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五突き目 幼馴染

すれ違い

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カーテンが閉じたままの、薄暗い部屋の中。ベッドの横で膝を抱えてうずくまる咲。
何を見るでもなく、目の前の空間をただ見ている。
一城に、好きだと心の内を告げた咲だったが、あっさりと、それは無理だと断られてしまった。そればかりか、その理由として一城は、男である恵と付き合っていることを打ち明けた。あまりのことに、困惑し納得出来ずにいる咲。
その後、どこをどう歩いて、ここまで帰って来たのか、まるで覚えていない咲。
力なく壁にかかる時計を見る。
歩との待ち合わせの時間は、とうに過ぎている。
そんなことは、どうでもいいと、膝の上で組んだ腕の中に顔を沈める咲。
膝を抱え込んでいる肩がワナワナと震えだすと声を殺して泣きはじめる。
ピンポーン、と誰かが来訪したことを告げる音が鳴る。
聞こえなかったのか動かない咲。
再び、来訪を告げる音が鳴る。
(お願い、一人にして・・)
さらに顔を埋める咲。
コンコンと、扉が叩かれる。
「咲、いるの?」
少し高くなっているが、歩の声だとわかる咲。
耳を塞ぎ、心までも閉ざそうとするかのような咲。
「どこ、行ったんだろ」
微かに聞こえる声。コツコツと足音が遠ざかる。
ほっとしたのか、肩の力が抜ける咲は扉を見る。
(ごめんね・・・)
笑顔で迎えてあげられない今の自分を見せたくなかった。
ましてや、希望や夢に胸を躍らせる歩になど、会いたくもなかった。
咲の口から、嗚咽となって声が漏れる。
静寂の中に、一秒を刻む音だけが、響いていた。

        ・

歩は、いよいよ行き先を見失っていた。あとは、恵の住む職場に向かえばいいのだが、ふと立ち止まって考えてみる。
何も、そこまでして、二人に会わなくてもいいのではないかと。
あくまで、歩の目的は一つ。
好きな男に告白するため、女になった自分を見せて、身も心も愛してもらうこと。

彼は、男の体である歩に優しかったし、可愛いよ、歩が好きだと言って抱いてくれた。
何度となく、歩の中で果てた男を歩は心から好いている。
そんな彼にもっと喜んでもらいたい、もっと愛してもらいたい、そんな想いが今の歩へと変えたのだ。

今なら、今の自分に自信があった。
いつも、何かあると、恵と咲に助言を求め励ましてもらっていた。
後押しして欲しい。そんな甘えが歩を動かしていたが、二人にも色々と事情はある。
いつまでも、人を頼ってばかりでは、本当に自分で、自分の力で夢を掴むことにはならない気がしていた。

歩は、覚悟を決めた。

歩は、真っ直ぐに前を向き歩き出していた。

       ・・

あるアパートのドアの前にたった歩。
覚悟を決めて、ここまで来たが、いざとなると不安で歩は動けなくなってしまった。
目の前のチャイムを押すことが出来ずにいた。
「歩?歩なのか?」
ドキッとして、声のする方を振り返る歩は、買い物袋を両手に持った男を目の前にして動揺を隠せない。
「マジか。歩どうしたんだよ、その格好」
上から下まで、舐めるように視線を送る男。
「すっげえ、可愛くなるんだな。びっくりしたは」
一瞬、別の言葉が頭の中にあった歩は、ホッとした。
「あ、ありがとう」
期待していた言葉が帰ってきて、頬を赤くする歩。
「下手な女より、よっぽど可愛いや」
言われて、恥ずかしくなって下を向いてしまう歩。
「で、今日は、どうした?何しにここへ?」
勇気を出して顔を上げる歩は、口を開く。
「あ・・・」
男のすぐ横に、見知らぬ女性が立っているのに気づき、言葉に詰まる。
歩の持つ可愛いさとは違って、綺麗さを持った女性だった。
「・・・だれ?」
買い物袋を抱えた女は彼に問いかける。
「ん?ああ、友達だよ。悪い、先に入っててよ」
男を横目に、それに従う女性。
「ふうん、なんか怪しくない?」
「よせよ、そういうのと違うから」
男の言葉に、目の前の空間に見入る歩。
男は女性が中に入り扉が閉まるのを確認すると
「悪いな、歩。今日は時間がないんだ。また、今度な」
男は、歩の頬にキスをすると、肩をポンと叩き部屋に入っていった。
(そういうのと違う)
その意味は、わかっている歩。
でも、今の歩を見て、可愛いと言ってくれた彼。
扉の向こうから、彼と女性の会話が聞こえてきて、そちらに耳を向ける歩。
「なんだよ、どうしたんだよ、急に」
「誰よ、今の?」
「だから、友達だって」
「うそだね」
「ほんとだってば、ただの友達だって」
異性の友達というだけで、疑いを持つのは世の常だった。
「あれがただの友達?どう見たって、普通じゃない」
「何、そんなに怒ってんだよ」
「や、離してよ。口も聞きたくない」
「そんなに怒ることねえだろ?」
「怒るわよ。普通、ああムカつく」
「わかったよ、だったらさ、あの女の正体教えてやるよ」
「な、何よ。正体って?」
「あれでな、ああ見えて、男なんだぜ」
目を見開く歩。
「はあ?男?何言うかと思えば、あの女が男って言うわけ?」
「そうだよ」
「人のこと、馬鹿にしてる?」
「違うよ、マジだ、マジ」
「て、男が女って、アレのこと?」
「そ。アレ、なんてたっけ?トラ、トランス・・」
「それって、トランスジェンダーのこと?」
「そそ、それ」
「マジで?じゃあ、さっきのマジで男なんだ。なんかウケる」
「だろ?」
「あ、待って。てことはさ、あんた、男と寝たわけ? はあ?それ、マジ、信じらんない」
「可愛いかったから、数回寝ただけだよ」
男ってものは、本当に馬鹿である。そういったことを、平気で自慢してしまう。
「ほら、寝たんじゃん。もう、バカ、あっち行ってよ」
「な、何、泣いてんだよ。俺が愛してるのは、お前だけだって」
「お、男って、いっつもそう。そうやって、誤魔化そうとする。ほんともう、ヤダ」
「悪かったって、謝るからさ。二度としねえから、信じてくれよ」
「でも、好きなんでしょ?あの男のこと」
「好きとかじゃねえよ、見た目可愛いだろ?魔が刺したんだよ、ヤッテみてえなって、思っただけだし」
「ヤッテどうだったのよ?やっぱ、違う?」
「なんなら、今から、試してみるか?」
「もう、バカ。また、そうやって誤魔化すんだから・・・」
ゴソゴソと、音だけが聞こえてくる。
「それにさ」
「ん?」
「男だったら、まだ面白えけど」
「けど、何?」

「男だった女には、興味ねえから」

歩の胸に深く突き刺さる言葉だった。
もう、ここにはいられない。
走り出している歩。
それに、気づいた男が外に出てくる。走り去る歩を見る。
「やっべ、聞かれちまったかな」
ちっと舌打ちすると頭を掻く男。


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