蜃気楼の向こう側

貴林

文字の大きさ
15 / 96
1 新たな出会い

彩花、怒る

しおりを挟む
忍が大浴場前で、扇風機の前に置かれたベンチに座り込んで、冷えた水を一気に喉に流し込んでいる。
「うへえ、最高だね」
運転で疲れた体に染み渡るようだ。
そこへ、プリプリしながら、彩花が浴衣を抱えてやってきた。
「あれ?彩花殿、真希乃氏は?」
「知るか、あんな奴!」
と、ドシドシと忍の前を通り過ぎると女風呂に入っていった。
呆然ぼうぜんと、見送る忍。

彩花の後を追うように
「何、怒ってんだよ。彩花。ちょっと、待ってよ」
顔に紅葉もみじの葉を張り付けて真希乃がやってきて、そのまま女風呂に
「ちょちょちょ」
慌てた忍は、真希乃の襟首を掴み、引き止める。
「何があったんす?真希乃氏」
「僕もよくわからないんだよ」
紅葉の葉かと思ったそれは、手形だった。
ぷっと、吹き出す忍。
「真希乃氏、何かやらかしたね」
頬を摩る真希乃の肩をパンパン叩きながら、ガハハハと大笑いの忍。

女風呂の中では、プリプリした彩花が、桶にお湯を入れてはバシャバシャと浴びることを繰り返していた。
「あん、もう、イライラする」
蓮華が気にして
「大丈夫ですか?」
これに対して、彩花はキッと睨み付ける。
「またしても、ぐぬぬぬ」
蓮華は、自身を指差し
「え?わたくしですか?」
これは、まずい雰囲気と俊は
「お先に・・」
忍び足で出て行った。

困り果て立ち尽くす蓮華であった。

       ・

忍と俊は、売店で土産物みやげものを見ている。
部屋で食べようと、饅頭とか一口ケーキなどをいくつか抱えて、試食用のわさび漬けを忍の口に、放り込んでは表情の変化を楽しんだりしていた。

真希乃は、相も変わらず、大浴場前のベンチで、彩花が出てくるのを待っていた。
カラカラと引き戸が開く音がして、そちらを見る真希乃。出てきたのは、身体から蒸気させた蓮華だった。スラリとした浴衣姿で、露出した白い肌がほんのりピンク色に染まり、ラメを散りばめたように、キラキラしていた。眩しかった。
いかんいかんと、首を振り残像を振り落とす真希乃。

蓮華は真希乃の横で立ち止まると

「彩花に、優しくしてあげてくださいね。かなり、落ち込んでますから」
蓮華は売店の方に歩いて行った。

しばらくして、ガラガラと、さっきより大きな音で引き戸が悲鳴を上げると、ドシドシと彩花が出てきた。彩花は憤怒の如く蒸気を発し、真っ赤になった肌をむき出しにギラギラさせている。目が潰れるかと思った。

いかんいかんと、呪いを解くように身震いする真希乃。

(優しくしてあげて)
蓮華の言葉が木霊する。

「彩花」
「何よ」

「ごめん」
こんな真希乃が、嫌だった。が、嬉しかった。
「別に、怒ってないし」
素直になれない彩花。

部屋に戻ると、今度は窓際に彩花が、ぽつりと座り込む。

シーンと静まり返る部屋の空気。

プシっと、静寂を破る音。
忍が缶ビールのプルタブを開けたのだ。

あちこちから、視線が、ビールに注がれる。
「あ・・」
忍は、そそりと缶ビールを手の中に隠す。

「シノ!未成年がいるのに、ダメじゃない」
俊が、代弁する様に忍を小突く。
「ご、ごめん」

彩花が、ビールを指差し
「それ」
「あ、ごめん、捨ててきます」
立ち上がろうとする忍。
「私にも、ちょうだい」
今度は、彩花に視線が集まる。

「あ、や、やっぱ、捨ててきます」
ソロソロと、洗面所に向かう忍。
「シーノー!」
「あ、はい!」
スタスタスタと、彩花が忍に近づくと、おもむろに、ビールを奪い取った。
「あ‼︎」
言うが早いか、グビーっと、一気飲み。

※お酒は二十歳を過ぎてから。

言葉をなくす一同。

「ゲフー」
大きなゲップをする彩花。
「うん、なかなか、上手いじゃない」
ペロリと口の周りを舐めると口元を袖でぬぐった。

ホッとする一同。

誰もが彩花から目を離した。その時、グラリと彩花が倒れる。
一同、慌てるが遅かった。
バフっ、広げてあった布団に倒れ込んだ。そのまま、高いびきをかいて、眠り込んでしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...