夜明けのムジカ

道草家守

文字の大きさ
50 / 78

碩学研究者1

しおりを挟む

 使用人型によって給仕されたのは、ムジカが今まで見たことがないほど上品な料理の数々だった。
 スープから始まり、どこから食べたらいいのかわからない、生野菜みたいのものが乗ったひと皿。ようやく魚や肉が来ても、薄味で全くおいしいと思えなかった。
 教養のある人間ならば芸術的な盛り付けと表するのかも知れないが、ムジカにとっては腹の足しにもなりづらいへんてこ料理だ。
 さらに言えばムジカがカトラリーの持ち方でまごついたり、音を立てたりするたびに、目の前の男に鼻で笑われたりあきれのまなざしを向けられるのだ。なけなしの食欲も減退する。

「まったくバーシェ料理は最悪だった。大味で、下品で、量だけがある。食事はイルジオ式に限る」

 だめ押しのその一言で、ムジカはアルーフを大嫌いになった。
 バーシェの人間は忙しいため、外の都市より食事に気を遣わないと言われるが、それでもけなされて気分が良いわけがない。
 もうどうにでもなれと無造作にフォークを投げ出せば、アルーフは片眉を上げた。

「おや、もういいのかね。粗野なバーシェ都市民と思えば存外イルジオの令嬢のような貧弱さがあったのかい」
「拉致された時にあの野郎に殴られてこちとら気分が最悪なんだ。食欲なんてねえよ」

 実際殴られて意識を飛ばした後遺症で、頭痛と吐き気が続いていた。
 もはや怪しい敬語を使う気も失せて当てこすれば、アルーフは気にして風もなくあっさりと応じた。

「ではデザートを運ばせよう。ショコラと、ケーキ。ギモーヴ、マカロンも用意できるが。飲み物はコーヒーで」
「ここはバーシェだぞ。紅茶に決まってるだろ」
「うむうむわがままだねえ」

 それでも皮肉ったのだが、なぜか楽しげにされた。
 若干の薄気味悪さを覚えつつも、言いつけ通り使用人型が運んできた小さな菓子類をムジカは一つつまむ。
 砂糖をふんだんに使ったそれでようやくムジカは味がわかり、また滅多に食べられない菓子についつい顔がほころぶ。

「やはり女の子はお菓子が好きだね。たくさんあるからどんどん食べたまえ」
「言われなくても食う」

 にたにたとでも表したくなるような喜色を浮かべるアルーフがつかめず、ムジカは調子が狂わされる。
 だが、それでもコーヒーと紅茶のかぐわしい香りが立ち上る中、ようやく本題に入ることができた。

「で、飯は終わっただろう。質問に答えろよ。何であたしを知っていた。なんであたしを拉致した。目的は何だ」

 矢継ぎ早に質問を浴びせかければ、上品にコーヒーカップを傾けていたアルーフは悠然とした態度を崩さないまま続けた。

「ふむ、順番に答えよう。まず1つ目、なぜ君を知っているか。それはもちろん調べたからだ。まあ少々部下が聞き込めばあっさりわかったけどね。かたくなに1人を貫いて、着実に成果を上げる仕事ぶりは第5探掘坑では知らない人間はいなかった。『野良猫ムジカ』あるいは『死にたがりのムジカ』だっけ? レディに失礼な名前をつけるものだね?」

 第5探掘坑での呼び名を持ち出され、不愉快きわまりない。
 だが、自分を助けられるものは自分しかいない。そのことをよく知っていたムジカはめまぐるしく思考を回転させつつも黙り込んだまま、斜め向かいにいるアルーフをにらむ。

「2つ目、なんで君を招待」
「拉致だ馬鹿」

 今度も薄気味悪い反応をされるかと思ったが、アルーフのこめかみがわずかに引きつった。

「……低俗な下層民に馬鹿と称されるのは実に不愉快だ。姉さんに少しでも似ていなかったら殺していたところだ」

 わずかに本性を覗かせた男の漏らした本音に、ムジカは妙に安心した。
 意味のわからない好意を示されるより、敵意や嫌悪感をあらわにされる方がずっと対応しやすい。
 ついでにムジカはアルーフに感じていた既視感に気がついた。
 この男は、壁に掛けられている絵画の少女にどことなく似ているのだ。
 ただ今は関係ない話だ。せいぜい粗野に見えるように腕を組み、ムジカはにやりと唇の端をあげてみせた。

「奇遇だな。あたしもあんたを亡霊ゴーストの群れの中にたたき込みたくて仕方がない」

 ムジカが発した明らかな威嚇行為にアルーフは軽く驚いて、使用人型に目を走らせたが、彼女たちは何ら反応を示さない。
 確かに使用人型は主人に対する敵対行為を認めた場合、制圧に走る。しかしそれは使用人型に登録された単語によって判断されているのだ。ムジカがやったように、比喩表現を使えば彼女たちは反応しない。
 ほんの少し、アルーフのムジカを見る目が興味深げなものに変わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...