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プロローグ
靄の中の少女
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高層ビルが立ち並ぶビジネス街の、とある企業ビルの正面玄関から、昼時ということもあって、多くの人が出入りしていた。その中に樺島壮太二十五歳の姿があった。
七月十四日、カンカンと照りつける太陽の光が疎ましい。
コンクリートで囲まれたこの一帯は、下からの照り返しもあって、一段と暑さが厳しくなっていた。
婚約者の真由美から手渡されたランチ袋を片手に、もう片方には耳に当てたスマホを持っている。
「はい、では、午後二時、十四時にお伺いします。では、後ほど。失礼いたします」
スマホの通話を切りスーツの内ポケットにしまうと、ビル群の中央にある公園へと向かった。
噴水があり木々が周りを囲むここの公園は、近隣の人たちの憩いの場でもあった。
木陰の下にベンチを見つけると足早に目指した。
木陰に入ると嘘のように暑さは消え、涼しく思えた。
ベンチに腰掛けると、さっそくランチ袋に手を差し込んだ。
取り出した水筒の蓋を取ると、ゴクゴクと音を立てて飲んだ。
冷えたお茶が食道を通って胃に染み渡る。
キュウと締め付けるのを感じ、顔をしかめると、ぷはあと息を吐き出した。
続いて弁当を取り出そうと手を差し込むと何やら紙切れに触れるのを感じ、取り出してみた。
二つ折りにされたそれは、壮太へ と書かれたメモであった。
〈暑いところ、ご苦労様、午後も頑張ってね 真由美〉
自然と口元がほころむ壮太は、一気に癒された思いだった。
噴水では、小さな子供たちがバシャバシャと水遊びをしている。
そんな姿を自分の未来に投影させて見ていた。
小さな手を取り、側では真由美が微笑んでいる。
そんなことを考えながら、目の前のゆらゆら揺れる空間を見て、暑い現実に引き戻された。
蜃気楼のように、ゆらゆらとする様子を見て、砂漠を想像していた。
光のいたずらか、何かを見た気がして、ゆらゆらとした空間を見据えると、うっすらと白い靄がかかって見えた。
キラリと光るものを見た気がした。すると光が横払いに横切っていった。すうっと靄が消えた。
呼吸を繰り返すうち、首元でシュウと空気が入り込むのを感じると、視線が不自然にズレた。
不意に視線がグラリと下に落ち、自分の太ももが見えたと思うと顔を押しつけていた。
さらに視線は自分の腹部から胸元とそれから空へと視線が移動した。ふわり浮いた感覚があって、次に激しい衝撃が頭部を襲った。手を当てるが動かない。
頭に痛みを感じながら頬にジャリジャリとした感触を、味わった。地面に顔を押しつけているようだ。
まさにそうだった。目の前には、履き慣れた革靴があったのだ。
しかも、靴から足が伸びている。
あれ?と思いながら、目の前が赤く染まって霞んでいく。気が遠くなっていく。静かだった。脈打つ音すら聞こえない。口元が動くが声にならない。
・・真由美・・
遠くで女性の悲鳴を聞いた気がした。次第に音が聞こえなくなった。
まもなくして、この一帯は、ブルーシートで囲まれた。
S署刑事部捜査第一課の奈良橋真吾二十九歳の姿があった。
そこに先輩の伊原勝が、やってきて奈良橋の肩を叩いた。
「どんな感じだ?」
奈良橋は、振り向き声の主を見ると
「ああ、マサさん。お疲れ様です。どんなもこんなも、前の二件と同じですよ」
視線を被害者に向ける。
「やっぱりか」
ポリポリと頭を痒く伊原。
「で、聞き込みは、どうなってる?」
真吾が親指で、後方の救急車を指差しながら
「第一発見者で、被害者のもっとも近くにいた方です」
救急車の中で、目を見開き放心状態の女性が見えた。
「名前は、田口奈美恵二十二歳。一歳の娘さんと散歩に来ていたそうです」
聞き込みの内容はこうであった。ベンチでスーツ姿の男性がいるのを確認。男性の前を通り過ぎようとした時、何かが転げ落ちるのを視界に捉えたという。転がったものを見ると、一瞬、マネキンのかつらにみえたとのこと。確かめるように、男性の顔に視線を送ると、あるべき物がそこになかったのだ。
再び、視線をかつらに戻した時、状況が分かったようである。
樺島が最後に聞いた女性の悲鳴の声の主であった。
三件目の斬首事件である。
前の二件とは、今回と同じように斬首された死体が見つかる事件だった。
ことの始まりは、二週間前の七月一日十時頃に、起きた。
高速道路のあるサービスエリアでのこと、トラック運転手の木島大吉三十二歳、勤め先のトラックの脇で斬首された状態で発見された。休憩に立ち寄ったと思われ、手にトラックのキーを握ったままで、施錠すらされていないことから、降りたところを襲われたと見ている。
二件目は、映画館でのこと。七月八日の十五時頃のこと。真住健斗二十二歳、婚約者と入館し、上映前にトイレに立った真住が上映が始まっても戻って来ないのを不思議に思い、トイレまで探しにくると、何やら人垣が出来てザワザワしているので、何事かと覗いて見ると、そこに斬首され変わり果てた真住を見つけたのだ。
どれも、発見は早く。むしろ、事件直後でありながら、目撃者がいないうえ、他から運ばれてきたような痕跡もない為、死体発見現場が、殺人現場としか断定出来ず。人のなせる技ではないと、すでに迷宮入りがささやかれているのだ。
世間では、姿なき殺人鬼、悪霊、怨念、かまいたちによるなどとまで、噂されている。
目撃情報の中に、霧のような中に、少女を見た。という者もいれば、さらに手には日本刀を持っていたなどの情報もあるが、その痕跡が何も残されていないのだ。証拠不十分で、偽証扱いで捜査の対象からは外されている。
七月十四日、カンカンと照りつける太陽の光が疎ましい。
コンクリートで囲まれたこの一帯は、下からの照り返しもあって、一段と暑さが厳しくなっていた。
婚約者の真由美から手渡されたランチ袋を片手に、もう片方には耳に当てたスマホを持っている。
「はい、では、午後二時、十四時にお伺いします。では、後ほど。失礼いたします」
スマホの通話を切りスーツの内ポケットにしまうと、ビル群の中央にある公園へと向かった。
噴水があり木々が周りを囲むここの公園は、近隣の人たちの憩いの場でもあった。
木陰の下にベンチを見つけると足早に目指した。
木陰に入ると嘘のように暑さは消え、涼しく思えた。
ベンチに腰掛けると、さっそくランチ袋に手を差し込んだ。
取り出した水筒の蓋を取ると、ゴクゴクと音を立てて飲んだ。
冷えたお茶が食道を通って胃に染み渡る。
キュウと締め付けるのを感じ、顔をしかめると、ぷはあと息を吐き出した。
続いて弁当を取り出そうと手を差し込むと何やら紙切れに触れるのを感じ、取り出してみた。
二つ折りにされたそれは、壮太へ と書かれたメモであった。
〈暑いところ、ご苦労様、午後も頑張ってね 真由美〉
自然と口元がほころむ壮太は、一気に癒された思いだった。
噴水では、小さな子供たちがバシャバシャと水遊びをしている。
そんな姿を自分の未来に投影させて見ていた。
小さな手を取り、側では真由美が微笑んでいる。
そんなことを考えながら、目の前のゆらゆら揺れる空間を見て、暑い現実に引き戻された。
蜃気楼のように、ゆらゆらとする様子を見て、砂漠を想像していた。
光のいたずらか、何かを見た気がして、ゆらゆらとした空間を見据えると、うっすらと白い靄がかかって見えた。
キラリと光るものを見た気がした。すると光が横払いに横切っていった。すうっと靄が消えた。
呼吸を繰り返すうち、首元でシュウと空気が入り込むのを感じると、視線が不自然にズレた。
不意に視線がグラリと下に落ち、自分の太ももが見えたと思うと顔を押しつけていた。
さらに視線は自分の腹部から胸元とそれから空へと視線が移動した。ふわり浮いた感覚があって、次に激しい衝撃が頭部を襲った。手を当てるが動かない。
頭に痛みを感じながら頬にジャリジャリとした感触を、味わった。地面に顔を押しつけているようだ。
まさにそうだった。目の前には、履き慣れた革靴があったのだ。
しかも、靴から足が伸びている。
あれ?と思いながら、目の前が赤く染まって霞んでいく。気が遠くなっていく。静かだった。脈打つ音すら聞こえない。口元が動くが声にならない。
・・真由美・・
遠くで女性の悲鳴を聞いた気がした。次第に音が聞こえなくなった。
まもなくして、この一帯は、ブルーシートで囲まれた。
S署刑事部捜査第一課の奈良橋真吾二十九歳の姿があった。
そこに先輩の伊原勝が、やってきて奈良橋の肩を叩いた。
「どんな感じだ?」
奈良橋は、振り向き声の主を見ると
「ああ、マサさん。お疲れ様です。どんなもこんなも、前の二件と同じですよ」
視線を被害者に向ける。
「やっぱりか」
ポリポリと頭を痒く伊原。
「で、聞き込みは、どうなってる?」
真吾が親指で、後方の救急車を指差しながら
「第一発見者で、被害者のもっとも近くにいた方です」
救急車の中で、目を見開き放心状態の女性が見えた。
「名前は、田口奈美恵二十二歳。一歳の娘さんと散歩に来ていたそうです」
聞き込みの内容はこうであった。ベンチでスーツ姿の男性がいるのを確認。男性の前を通り過ぎようとした時、何かが転げ落ちるのを視界に捉えたという。転がったものを見ると、一瞬、マネキンのかつらにみえたとのこと。確かめるように、男性の顔に視線を送ると、あるべき物がそこになかったのだ。
再び、視線をかつらに戻した時、状況が分かったようである。
樺島が最後に聞いた女性の悲鳴の声の主であった。
三件目の斬首事件である。
前の二件とは、今回と同じように斬首された死体が見つかる事件だった。
ことの始まりは、二週間前の七月一日十時頃に、起きた。
高速道路のあるサービスエリアでのこと、トラック運転手の木島大吉三十二歳、勤め先のトラックの脇で斬首された状態で発見された。休憩に立ち寄ったと思われ、手にトラックのキーを握ったままで、施錠すらされていないことから、降りたところを襲われたと見ている。
二件目は、映画館でのこと。七月八日の十五時頃のこと。真住健斗二十二歳、婚約者と入館し、上映前にトイレに立った真住が上映が始まっても戻って来ないのを不思議に思い、トイレまで探しにくると、何やら人垣が出来てザワザワしているので、何事かと覗いて見ると、そこに斬首され変わり果てた真住を見つけたのだ。
どれも、発見は早く。むしろ、事件直後でありながら、目撃者がいないうえ、他から運ばれてきたような痕跡もない為、死体発見現場が、殺人現場としか断定出来ず。人のなせる技ではないと、すでに迷宮入りがささやかれているのだ。
世間では、姿なき殺人鬼、悪霊、怨念、かまいたちによるなどとまで、噂されている。
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