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十突き目 男と女

恵、家を出る

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会社の駐車場に着くと、琴音の手を取り、住まいである一城の家に向かう恵。

来島 と書かれた表札の掛かる一軒家。
「ここって、社長の家?」
「あ、うん、居候させてもらってるんだ」
家に入ろうとする恵の袖を掴む琴音。
「ん?どうしたの?」
「いっそ、私と私のアパートで一緒に住みませんか?」
「え?いいの?」
「うん、恵さんが良ければ」
「わかった、荷物まとめてくるから、待ってて」
「うん、待ってる」
袖を掴む琴音の手が緩み、琴音から離れていく恵。
あっと、そのまま、戻ってこないような不安に駆られる琴音。
玄関先の壁にもたれ掛かる琴音。
そこにバック音をさせて、ワゴン車が入ってくる。
「よう、琴音ちゃん」
顔を上げると、一城が窓から顔を出して笑顔で手を振っている。
バック音が消えサイドブレーキが引かれると窓から身を乗り出す一城。
「恵のやつ、どうよ」
「お疲れ様です。社長」
車から降りると、ドアを閉める一城。
「仕事中でもないんだ。一城でいいよ。これから、デートかい?」
「え、ええ、まあ」
「せっかくの休みだ。楽しんで来るといいよ」
「はい・・・あ」
「ん?」
「あの、一城さん」
「どうしたの?」
覚悟を決める琴音は、顔を上げる。
「私、恵さんと一緒に住むことにしたんです。私のアパートで」
吹っかけてみたつもりの、琴音だった。
「おう、そうか、そりゃ良かった。まずは、第一歩だな」
素直に喜んでいる一城。
「本当にそれでいいんですか?一城さんは」
「ん?別に構わないけど?また、どうしてそんなこと言うんだ?」
「だって、恵さんと一城さんて・・・」
「付き合ってるからか?」
え? 見上げる琴音。
「確かに、恵は可愛いよ。お互い、求め合って何度も寝たよ。でも、今のあいつは君に夢中なんだ。それじゃ、ダメなのか?」
「あ、え、その」
包み隠さず、何でも話す一城に圧倒される琴音。
「琴音、過ぎたことはもう振り返るな。新しい恋に走り始めたのなら迷わず走れ。それが恵の為にもなる」
「な、なんで?」
「なんで?か・・・伊達に歳は取ってないからね。相手の心の傷くらい、俺にだってなんとなくわかるよ。全ては、わからないけどね」
「一城さん・・・」
「琴音に、何があったのかは俺は知らない。知る必要もない。琴音から話してくれるなら相談には乗る。正直、女の気持ちは、未だによくわかんないんだけどな」
襟足を掻く一城。
「あとは、あいつ次第だよ」
玄関の、ドアを見つめる一城。
そこにガチャリとドアが開き、両手にバッグを持った恵が出てきた。
「あ、一城さん」
「よう、体はどうだ?」
「ええ、だいぶいいです」
「そうか、荷物運ぶなら、これ使っていいぞ」
ワゴン車をパンパンと叩く一城。
「あ、いや、大丈夫です。必要があればまた、取りに来ますから」
「そか」
恵からバッグを一つ取る琴音。
「あ・・」
何かを言いかけて言葉に詰まる恵。
「良かったな、恵」
「え?」
「やっと、見つけたじゃないか。大切なもの」
「大切なもの・・?」
「琴音ちゃんは、一途だ。おまけに恵の全てを受け入れている」
「全て・・ですか?」
「恵のことだ。どうせ、何も話してないんだろ?俺たちのこと」
「え?あ、はい」
「琴音ちゃん、ちゃんと知ってるぞ」
え?と、琴音を見る恵。
恵を見据える琴音に迷いはない。
「あ・・」
恵の両肩をガッシリと掴む一城。
「恵。よく聞け。お前の口から琴音ちゃんが知りたいことは全て話せ」
「わ、わかりました」
「それから、信じたら迷うな」
「は、はい」
「人間てのは、浮ついた生き物だからな。嫉妬に駆られるのが普通だ。だがな・・・」
「あ・・」
「仮に男が擦り寄って来たとすれば、それだけ、その人に魅力があるからなんだ。だったら、それを素直に喜べ」
「一城さん・・」
「人が人を信じられなくなったら、それで終わりだ」
「はい、なんとなくわかったような気がします」
「うん、なら、いい」
一城は、目を細めて笑うと恵から離れる。
「ハメを外しすぎるなよ」
二人、深々とお辞儀をする。
「一城さん、じゃあ、俺、行きます」
「ああ」
恵と琴音が、立ち去ると一人残る一城。
内ポケットから、煙草を取り出す。
火をつけて空を仰ぐと、ふうと煙を吐き出す一城は、心から嬉しそうに笑った。
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