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プロローグ/エピローグ
1985年あるいは****年 8月14日
しおりを挟むさて。古今東西、物語の始まり又は重要な場面において、『嵐』は重要な舞台装置として使われてきた。
例えば「Twister」、竜巻のメカニズム解明を目指すハンターの活躍を描いた活劇では、ヒロインの父親が嵐の中、竜巻で命を落とすところから始まる。
例えば「Jumanji」、マスの内容が現実になる双六をめぐる怪奇譚では、本編より100年前の被害者が、嵐の中でゲーム盤を埋めて封印したのが発端だ。
例えば「Deep Blue Sea」、人工的に知能を向上させられた鮫の恐怖を描いた傑作では、主人公たちは嵐の夜に海中の研究所へ閉じ込められる。
例えば『Pirates of the Caribbean』、結婚式や怪物の登場、父との再会、そして最終決戦と、重要シーンで大盤振る舞いだ。
また映画に限らず、推理小説やホラー小説では、雪山や孤島と並ぶ、登場人物達を閉じ込める災難のベスト3として、ファンタジーやSFの世界では、攻略すべき試練として、嵐は活躍する。
更には彼の祖国には、タイトルそのまま、嵐の夜に出会った狼と山羊の友情を描いた童話があるらしい。
とにかく、嵐という自然現象は、物語の『見せ場』として丁度良い存在なのだ。
だから、この物語も僕、ティム・H・リンカーズとその家族が、『彼』と出会うきっかけとなった、あの嵐の夜から始めよう。
なんせ、『彼』の物語は僕たちの知らないところ、文字通り古今東西で起こった、もしくはこれから起こるらしいのだから・・・。
おっと、そろそろ『タイムリミット』らしい。窓がかなり軋んで、雨も強くなってきた。異常なハリケーン『ベネット』が、本格的にこの辺りを襲い始めたようだ。
そうそう、あの夜もこんな風に外が荒れていたっけ・・・
******
1985年8月14日 深夜
米国中西部ミシガン州 フェアリーロイト郊外
ホールフィールドキャンプ場 貸しキャビン
ガラガッシャーーン!
窓の外が白く光った直後、雷が大気を食い破る轟音が、僕たちの鼓膜を震わせる。
同時に、窓に打付けられる雨粒の径は大きくなり、パッキンの隙間を風が抜ける汽笛は、まるで怪物の呻き声の様。
そんな嵐の中で、僕は母と2人の姉妹、合計4人でキャビンの中央に集まり、卓上のランタンを唯一の明かりにと囲んでいた。
すると、隣に座る妹のメリッサが、半泣きになりながら僕にすがり付いてくる。
「ティム兄、怖いよぉ。お化けがさらいにくるぅ」
7歳相応に怯える妹の頭を撫でながら、僕は自分もちょっとビビってる事を隠しつつ励ます。
「大丈夫、この辺りに居るのは怖い『お化け』じゃなくて、ちょっと悪戯好きな『妖精』だから」
「……あ、そうだった」
我が故郷の地名の由来でもある、先住民族の時代から語られる伝承を思い出したメリッサは、けろりとした顔に戻る。
でも、それも一瞬の事。
ガラガッシャーーン!
「でもやっぱり怖ーい!」
再びの落雷に、妹はさっきよりも力強く抱きつきながら、涙と鼻水を僕のTシャツに擦り付ける。
やれやれ、後で着替えないと。
ところで、普通の人間は嵐の中だと、メリッサの様にこうして怖がるか、向かいに座って兄妹のやり取りを微笑んで観てる我が母の様に冷静でいるか、のどちらか2択の反応になる、はずだ。
今この時、独りで窓の傍に佇み、打ち付ける雨粒や強風で飛ばされる木の葉を嬉々として眺め、嵐を楽しむなんて輩は、我が姉クリスティーナぐらいしか、この時の僕は知らなかった。
「はぁ。クリス姉さん、枝とか飛んできたら危ないよ。せめて窓から離れた方が」
「ええ?だって面白いじゃん!映画のワンシーンみたいでさ。自分がヒロインになったって感じ。スッゴいワクワクするの!」
もうすぐ17歳を迎えるというのに、僕より2歳、メリッサより9歳上の我が姉は、3人の中で一番幼く無邪気な振る舞いで、はめ殺しの格子窓にかじりついている。
「自然ってスッゴイよね。どれだけ人間が賢くなっても、こんな風で一発逆転。自然が万物の頂点に返り咲く」
「ま~た、学校で習った難しい言葉を・・・意味解って使ってる?」
「もちろん……アレ?」
と、姉さんが外のナニカに気づく。
次の瞬間、地面と部屋中の家具が、微かに揺れた。
「なに?地震?」
母さんが腰を浮かして警戒するが、揺れは一瞬で収まった。地震のように感じたが、もしかすると、爆発か何かだったのかも・・・。
と思ったら、姉はとっくに答えを見つけていた。
「ねぇ、ダムの方へ空から何か落ちたみたい」
「何か?」
「うん、光の玉みたいなのがスーって落ちて。ちょっとしてから、ズシンって揺れたの」
「まぁ!・・・隕石かしら?貯水池に被害が無いと良いけれど・・・」
母さんは心配しながら、姉さんと共に窓の外を覗く。
しかし、夜の闇は雷雨によってさらに深くなっており、視界では何も読み取れない。
ただ、ダムに異常があった際に鳴るはずのサイレンも沈黙したまま。
母さんは暫くすると、ほっと緊張を解いた。
「洪水の心配は無さそうね。……あら?嵐が……」
「うそ、寸前まで荒れ狂ってたのに」
「あ、お月様!」
メリッサが窓に駆け寄る。それほどまでに、天気が一転した。
折れた枝や木の葉が弾丸のように飛び交う突風も、消防車の放水のような豪雨も、ピタリと止んだ。
そして窓から新月寸前の微かな月光が、真正面に立つ姉へと届いた。
「何だろう、何か不思議な事が起こりそう」
この姉の呟きが現実になったのは、それから10時間ほど後の事だった。
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