マインズ・アイ

貴林

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新任の学級担任

新たな学級担任

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教室に入ると、クラスメイトの日下部雫くさかべしずくが、一足先に来て皆の到着を待ち兼ねていた。
「おはよう、雫」
雫の気配を察して声をかける彩音。
「おっはよ、彩音。てか、昌樹、遅いぞ。何してたのよ」
昌樹は一番前の席の自分の机にカバンを置くと、後ろの席の彩音に向かって椅子の背もたれを抱え込んだ。
その彩音の隣が雫の席だ。
「遅くはねえよ。遅刻してねえし」
彩音も鞄を机に置くと椅子を引いた。
「昌樹ったらね、目を閉じて私がどんな感じで歩いているのか味わってみたいって言い出すのよ」
「は?そんなの無理だし。歩けるわけないじゃん。なに?で、やったの?」
雫が、しかめた顔をする昌樹を覗き込んでいる。
「わ、悪いかよ。それで、ちと時間掛かっただけだし」
「悪くはないけど、バカなことしたわね。転ばなかった?
それを聞いた隆道が、プッと吹き出した。
「雫は、それやって見事に転んだけどな。
「もうバカ、それ言わないでよ。隆道」
雫が顔を真っ赤にして隆道の口元を遮ろうとしている。
昌樹は、雫も自分と同じ様に彩音の真似をしていたのに気がついた。
「こら雫てめえ、俺のこと言えねえんじゃねかよ」
昌樹は、立ち上がり殴りかかる振りをして雫に舌打ちをする。
「きゃは」
雫が頭を手で隠し、片目を閉じて舌を出している。
こんなやりとりをそばで聞いている彩音は、自分のことを気にかけてくれる友達がいることがとても嬉しく思えていた。
隆道は、話を逸らす意味もあって、ここでもまた二人を茶化す。
「二人仲良く腕を組んでのご登校って訳だ」
机の上で頬杖をつく雫。
「相変わらず仲がいいんだね」
隆道も昌樹と同じに、背もたれを抱えて座ると、雫の机に頬杖をつき、雫に顔を近づける。
「妬くなよ、雫。お前には、俺がいるだろ?」
唇を突き出して近寄る隆道から逃げるように避ける雫。
「そ、そんなことよりさ」
頬杖をついたまま隆道が、逃げてしまった雫に舌打ちをして唇を尖らせる。
「そんなことってなんだよ」
雫はこれから、何かを話そうとしているのに邪魔をしてくる隆道にシッシッとあっち行けをする。
「少し黙ってて」
彩音は、雫の弾むような声が気になったのか、体を乗り出していた。
「雫、何かいい話?」
雫は、三人が視線を自分に向けているのが嬉しかった。
これから話そうとすることを、三人は、まだ知らないからだ。
「実はね、担任の七海ななみ先生がいよいよ産休に入るらしいのよ」
「おい、嘘だろ?ああ~、俺の七海先生がぁ」
隆道は、肩を落とすと落ち込んでしまった。担任の七海先生が大好きだった。結婚したのを聞いた時も隆道はかなり落ち込んでいた。
担任の七海は、妊娠がわかってから時折休んでいて、ここに来て本格的な産休に入ることになったのだ。
「あああ、このまま会えなくなってしまうのかな?」
頭を抱え、天を仰ぎ嘆き悲しむ隆道。
「隆道、ほんと、うるさい」
ムッとして、唇を尖らせる雫。
「これが黙っていられるかよ」
昌樹と雫は、呆れた顔で隆道を見ると、肩をすくめて放っておこうと合図する。
彩音は、雫が言おうとすることに、すでにおおよその見当はついていた。
担任がしばらく来なくなるということは・・・と、考えている彩音が口を開いた。
「代理の学級担任が来るのね」
雫が口を開き言葉にしようとした途端、彩音が口を開いた。
「あんもう、また、彩音に先読みされた」
悔しがり腕を組んで椅子に沈み込む雫に、ごめんと手を合わせて舌を出す彩音。
その言葉を聞いて、身を乗り出して目を輝かせているのは隆道だった。
「マジか、もちろん、女の先生だよな?」
その気の多さと心変わりに呆れる雫は、ムッとした表情で隆道を睨みつけると、ニヤニヤした顔に表情を変えた。
「残念でした。男なんですね。これが」
「ちぇっ、男かよ。つまんねえの」
昌樹は、隆道とは違い、期待の声を上げる。
「おい、雫。男ってことは、体操部の顧問になるのか?」
昌樹が、期待するのも無理はなかった。
昌樹が籍を置く体操部は、顧問の教師が不在で七海先生が兼任していたのだ。
他に体操を教えることが出来る教師がいなかったのが原因だった。
「ちょっと、待てよ。だとしたら、俺が体操やる理由がなくなるってことか?」
元々、七海先生が顧問と知って体操部に入った隆道には、大きな問題であった。
「そんなの私の知ったことじゃないわ。第一私にもそこまでは、わからないよ。先生が来ればわかることなんじゃないの?」
話で盛り上がる場に彩音が身を乗り出して、手をかざし昌樹たちに時計の音がする壁を指差した。
「時間だよ」
教室内が物々しい雰囲気になり、間も無くホームルームが始まろうとしていた。
バタバタと席に着き始める生徒たち。
間も無くして、チャイムが鳴った。
前の扉が開く音で、ざわつく教室が静まり返った。
教頭先生の入室と共に学級委員が立ち上がり号令をかける。
生徒たちが一斉に立ち上がる中、教壇に上がる教頭先生と扉近くに立つ見知らぬスーツ姿の男性。
見た目は、大柄で体格の良い、いかにも何かしらのスポーツをしているという体型をした男性だった。
「着席」
ゴトゴトと音を立てる椅子の音が静まると教頭先生が口を開いた。
「ええ、担任の七海先生が本日から産休に入ることになり、急遽代理の先生に来てもらうことになりました」
教壇に上がる男性を迎え入れる教頭。
「では、先生。自己紹介をお願いします」
「はい」
男は短く答えるとチョークを取り黒板に名前を書き始める。
草津大吾くさつだいご そう書き終えると机に両手を置き身を乗り出す。
「草津大吾だ。七海先生が戻るまで代理を務める。厳しく行くので、そのつもりで」
この言葉に後ろの席の方で、反感の声が上がった。
「厳しくって、上等じゃん。やってもらおうか、なあ大吾先生よ」
机の上に足を放り出して椅子に座り込んでいる男子生徒がいた。八木島光也やぎしまこうやは、どんな奴も俺には逆らえないとばかりにアピールしている。
これに対して、草津大吾は、人差し指を立てると口元に持っていった。
このとき、彩音は、草津大吾が人差し指を立てた時に指先で何かを弾く音を聞いた。そこから風を切り何かが光也まで飛んで行くと、コトリと何かが床に落ちた。
他の生徒たちは、人差し指を口元に持っていった草津大吾に視線を向けたままである。
「八木島くんかな、少し黙っていてもらえるかな?」
草津大吾のその言葉通り、光也は黙り込んでしまった。
「ありがとう」
彩音だけは、光也の方を向いたままである。
そんな彩音を、横目で見る草津大吾だった。
慌てる教頭が、草津をなだめるかのように肩をポンと叩いた。
「まあ、草津先生の意気込みは良くわかりましたが、ほどほどにお願いしますね」
「はい」
教頭は、光也が手のつけられない生徒であることを知っていたから騒ぎになることを恐れていた。
その時だった、黙り込んでいた光也の体がグラリと傾いた。そのままバタリと床に転げ落ちてしまったのだ。
これには、教頭と生徒たちは驚いた。
皆の視線が倒れて動かなくなっている光也に向けられる中、ただ一人、彩音だけは草津大吾に目を向ける、いや耳を傾けている。
光也に駆け寄る近くにいた生徒。
「光也。おい、どうしたんだよ。大丈夫か?」
光也を見ると目を剥き失神していた。その額の中央が赤く腫れ上がっており、その傍にチョークが割れて転がっていた。
彩音が音で見た映像は、こうである。
草津が指で弾き飛ばしたチョークが光也の額に命中、光也はこれにより失神してしまったのだ。脳震盪を起こすほどの威力だった。
見えない目で草津大吾を見る彩音。
それを見返す大吾は、ボソリと呟いた。
「ひとみ、今度は本物のようだ」
それを、聞いた彩音は、何のことかわからずに首を傾げる。
(ひとみ?本物?)


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