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「サクヤ、ちょっといい? 」
確かその時、自分はもう帰ろうとしていた。
教室内は夕焼けで真っ赤に染まっていて、校庭からサッカーをする少年達の威勢のいい声が聞こえてくる。
教室の入り口に、クラスメイトが立っていた。
「何」
一度肩にかけようとしたディパックを降ろした。
「いいから。いいこといいこと」
気の強そうな目が笑って、手招きをする。
「僕もう帰ろうかと__」
「いいから! 」
相手が少し声を荒げた。
いつもは無視するくせに。
でもここで断ると、後でめんどうな事になるな。
黙ってクラスメイトの方へ進むと、彼は満足気に笑い、先に立って歩き出した。
クラスメイトは理科室に入った。続いて中に入ると彼の仲間達四、五人もそこにいた。やはり呼び出されたらしい。
クラスメイトは言った。
「皆に良いもの見せてあげようと思ってさ。言っておくけど、これ秘密だよ、秘密」
秘密と聞いて、仲間達の目が輝いた。
彼はずっと重そうに下げていたショルダーバックを降ろし、中を開けて、何か四角い物を取り出した。
思わず声が出そうになった。
赤ワイン色の表紙、辞書並みの厚さ、ずっしりとした重厚感、正にそれは、全く同じ。
あの本だ。
僕が小さい頃から、ずっと、ずっと読んでいる、終わりのない、
サーティー・・・
「フォーティーって言うんだ、これ」
え。
よく見ると、確かに表紙に〝40〟と金色の文字が入っている。
40。
どういう事だ。
クラスメイトの声が遠くに聞こえる。
「この本さ、親に言われて僕が小さい頃からずっと読んでるんだけど、本当はこれの事誰にも言っちゃいけないんだ。〝40〟って知ってるか? 知らないだろ。これは他に世界中どこにも存在しないし、読んだ人はいないんだ。僕以外はね」
〝僕以外〟という所で、彼はにやりと笑った。
「本当だよ。親がそう言ってたし、僕もこっそりネットとかで調べたんだ。本当にこの本は存在しないんだ」
他の皆は半分疑いの目を向けながらも、彼の話に引き込まれている。
「それで大人がおかしいんだ。誰にも言っちゃいけないと言われてたんだけどさ、昔、試しに本屋の親父と小学校の担任に聞いてみた事があるんだ。40を知ってるかってね。そうしたら二人ともすごく真っ青な顔をして、〝今回は黙っててあげるから、二度とそれを言っちゃいけない〟って言うんだ。皆に言ってはいけないのに、大人は知ってるみたいなんだ。おかしいだろ。・・・いや、分からないな、二人に聞いただけだし」
「まあ、それで、僕思うんだ。この本にはきっとすごい秘密があるんだよ。本の内容か、それともこの本自体にさ。まだ誰も解いていないのか。知ってて黙ってるのか。それはわからないけど、どっちでもいいよ。秘密を暴いてそれを世間に公表してやるんだ。絶対有名になれるよ。な、面白い話だろ? 」
今や僕を除く全員の目が輝いていた。
仲間の一人が興奮した様子で尋ねる。
「その本の内容はなんなんだ? 」
「普通の家族が出てくる話。家族の成長物語、というやつかな。その話が延々と続くんだ。ああ、言い忘れてたけど、40はこれ一冊じゃない。シリーズになっていて他にもたくさんあるんだ。とりあえずこれだけ持ち出せた」
家族の成長物語。
同じ話__なのか?
39と?
クラスメイトが続ける。
「僕は40が本当にあった話なんじゃないかって思ってる。フィクションみたいに書かれているけどね。特に怪しいのが、この本に書かれていた財宝事件だ。ここに出てくる家族の子供が、小さい頃噂を聞いて、友達と財宝を探しに行くんだ。結局見つからず、チビッ子達の愉快な冒険談として終わっているんだけどね」
そんな話。
__あっただろうか。
他の仲間が口を挟む。
「な、なあ、それ、読んでみていいか? 」
クラスメイトは、にやりと笑った。
「いいよ。でもこの本の存在はもちろん、これを僕以外の人が読むのは絶対禁止なんだ。誰にも言うなよ」
わかってる、と皆は頷く。
クラスメイトがこちらを向いた。
「サクヤも読みたいだろ。先に貸してあげるよ」
ほら、と本を差し出す。
少しくすんだような、赤ワイン色の表紙。
間近で見ても、全く同じだ。
全く同じ。
内容も一緒なのだろうか、39と。
確かめてみたい。
僕は右手をゆるゆると差し伸べる。
本を受け取ろうとしたその時、
ふと表紙の文字が部屋の蛍光灯の光に反射した。
きらっと光る。
40。
違う、これは。
40。
これは。
40。
これは、彼のものだ。
右手を本の手前で握り締める。
「いや、僕はいいよ」
クラスメイトは一瞬むっとしたが、仲間の「じゃあ俺に貸して」という声に笑顔を向け、手渡した。
彼は再び僕の方を向き、小声で脅すように言った。
「40を読まなくったって、この話を聞いた事自体が禁止なんだ。サクヤだってもう仲間なんだからな。絶対他の人に言うなよ。言ったら許さないからな」
僕はただ黙っていた。
学校からの帰り道、バスに揺られながら僕はずっと考えていた。
皆はあの後、クラスメイトの家で作戦会議をする事になったらしい。
彼はどうやってあの本を持ち出せたのだろう。
普通図書館に本があって、読書は館内のみで行う。外への持ち出しは禁止のはずだ。貸し出しは図書館員が厳重に行っている。
39の場合は、だけれど。
40は、知らない。
キーッと大きなブレーキ音をさせて、バスが停車した。おばさんと小さな子供が買い物袋を持って乗り込んでくる。
40の事は知らないんだ。
何も。
バスが再び走り出す。しばらくぼんやりと、買い物袋を持った親子の楽しげな会話を聞き流す。
ふと。
彼は知っているのだろうか、と思った。
本の事を他人に明かせば〝隠される〟という事に。
彼の様子や、最後に自分に言った時の態度から見て、絶対知っているように思えた。
__言ったら許さないからな。
ふいに、雷に打たれた気がした。
そうだ。
彼は知っているんだ。
知っていて、
__サクヤだってもう仲間なんだからな。
皆を、僕を
道連れにするつもりか。
40の事は知らない。
でも僕は、
ぼくの39はそんなことはゆるさない。
確かその時、自分はもう帰ろうとしていた。
教室内は夕焼けで真っ赤に染まっていて、校庭からサッカーをする少年達の威勢のいい声が聞こえてくる。
教室の入り口に、クラスメイトが立っていた。
「何」
一度肩にかけようとしたディパックを降ろした。
「いいから。いいこといいこと」
気の強そうな目が笑って、手招きをする。
「僕もう帰ろうかと__」
「いいから! 」
相手が少し声を荒げた。
いつもは無視するくせに。
でもここで断ると、後でめんどうな事になるな。
黙ってクラスメイトの方へ進むと、彼は満足気に笑い、先に立って歩き出した。
クラスメイトは理科室に入った。続いて中に入ると彼の仲間達四、五人もそこにいた。やはり呼び出されたらしい。
クラスメイトは言った。
「皆に良いもの見せてあげようと思ってさ。言っておくけど、これ秘密だよ、秘密」
秘密と聞いて、仲間達の目が輝いた。
彼はずっと重そうに下げていたショルダーバックを降ろし、中を開けて、何か四角い物を取り出した。
思わず声が出そうになった。
赤ワイン色の表紙、辞書並みの厚さ、ずっしりとした重厚感、正にそれは、全く同じ。
あの本だ。
僕が小さい頃から、ずっと、ずっと読んでいる、終わりのない、
サーティー・・・
「フォーティーって言うんだ、これ」
え。
よく見ると、確かに表紙に〝40〟と金色の文字が入っている。
40。
どういう事だ。
クラスメイトの声が遠くに聞こえる。
「この本さ、親に言われて僕が小さい頃からずっと読んでるんだけど、本当はこれの事誰にも言っちゃいけないんだ。〝40〟って知ってるか? 知らないだろ。これは他に世界中どこにも存在しないし、読んだ人はいないんだ。僕以外はね」
〝僕以外〟という所で、彼はにやりと笑った。
「本当だよ。親がそう言ってたし、僕もこっそりネットとかで調べたんだ。本当にこの本は存在しないんだ」
他の皆は半分疑いの目を向けながらも、彼の話に引き込まれている。
「それで大人がおかしいんだ。誰にも言っちゃいけないと言われてたんだけどさ、昔、試しに本屋の親父と小学校の担任に聞いてみた事があるんだ。40を知ってるかってね。そうしたら二人ともすごく真っ青な顔をして、〝今回は黙っててあげるから、二度とそれを言っちゃいけない〟って言うんだ。皆に言ってはいけないのに、大人は知ってるみたいなんだ。おかしいだろ。・・・いや、分からないな、二人に聞いただけだし」
「まあ、それで、僕思うんだ。この本にはきっとすごい秘密があるんだよ。本の内容か、それともこの本自体にさ。まだ誰も解いていないのか。知ってて黙ってるのか。それはわからないけど、どっちでもいいよ。秘密を暴いてそれを世間に公表してやるんだ。絶対有名になれるよ。な、面白い話だろ? 」
今や僕を除く全員の目が輝いていた。
仲間の一人が興奮した様子で尋ねる。
「その本の内容はなんなんだ? 」
「普通の家族が出てくる話。家族の成長物語、というやつかな。その話が延々と続くんだ。ああ、言い忘れてたけど、40はこれ一冊じゃない。シリーズになっていて他にもたくさんあるんだ。とりあえずこれだけ持ち出せた」
家族の成長物語。
同じ話__なのか?
39と?
クラスメイトが続ける。
「僕は40が本当にあった話なんじゃないかって思ってる。フィクションみたいに書かれているけどね。特に怪しいのが、この本に書かれていた財宝事件だ。ここに出てくる家族の子供が、小さい頃噂を聞いて、友達と財宝を探しに行くんだ。結局見つからず、チビッ子達の愉快な冒険談として終わっているんだけどね」
そんな話。
__あっただろうか。
他の仲間が口を挟む。
「な、なあ、それ、読んでみていいか? 」
クラスメイトは、にやりと笑った。
「いいよ。でもこの本の存在はもちろん、これを僕以外の人が読むのは絶対禁止なんだ。誰にも言うなよ」
わかってる、と皆は頷く。
クラスメイトがこちらを向いた。
「サクヤも読みたいだろ。先に貸してあげるよ」
ほら、と本を差し出す。
少しくすんだような、赤ワイン色の表紙。
間近で見ても、全く同じだ。
全く同じ。
内容も一緒なのだろうか、39と。
確かめてみたい。
僕は右手をゆるゆると差し伸べる。
本を受け取ろうとしたその時、
ふと表紙の文字が部屋の蛍光灯の光に反射した。
きらっと光る。
40。
違う、これは。
40。
これは。
40。
これは、彼のものだ。
右手を本の手前で握り締める。
「いや、僕はいいよ」
クラスメイトは一瞬むっとしたが、仲間の「じゃあ俺に貸して」という声に笑顔を向け、手渡した。
彼は再び僕の方を向き、小声で脅すように言った。
「40を読まなくったって、この話を聞いた事自体が禁止なんだ。サクヤだってもう仲間なんだからな。絶対他の人に言うなよ。言ったら許さないからな」
僕はただ黙っていた。
学校からの帰り道、バスに揺られながら僕はずっと考えていた。
皆はあの後、クラスメイトの家で作戦会議をする事になったらしい。
彼はどうやってあの本を持ち出せたのだろう。
普通図書館に本があって、読書は館内のみで行う。外への持ち出しは禁止のはずだ。貸し出しは図書館員が厳重に行っている。
39の場合は、だけれど。
40は、知らない。
キーッと大きなブレーキ音をさせて、バスが停車した。おばさんと小さな子供が買い物袋を持って乗り込んでくる。
40の事は知らないんだ。
何も。
バスが再び走り出す。しばらくぼんやりと、買い物袋を持った親子の楽しげな会話を聞き流す。
ふと。
彼は知っているのだろうか、と思った。
本の事を他人に明かせば〝隠される〟という事に。
彼の様子や、最後に自分に言った時の態度から見て、絶対知っているように思えた。
__言ったら許さないからな。
ふいに、雷に打たれた気がした。
そうだ。
彼は知っているんだ。
知っていて、
__サクヤだってもう仲間なんだからな。
皆を、僕を
道連れにするつもりか。
40の事は知らない。
でも僕は、
ぼくの39はそんなことはゆるさない。
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