上 下
25 / 51
十突き目 男と女

蓮実 その一 ダルマ

しおりを挟む
その夜、一城は、新装開店し広くなったバーまさるに来ていた。
カウンターの一番端の席が一城の居場所となっている。
いつもなら、その横に恵が座っている。
グラスを磨きながら、まさるが恵のいない席を見つめている。
「なんか、風穴が空いたみたいね」
「昔に戻っただけで、何も変わらねえよ」
「そりゃ、そうだけどさ。恵ちゃんがいないと一城の冗談も聞けやしないわ」
「そうだったか?」
「そうよ」
カラカランと扉が開く音で振り返るまさる。
「いらっしゃ~い。あらあ、一城、珍しい人が来たわよ」
ん?と、顔を上げて入口の方を見る一城は、扉を閉める蓮実の姿を見て目を丸くする。
「こんばんは、一人で飲むなんて珍しいわね」
蓮実が一城の横に座る。
「お前こそ、珍しいな。こんな店に来るなんて」
「まあ、こんなって、それメチャクチャ失礼よ」
まさるが、こそこそとその場から離れてカウンターの隅っこに行ってしまう。
一城は、蓮実の心の内を探ろうと蓮実の顔を覗き込む。
「誘っても来ねえのに、今日はどうしたんだよ」
「一城が、落ち込んでるって言うから来てみたのよ」
蓮実が、チラッとまさるを見る。
「な、まさる。てめえ・・・」
「あら、何のことかしら?」
ふふふん、とグラスに息を吹きかけて、布巾で磨いて誤魔化すまさる。
「別に、落ち込んでなんかねえよ」
「あらそ、ならいいけど。まさちゃん、一杯もらえる?」
「あなたの口に合うお酒なんて、ないわよ」
「いいの、ダルマ頂戴」
「え?蓮実。お前、そんなの飲めるのか?」
「やだなぁ、私だって、安酒くらい飲むわよ」
「はっきり、安酒言うなよ」
はいと、まさるがグラスを差し出す。
「私ね、なんだかんだ、これ好きなんだ」
「へえ、へえ、それは意外だな。酒の趣味だけは、俺と合うんだな」
「だからよ」
「え?」
「なんでもない。一城のおごりね。頂きます」
蓮実のグラスが一城のグラスで音を立てる。
蓮実は、グラスを傾けて一口飲むと口の中に広がる味と香りに笑みを浮かべている。
「ん~、やっぱいいな、これ」
蓮実は、一息に飲み干してしまう。
「蓮実、なんなら、ボトルキープしてもいいぞ。まさる。ダブルで頼ま」
カラカラと、氷を回す一城。
「はいよ、あと、これね」
ゴトン と、ボトルを置くまさるは、グラスにウィスキーを注ぎ足す。
「まささん、マジック」
空で書く真似をする蓮実。
マジックと札を置くまさる。
蓮実が少女のような顔をする。
「これするの、好きなんだ」
言いながら、札にHASUMIと書く蓮実。
「そんなもんかね」
札のかかったボトルを掲げて、笑顔になる蓮実。
嬉しそうに笑う蓮実を見る一城。
(可愛い顔、すんだな)
嬉しそうに唇を舐めながら、真新しいボトルの栓を開く蓮実。
トクトクと心地いい音を立てて、グラスに注がれる。
「う~ん、この香り好き」
「安酒に、いい香りもあったもんじゃねえよ」
「この匂いでね、思い出すんだよ。色々とね」
「何をだよ?」
「一城には、わからなくてもいいの」
「はいはい、そうですか」
「ぷはぁ~、たまにはいいね。安酒」
「まだ、言うか」
トクトクと、たっぷりと注ぐ蓮実。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「大丈夫に、決まってるでしょ」
一城は、まさると目が合うと、への字顔で肩をすくめる。
しおりを挟む

処理中です...