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七突き 人の弱さ

郷田姉妹

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歩が、病院に運ばれてから、一週間が経った。
未だ、昏睡状態が続いている。
咲は、ほぼ付き切りで看病に当たってくれている。
遠方に住む歩の両親からは、少なからず、生活の足しに仕送りがされている。
咲の仕事のことは、勤め先の郷田社長に一城が取り行って、ことの成り行きを説明することで、午前中のみの勤務にしてもらった。扱いは正社員でなく、パート扱いとなるが。
また有り難い事に、清掃部を社内に構えることとなり、外注として株式会社しらみずが、館内清掃を任される事になった。代わりに、社内清掃部の教育、育成をするのが条件となった。
郷田社長にしても、自社で清掃管理が行えるようになれば、わざわざ、高い金を出して清掃を依頼する無駄が省けると喜んでいる。
これを機に、株式会社しらみずも、大きく飛躍することになる。
やり手の郷田が、以前から提案していた新社屋にと空きビルを無償で使って良いとの話があった。一城は、そこまで甘えるわけにはいかないと、断り続けて来たが、従業員を食わせなければいけない重荷を背負っている手前そうも言っていられなかった。まんまと、郷田社長の思う壺にはまる一城。

まさるも、また、歩に限らず、同業で困っている人に活用としてもらおうと、店内で募金を呼びかけてくれている。この事に関心を持った郷田が、またしゃしゃり出てきて、出資するから低金利で金貸しを始めろと、まさるをその気にさせた。
そのことが、いずれ起こる抗争の引き金になるのだが、まだまだ、先の話である。

一城と恵は、新社屋となる空きビルを見ようと足を運んでいた。
一城と並んで、ビルを見上げる恵。
「よりにも、よって会社の移転先って、ここなんですね」
「ああ、そのようだ」
カラカランと扉が開く音、後ろから聞き慣れた声。
「あら、一城ちゃん、恵ちゃんお揃いでデートかしら?」
腰に手を当てたままの一城が、やや振り向き気味に、まさるを見る。
「ちげえよ、新しい事務所、見に来たんだよ」
郷田第十ビルと看板がある。
バーまさるの、目の前にそれはあった。
手を合わせて喜ぶまさる。
「これで、毎日、飲みに来れるわね」
「行かねえし」
ちっと、舌打ちするまさる。
ご丁寧に、三階建ての三階のガラス面に、株式会社しらみずと、カッティングシートが既に貼られていた。
「あの親父、楽しんでやがるな」
階段横の立て看板を見る恵。
一番上に、株式会社しらみず、二番目に小さく書かれた文字を読む。
「バーまさる?まさるさん、事務所持ってるんですか?」
それも代わりに答える一城。
「それも、郷田の親父の仕業だよ」
頭を掻き、呆れかえっている一城。
「知る人ぞ知る、金貸しだよ」
「ん?」
「口伝えに、内々に金貸しをするんだと」
二人に割り込むまさる。
「審査が変わってるのよ。ここ」
「審査?」
「紹介が必要で、私と同じような職種に限定してるの」
恵は、先日のピンサロの女の子のことを思い出していた。
「高利貸しに手を出してる人には、助かる話ですね」
「だがな」
「ん?」
まさるも、気になっていたのか口を挟む。
「涼介が、大人しくしてるとも思えないわね」
「ああ、それなんだよ。まさる、程々に頼むぞ」
「そうね、努力してみるわ」
何かを見つけた恵が慌てている。
「かかか、一城さん?」
言うと、一城の袖を掴み引っ張る。
「な、なんだよ、どうした?」
「ああ、あれ、見てください」
恵が、指さす方向を見て、一城も仰天した。
ビルの横の専用駐車場に、株式会社しらみず と、書かれたワゴン車が四台並んでいる。しかも、新車の輝きを放っている。
顔を手で隠すようにする一城。
「あの親父、あしながおやじかよ」
まさるが、気になって三階の事務所に駆け上がっていく。
それに続く一城と恵。
「まあ、なんてこと」
まさるの声に驚いて、一城が駆け込む。
「こ、これは?」
高級なソファセットが、置かれていた。
「おいおい」
嫌な予感がした一城は、自室である社長室を開けた。
まあ、それなりであった。
本棚の並ぶ隅に、プライベートルームと書かれた扉があった。
扉を開けた一城は呆れ返って言葉がない。
そこへ、まさるがやってきた。
「あらま、こりゃ、おったまげ」
「どうしたんですか?」
恵が、中を覗いて息を飲んだ。
専用のシャワールームとダブルベッドがドッシリと置かれていた。
「よりによって、ダブルかよ」
一城は、ベッドに置かれたメモを見つける。なになに・・・
〈存分に使え。遠慮はいらんぞ〉
(いやいや、遠慮するわ、普通)
「何を考えてんだ、郷田の親父は」
郷田の親父が、ここまでするからには、何か裏があると思うのが普通だ。
考えられるとすれば・・・
「一城たん」
たん付けをする女性の声。
こ、この声、この口調に聞き覚えのありすぎる一城。
振り向くと同時にベッドに押し倒される一城。
「れれれ、蓮花れんか?ななな、何しにきた?」
うわずった声の一城。
「ひっどいい、一城たんにぃ。蓮花たんがぁ、会いにきたんだぉ」
「だぉ?」
まさると恵が顔を見合わせる。
郷田蓮花ごうだれんか、郷田社長の次女に当たる。
「あやややや、ままま、待て待て、な、落ち着け、な?蓮花」
んーと、人差し指で下唇を持ち上げる蓮花。
「蓮花たん、落ち着いてるぉ」
「るぉ?」
またまた、顔を合わせるまさると恵。
「な、蓮花。ままま、まずは、向こうで話そう。な?」
「蓮花たんはぁ、ここでぇ、一城たんとぉ、いいことするんだぉ」
「い、いいことって?」
「グリグリーって」
言うと、蓮花の股間辺りにあった一城のものをグリグリし始めた。
「わたたたた、ちょ、ちょ、ちょっと、待て。ひ、人がいる。な?」
ムクリと、上半身を起こす蓮花は、まさると恵を睨みつける。
「何しとんのや、おのれら。ちったあ、気ぃ使わんかい、ボケ」
あ、はい と、まさると恵は、慌てて出て行く。
この二面性も、相変わらずだった。
睨んだ顔のまま、一城を見ていた蓮香は、えへっと顔をする。
「もうお、いないぉ、これなら、い~い?」
(良くない)
目を力の限り、閉じている一城。
そこに、コツコツとヒールの音。
「蓮花、いい加減にしなさい」
蓮実はすみか?
ホッとする一城は、蓮花を軽く押し退けると、蓮花の頬にキスをする。
あはっとなる蓮花は、大人しく退いた。
呆れた顔で一城を見る蓮実。
「いつもみたいに、スパッと切り捨てればいいのに」
立ち上がりながら、蓮実の耳元で囁く一城。
「それが、出来れば苦労はねえの」
郷田蓮実ごうだはすみ、郷田社長の長女に当たる。
やっと、普通に会話が出来るのが、有り難かった一城。
「今日は、どうしたんだ?二人揃って」
「ん?何も聞いてないの?父に」
「ん?ああ、何も?」
蓮実は、上目使いに泳がせると、肩をすくめる。
「お父様、また何も言ってないのね」
「何をだよ?」
スーツの胸ポケットから、名刺ケースを取り出す蓮実は、一枚を差し出した。
ん?と見る一城。
肩書きに、後退りする一城。
「しゃしゃしゃ、社長・・・」
んふっと、笑う 蓮実。
「・・・秘書?」
まさると恵が、声をそろえる。
「はああ、社長秘書~~」
ニコッとする蓮実。
「そうよ、これからよろしくね」
「ちょちょちょ、そんなの聞いてないぞ」
慌てる一城。
「ん?嫌なの?なんなら、蓮花と代わろうか?」
もっと、イヤだ。と、首をブンブン振る一城。
「なら、決まりね。一城」
手を差し出す蓮実。
仕方なくその手を取り、握手をする一城。
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