるように見回した。
それに対し、親指を立てるとそれを下に向けてみせる女性。
サムズダウンである。
「わかった」
大男は、女性のサインを確認すると目の前の男を睨みつけた。大男は男の襟元を掴み持ち上げた。軽々と地から足が離れる男は、ジタバタと暴れるが離れるどころか、微動だにしない。
「てめ・・手を離せ」
大男は、持ち上げた男を見上げると静かに低い声で言った。
「カツアゲするならな。今度からは自分より強そう奴にするんだな」
「う、うるせえ。てめえに言われる筋合いはねえ」
「そうか、だがな、今度見かけたら今日のようには済まないことを忘れるな」
「な、なんだと、てめえ、何様のつもりだ」
大男は、男を放り出すと、拳を天高く振り上げた。
「これを見ても、まだ、やりあうと言うなら、おれはもう止まらない」
「なんだと?」
大柄な男は、振り上げた拳に念を込める。
「ふん!」
大男は、振り上げた拳をコンクリートの地面に叩き込んだ。
地面が揺れた。家屋粉砕用の鉄球でも落とした様だった。拳がコンクリートの地面に沈み込んでいる。
大男は、立ち上がると拳に残ったコンクリートのカケラを払い落とした。
「じょ、冗談だろ?」
いきり立っていた男が叩きつけられたコンクリートの跡を見て、仰天した。
コンクリートにボウリング玉ほどの穴があき砕け沈み込んで、その周囲にひび割れが走っていた。
さらに強度を増すために底に敷き詰めてある鉄筋がねじ曲がっているが見えた。
それを見た四人は、さすがに身の危険を感じたのか、慌てて一目散に逃げ出していった。
路地裏で大男と女性だけが取り残される。
「だいご、いこ」
女性は大男を〈だいご〉と呼ぶと、手を繋ぐと表通りへと歩き出した。
「ひとみ、聞こえるんだな?声が」
大男は、女性を〈ひとみ〉と呼んだ。口話で話すだいごの声は聞こえないが、唇を読むひとみ。
「ええ、きこえるわ。ここにかすかにとどいている」
ひとみは、自身のこめかみを指さすと丘の上を見上げた。
飛翔高校。ひとみが見上げた丘の上に、その校舎があった。
「早く、見つけなければ」
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