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碩学研究者1
しおりを挟む使用人型によって給仕されたのは、ムジカが今まで見たことがないほど上品な料理の数々だった。
スープから始まり、どこから食べたらいいのかわからない、生野菜みたいのものが乗ったひと皿。ようやく魚や肉が来ても、薄味で全くおいしいと思えなかった。
教養のある人間ならば芸術的な盛り付けと表するのかも知れないが、ムジカにとっては腹の足しにもなりづらいへんてこ料理だ。
さらに言えばムジカがカトラリーの持ち方でまごついたり、音を立てたりするたびに、目の前の男に鼻で笑われたりあきれのまなざしを向けられるのだ。なけなしの食欲も減退する。
「まったくバーシェ料理は最悪だった。大味で、下品で、量だけがある。食事はイルジオ式に限る」
だめ押しのその一言で、ムジカはアルーフを大嫌いになった。
バーシェの人間は忙しいため、外の都市より食事に気を遣わないと言われるが、それでもけなされて気分が良いわけがない。
もうどうにでもなれと無造作にフォークを投げ出せば、アルーフは片眉を上げた。
「おや、もういいのかね。粗野なバーシェ都市民と思えば存外イルジオの令嬢のような貧弱さがあったのかい」
「拉致された時にあの野郎に殴られてこちとら気分が最悪なんだ。食欲なんてねえよ」
実際殴られて意識を飛ばした後遺症で、頭痛と吐き気が続いていた。
もはや怪しい敬語を使う気も失せて当てこすれば、アルーフは気にして風もなくあっさりと応じた。
「ではデザートを運ばせよう。ショコラと、ケーキ。ギモーヴ、マカロンも用意できるが。飲み物はコーヒーで」
「ここはバーシェだぞ。紅茶に決まってるだろ」
「うむうむわがままだねえ」
それでも皮肉ったのだが、なぜか楽しげにされた。
若干の薄気味悪さを覚えつつも、言いつけ通り使用人型が運んできた小さな菓子類をムジカは一つつまむ。
砂糖をふんだんに使ったそれでようやくムジカは味がわかり、また滅多に食べられない菓子についつい顔がほころぶ。
「やはり女の子はお菓子が好きだね。たくさんあるからどんどん食べたまえ」
「言われなくても食う」
にたにたとでも表したくなるような喜色を浮かべるアルーフがつかめず、ムジカは調子が狂わされる。
だが、それでもコーヒーと紅茶のかぐわしい香りが立ち上る中、ようやく本題に入ることができた。
「で、飯は終わっただろう。質問に答えろよ。何であたしを知っていた。なんであたしを拉致した。目的は何だ」
矢継ぎ早に質問を浴びせかければ、上品にコーヒーカップを傾けていたアルーフは悠然とした態度を崩さないまま続けた。
「ふむ、順番に答えよう。まず1つ目、なぜ君を知っているか。それはもちろん調べたからだ。まあ少々部下が聞き込めばあっさりわかったけどね。かたくなに1人を貫いて、着実に成果を上げる仕事ぶりは第5探掘坑では知らない人間はいなかった。『野良猫ムジカ』あるいは『死にたがりのムジカ』だっけ? レディに失礼な名前をつけるものだね?」
第5探掘坑での呼び名を持ち出され、不愉快きわまりない。
だが、自分を助けられるものは自分しかいない。そのことをよく知っていたムジカはめまぐるしく思考を回転させつつも黙り込んだまま、斜め向かいにいるアルーフをにらむ。
「2つ目、なんで君を招待」
「拉致だ馬鹿」
今度も薄気味悪い反応をされるかと思ったが、アルーフのこめかみがわずかに引きつった。
「……低俗な下層民に馬鹿と称されるのは実に不愉快だ。姉さんに少しでも似ていなかったら殺していたところだ」
わずかに本性を覗かせた男の漏らした本音に、ムジカは妙に安心した。
意味のわからない好意を示されるより、敵意や嫌悪感をあらわにされる方がずっと対応しやすい。
ついでにムジカはアルーフに感じていた既視感に気がついた。
この男は、壁に掛けられている絵画の少女にどことなく似ているのだ。
ただ今は関係ない話だ。せいぜい粗野に見えるように腕を組み、ムジカはにやりと唇の端をあげてみせた。
「奇遇だな。あたしもあんたを亡霊の群れの中にたたき込みたくて仕方がない」
ムジカが発した明らかな威嚇行為にアルーフは軽く驚いて、使用人型に目を走らせたが、彼女たちは何ら反応を示さない。
確かに使用人型は主人に対する敵対行為を認めた場合、制圧に走る。しかしそれは使用人型に登録された単語によって判断されているのだ。ムジカがやったように、比喩表現を使えば彼女たちは反応しない。
ほんの少し、アルーフのムジカを見る目が興味深げなものに変わった。
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