マインズ・アイ

貴林

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新任の学級担任

全盲故に

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一夜明けて、昨夜の路地裏近くの表通りは、夜の顔から昼の顔へと変わっていた。
衣食住様々な商店とそれぞれが違ったサービスをする飲み屋が入り乱れるこの商店街は、どこも顔馴染みであった。店先の掃除や片付けをし開店のための段取りをする、それぞれの店主や店員が顔を合わせると挨拶を交わし合っている。
朝の八時とあって、開ききらないシャッターの前を多くの飛翔高校の生徒たちが通学のため、通り過ぎていく。
その中に、鳴瀬彩音なるせ あやね灰原昌樹はいばら まさき灰原昌樹の姿があった。
鳴瀬彩音は、幼少時から全盲である。
白杖を突きながら、もう片方の手に昌樹の手を握って歩いている。
この時、手を握っていたのは、むしろ昌樹の方であった。昌樹は両目を閉じ先を歩く彩音に導かれるように恐る恐る歩いている。
昌樹はヨタヨタと、足取りがおぼつかない。
「マジか、全然わかんね。よく何も見えなくて普通に歩けるな、彩音は」
それを聞いた彩音が、クスリと笑う。
「何年、この生活をしてきてると思うの?」
「そりゃ、そうだけど、俺には無理」
平な所を歩いているだけなのに、平行、水平感覚を失って爪突く昌樹は、危うく転びそうになっている。
「うひゃ、これ以上、俺ダメだわ。やっぱ無理」
昌樹は目を開くと、パチクリして明るさに慣れようとしている。
「だから、昌樹には無理だって言ったでしょ?」
目を開けても尚、彩音と繋いだ手を離そうとしない昌樹だった。
「そうは言ったってやってみないとわからないだろ?」
「で、やってみてどうだったの?」
「彩音の言う通りだったよ。やっぱ、俺が先を歩くよ」
今度は昌樹が彩音の少し斜め前を歩き始めた。彩音は繋いだ手を離すと、昌樹の腕を掴んでいた。
通常、この年頃の男女が人前で、なかなか見せられる姿ではなかった。
それに対し、白杖を持つ者が、人の腕を掴む姿は極々当たり前の姿なのだ。
こうして、通学するのが昌樹には、当たり前になっていたし、周囲もそれを知っていた。
だが、それにわざと茶々を入れる者がいた。
同じ同級生の柳瀬隆道やなせ たかみちがそうである。
周囲を歩く人の様々な靴音、自転車に乗り通りすぎる時のタイヤの擦れる音、朝の挨拶を交わす人たちの声、様々な声や音がある中に、彩音は知り親しんだ音に気がつき声を上げた。
「あ、隆道が来た」
「え?」
彩音に言われて後ろを振り向く昌樹は、まだ、二十メートルは後ろにいる隆道を見つける。
「マジか、相変わらず、すげえ耳してんな」
「へへん、まあね」
否定はしない彩音だった。
「よっ、おしどり夫婦」
昌樹の背中をパシンと叩く隆道が駆け寄ってきた。
ニヤつく隆道の顔を見て、鼻の頭をかく昌樹。
「そ、そんなんじゃねえよ」
言われて嬉しいのに、敢えて否定をする昌樹の言葉と隆道が口にした言葉よりも、別の音のほうが気になる彩音だった。
「ねえ、隆道。足元に気をつけないと、そのうち転ぶよ」
「なんで?」
目をパチクリさせながら、彩音を見る隆道。
「靴の紐」
言われて足元を見る康介は驚いた。
靴紐が解けて、歩くたびに振り回していた。
「げっ、マジか。なんでわかんだよ」
康介は慌ててその場にしゃがみ込むと靴紐を結び始める。
昌樹は腕を掴む彩音に、視線を向けながら目を丸くしている。
「本人が気が付かないのに、本当に彩音はすげえな」
「へへん」
鼻の下を指で擦る彩音の表情が、ニヤニヤした表情から険しい表情に一変すると聞き耳を立てた。
交差点に差し掛かろうとした時、ピタリと立ち止まると前を歩く昌樹の腕をグイと引き戻した。
そこは一方通行で自動車が一台通るほどの道幅だった。
「と、どうしたんだよ、彩音。車なんか来てねえぞ」
言いながら、車の来る方を覗き込む昌樹は、反対側から勢いよく走ってくる自転車が目の前を横切ったので、ビックリした。
「あっぶね」
急いでいたのだろう、こちらのことなど気にもせずに走り去って行く自転車。
何事もなかったかのように、歩き出そうとする彩音に対し、怖気付いて動けなくなっている昌樹だった。
「どうかした?もしかして、ぶつかったの」
歩きだそうとしない昌樹が、動揺しているのに気がつく彩音。
「いや、彩音のおかげで、大丈夫」
「そ。なら、良かった」
昌樹の腕を押すように、歩き始める彩音。
これでは、どちらが同行者なのか、わからない。
商店街を抜けると、坂を登った先に通っている高校が見えてきた。
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