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十二突き目 病院にて

一城の本心

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一城は、いつしか眠りこけていた。
その膝の上で咲も眠りに落ちている。
それを見つめる瞳があった。
歩だった。
咲を探しに自販機コーナーに来た歩。
「咲・・・」
歩は、男の顔に目を向けると、口を無防備に開き軽くいびきをかいている一城を見る。
「この人・・・」
そこに、蓮実が現れて嫌な予感がして駆け寄ろうとするのを、哲美が止める。
「蓮実・・・大丈夫だ」
「ええ?」
肩に置かれた哲美の手に、自分の手を重ねる蓮実。
歩は、目を閉じて匂いに誘われるように、一城に近づいていく。
一城の胸元で、鼻を近づける歩。
「この匂い・・・」
咲が何か感じて目を開けた。
すぐ近くにいる歩に気づく。
「歩?」
あっと、一城のことを思い出して動揺する。
蓮実が、素早く静かに駆け寄ると
「咲さん、大丈夫だから・・・」
「え?」
歩は、コクリとうなずくと、何かを確信したように笑みを浮かべる。

「この人、恵が好きな人だ」

 え? 3人は、その言葉に底知れぬ深みを感じていた。
一城が、目をゆっくりと開き、哲美、蓮実、咲を見つける。目の前の歩にようやく気づく一城は仰天した。
「歩くん?」
「こんにちは、恵の大事なお兄さん」
「え?」
ニコリとする歩。
「お兄さんも、恵が好きなんだね」
「な・・・なんで?」
「恵の中に、お兄さんの匂いがあったから」
「え?」
「この間は、ごめんなさい。あんな態度をとってしまって」
「え、いや、気にしてないよ」
「ほんと?なら、良かった」
「えっと、匂いって?」
「ん~、匂いなのかはよくわからないけど、お兄さん見てると恵が浮かんでくるんだよね」
「え?」
心の内を見透かされたような気分だった。
「ほら、今、恵のこと、考えてませんか? すごく綺麗な目をしてる」
嬉しそうに笑う歩。
慌てて目を背ける一城。
「歩くん、今あいつは新しい恋を見つけたんだ」
「え?そうなの?でも、お兄さんは、嬉しくないみたいだね」
「ば、馬鹿なこと言わないでくれるかい?歩くん」
一城は、立ち上がるとその場を離れようとする。
「奴は、やっと幸せを手に入れたんだ。喜ぶのが普通だ。もういいだろ?蓮実、悪いけど先に帰るよ」
「え?一城?何怒ってるのよ」
「お、怒ってなんてないよ」
「お兄さん、怒ってなんかないよ」
「ほら見ろ、歩くんもああ言ってるぞ。怒る理由なんてないからな」
「うん、怒ってないよ」
「じゃあな、蓮実、哲美、咲ちゃん。また、来るよ」
背を向けたまま、慌てている一城。
「お兄さんね、怒ってないけど・・・」
立ち止まる一城。

「泣いてるんだよ」

ビクリとする一城。
「ま、まったく、何を言ってるんだろうな、歩くんは」
「一城?」
一城の慌てぶりを見たことがない蓮実。
歩の言っている事が、わかりすぎる3人は、一城の慌てぶりから真実だと知らされる。

好き

この言葉の意味の深さまでは、理解しようがなかった。
あくまで、そうではないのか。なのである。
背を向けたままの一城。
「哲美、しっかり休んで戻って来いよ」
「お、ああ、わかったよ。一城」
「咲ちゃん、無理はするなよ」
「あ、はい、ありがとうございます。一城さん」
「蓮実。帰りタクシーになるけど、悪いな。寄るとこあるから行くわ」
「え、ええ、大丈夫よ。一城」
それじゃと、背中越しに手を振り立ち去っていく一城。
廊下を足早に歩く一城。
(俺がまだ恵を好きだって?バカな)
「あいつは、今幸せになろうとしてんだ。何を今更」
自分でも、動揺を隠しきれないでいる一城。
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