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1章:嵐のあと

1985年8月17日 弁解

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参考資料 クリスティーナ・ハーグマンの証言

 あの時のやり取り、私たちは取調室の隣で、マジックミラー越しに観ていたの。

「8月16日は正解だ。ただし、今は1985年、1985年だ。君の言った時代より、50年も前ということに成るね」
「……Oh、Chaosケイオス

 私たちの誰もが見たことのない小さな機械を慣れた手付きで起動させて、何かを確認した後、彼/キリュウ・トキワは呆然と天井を仰いで、しばらく放心していた。
 そしてそれは、私たちも同じだった。

「ねぇ、お姉?つまりどういうことなの?」
「私にも、良く解らないわ。こういうのはティムの専門でしょ?」

 オカルトマニアの弟を見やると、彼は鼻息を荒くして、ガラス窓(向こう側からは鏡に見える)に手をついて、中を凝視していた。
 
「ほ、ほんとうに、未来人!?あ、あんなに小さな板が、電話だって!?文字も書けてる!メモ帳にもなるのかよ!」

 あ、ダメだこいつ。と私たち姉妹が愚弟を白い目で見つめると……

*****

 聞き捨てならない言葉に、僕はつい録音を停めて叫んだ。
 
「待った!これはドキュメンタリーな記録なんだから、嘘はやめてくれよ、姉さん!」
「嘘じゃないわよ。いくら50年も前の事だからって、あんな強烈な体験、忘れられるわけないでしょ?」

 と、向かいに座るクリス姉さんは、バカっぽい顔(恐らく当時の僕のモノマネ)をしながら続ける。

「『すごいっ、すごいや未来!あんな発想、現代の作家の誰も思いついていない!すごくスマートでセクシーだ』って大声ではしゃぐもんだから、父さんに摘まみ出されたんじゃない。だから私に話を聞きに来たんでしょ?」
「……そう、だった。……クソ、自分の恥を自分で掘り当てちまった」
「そういうの、『あの人』の国の言葉で『クロレキシ』って言うそうよ」

 昔と変わらぬ悪戯っぽい笑みを浮かべ、姉さんは楽しそうに言った。

「はぁ、とにかく続きを聞かせて。僕が摘まみ出された後の所から……」

 そして僕は、録音を再開する。

*****
再び、クリスティーナ・ハーグマンの証言

 ティムがカンカンになった父さんに摘まみ出された後、『彼』はおっかなびっくりって様子で、捜査官たちに確認したの。

「本当に、1985年?……えっと、ロナルド・レーガンが大統領で、ゴルバチョフが書記長で、……タイタニック号が海底から発見された年?」
「はっ、んなこと新聞読んでりゃ常識だろ。……ん?タイタニックって、氷山にぶつかって沈んだ客船だっけか?見つかったってニュースなんかあったか?」
 
 ライリーって捜査官は疑っていたけど、もう一人、ローマン捜査官の方は慎重に聴取を進めていた。

「いや、『まだ』見つかっていないよ。……後で今日の新聞を持ってこさせるが、先に君の言っている事が事実か確認させてくれないか?……その、すまほ?とやら以外で、君が2035年から来たと証明出来る物はあるかね?」

 問われた『彼』は、しばらく考えた後、まずは自分の衣服を指した。

「『ユニクロ』って、まだアメリカには出店して無い、ですよね?」
「うん、知らないメーカーだね」
「はんっ、服なんざ証拠になるか。未来ならアルミみたいにテカテカした(ザッザッ)こんなピッチリスーツ着てるんじゃねぇのか?」

 ライリー捜査官は胸元を撫で下ろすジェスチャーを交えながら一蹴すると、『スマホ』なる平たい機械を取り上げた。

「コイツだって、確かに見たこともねぇハイテクなモンだが、MITあたりが本気だしたジョークアイテムって可能性もある。てめぇが本当に未来人だって言うなら、他の証拠を出してみろ」
「と、言われても……」

 『彼』は困り果てた顔で暫く考え込むと、ハッと唐突に顔を上げた。

「そうだ!俺の着ていたライダースーツ一式とバイク!あと、バイクの後ろに取り付けたコンテナを!『ファニー』の奴なら、決定的な証拠になります!」
「「……ファニー?」」

 2人の捜査官は、互いの顔を見合わせた。

######
参考資料:
聴取記録 事件番号ΔΔΔ-ΔΔΔΔ#2(極秘資料につき抹消)
被疑者(抹消) 聴取担当者:R.J.Johnson/L.M.Johnson

 聴取開始から45分後。証拠品として、被疑者の着用していた装備一式と、押収した軽車両に取り付けられていたコンテナ3基を、被疑者に対して提示する。
    
「ご所望の品だ。……あー、ライダースーツとプロテクターが、のは俺たちの所為せいじゃねぇぜ?病院に担ぎ込まれた後、治療の為にドクターとナース達が無理やりかしたからだ」

 ライリー捜査官の言う『こうなった』とは、スーツは足首からハサミが入れられ、しかし簡単には斬れなかったのかジグザグな軌跡で細切れにされ、プロテクターは接合部がで抉じ開けられひしゃげた有り様になっている状態だ。
 簡潔に表すなら、『スクラップ』。

 被疑者はひきつった表情を浮かべながら、天井を見上げ呟く。

「さようなら、夏のボーナス。こんにちは始末書」
「あのなぁ、始末書より先に供述調書だろうが!良いからさっさと、『決定的な証拠』とやらを見せろ」

 ライリー捜査官に急かされ、被疑者はハッ、と我に返えると、馴れた手付きで、容量約40Lのコンテナを扱う。

「『ファニー』を入れたのは、3番だから……3番、3番、あっこれだ。暗証番号はイヤナヤツ……」

 と呟きながら、コンテナの蓋部分に手をかざすと、そこに青白く光るテンキー数字板が現れ、被疑者は『18782』と打ち込んだ。
 すると、ピピピ、との電子音と共に、独りでに蓋が開き、スポンジに覆われた半球形の装置が顕となった。
 そして被疑者は、スポンジを適当に外しながら宣う。

「こいつは『ファニー』、正式名称は『Fractal自己回帰性 Artificialintelligenc人工知能 Neural神経 Network type回路型 Y-modelワイ・モデル』といって、簡単に言うと、自分で自分の現状を分析して成長できる人工知能って事です。この半球の中は、人間の神経細胞Neuronを模した構造になってて……て、本人を『起こす』のが先か」

 と、これまでの虜囚めいた態度から一変、活き活きとした語り口の被疑者は、半球へ向かって声をかけた。

「ファニー、ウェイクアップ」

 すると、半球から逆円錐形の光が垂直に放たれ、その平面部分を足場に、三等身のピエロが構築された。
 出来上がった当初は、人形の様に直立しつつ項垂れて目も閉じた状態だったが、数拍置いてゆっくりと『目覚め』た。

『ふぁぁ……やっと出られた。ほぼ丸一日トランクに入れっぱなしってぇ……なんかあったぁ?』

 半球形の本体部分から、可愛らしい少女の声が流暢に聞こえた。それに合わせて、宙空に投影された人形も背伸びのポーズを取る。
 が、ピエロの目がライリーとローマンの両捜査官を認めると、その動きがピタリと止まる。

『ぇ……誰?』
「ファニー、慎重かつ正確に、トラブルシューティングを実行してくれ。眼の前の2人はFBIの捜査官。ここはフェアリーロイト警察の取調室。そして、……現在は1985年8月16日、らしい」
    
 被疑者がそう語りかけると、映像のピエロは彼へ振り返り、耳に手を当てて聞き返す。

『パードゥン?……トッキー、何をやらかしたの?それに1985年?今は2035年でしょ?時刻補正……アレ?出来ない?……ネット回線不通?』

 『ファニー』は訝しむ仕草で、自分の周りに四角いパネルをいくつも出現させ、その一つ一つを指でなぞっては、段々と険しい表情になっていく。

『通常無線通信不通。Wi-Fi、Bluetooth、使用可能ハブ検知できず……ウソウソウソッ!?周辺環境リサーチ!……壁も天井も電波遮断能力なし!なのに何で……あった、回線見つけ……って、コレ『CSNET』ぉぉ!?』

 遂には幽霊に遭遇したような絶叫をあげ、『ファニー』はオロオロと周りを見渡す。

『あわわわ、ナニコレナニコレ、何か新種の実験!?』
「……なぁ、ローマン。俺はどっかで押収品のコカインを吸っちまったのか?」
「いや、ライリー。我々は正気だよ」

 と、捜査官たちは、もはや取り調べどころでは無くなっていた。

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