死神獣医は甘く囁き恋という死に誘う

阿佐美まゆら

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「ちょっとごめん!バースが病院に入ってくれないの!先行ってて!」


「ワフン!バゥアゥアオォーーン!!!」
『やだよ、絶対やだやだやだやだ!!またこの人間、嫌なコトするんでしょ!アイカは心配だけど、ここだけはイヤァァアーー!』


病院の敷地内に入った途端にバースが尻尾を震わせ腹部の方に巻いてリードの引く力に必死に抵抗をしている。
犬が怯えている証拠だ。
現にバースは前足を突っ張り、これ以上先に進まないように踏ん張って激しく鳴いてイヤイヤと首を振っている。
大型犬の全力に女の子の涼子が敵うはずもなく、リードを強く引っ張っても動かない石像の様に頑としてバースは動かなかった。


「あぁ、五十嶋さんのことはあとは僕に任せて。バース君はここが嫌みたいだから、市谷さんは先に家に帰ってればいい」


縣さんは私に肩を貸している状態で涼子に振り返った。


「ごめんね、涼子。大丈夫だから先に帰ってて」


嫌がっている犬を強引に連れていってもストレスになるだけ。私も縣さんに同意した。


「私こそ、このおバカさんのせいでアイカを怪我させちゃったんだから。また今度謝罪させてね。じゃ、また明日ねーー!」


涼子がそう言うや否や、バースは病院とは反対方向に駆け出していた。それに引き摺られていく涼子の姿を見て溜息が出る。あの勢いで走って行って涼子が無傷で無事に家まで辿り着けるだろうか…


「カァァァア…」
『あのバカ犬はしっかり躾し直さないといかん。飼い主ももっと犬に舐められない様にしないとな』


シェバトが私の肩に舞い降りてきてチョコンととまった。シェバトのまともな発言に、私も珍しく同意したくなった。


「さぁ、あと少しだよ。正面玄関まで歩けるかい?」


縣さんに優しくうながされて、頷く。

痛む足を引きずりながらゆっくりゆっくりと歩き、縣さんのリードで病院内に入った。今は夕方のせいか患者さんは誰もいない。
とりあえず誰の迷惑にもならなそうで、それにホッと胸を撫で下ろした。


「ほら、ここ座って。今、救急セット持ってくるから」

「はい。何から何まですみません…」


ゆっくりと私がソファーに腰を下ろすとクリニックの奥からスタッフさんが飛び出してくる。
看護師の方だろうか。髪をおだんご状に一つに纏めて、清潔そうなナース用のチュニックを着ている利発そうな女性だ。


「ちょっと、先生!どこで油売ってたのよ!」

「待たせてごめんね、田中さん。営業をしに行ってたんだよ。その途中で怪我してる子を見つけちゃってね」

「先生、お金にならないボランティアもいいけど…あなた経営者でしょ…」

「いいじゃない、ここには滅多に誰も来ないんだからさ」


縣さんが奥に姿を消すと、田中さんと呼ばれた女性が振り返った。そして嬉しそうな顔をする。


「あら?もしかしてお客様!?先生ったら、そんな事言ってちゃんとお仕事してきたんじゃない。すみません、おまたせしてしまって!えーっと、患者さんは?まさか怪我してる子って、そのカラス!?」


看護師さんは私の肩にとまっているカラスを見て、驚いた様な声をあげる。
鳥類の患者さんはいても、カラスをペットとして連れてこられるのは初めてなのだろう。
しかも、こんなに人慣れしているのにコイツは私のペットではない。


「ごめんなさい、違います…」


「カァァァー」
『おい、オレは至って健康だぞ』


健康を証明するかのようにカラスがひと鳴きする。
それを見た田中さんはどこか残念そうにため息をついた。


「あら、違うの…残念」


縣さんが奥から救急箱を小脇に抱えて持ってきてくれた。


「あったあった。ここは人間相手じゃないから、こんなのあまり使わないからね。棚の奥で眠ってたよ。さあ、足を出して」


縣さんが私に構っているのを何故か冷めた表情で見ている田中さんに気付いたけれど、この時は二人の関係性など知るわけもなく、後々思い至るのだけれど。
やけに田中さんの表情が印象に残った。


「私、上がりの時間なのでそろそろ失礼するけれど、戸締りしっかりしてね」

「あぁ、わかった。お疲れ様」


患者さんではない私達に興味を失ったようで、田中さんは踵を返して待合室を出て行ってしまった。
その場には私と縣さん二人だけ取り残される。


「びっくりしただろ?誰もいなくて。ここには何故かね、患者さんが滅多に来ないんだ。近年のペットブームで他の動物病院は繁盛してるみたいだけど…」

『おまえから死の匂いがするからに決まってるだろ。大抵の動物はビビって病院にも入れやしない』


シェバトから、直接声が頭に流れ込んでくる。
何故かシェバトとは鳴き声だけではなく、テレパシーのように頭の中で会話ができる。だが、気持ち悪いからやめてと昔にお願いしてからあまり会話をすることもなかったが、今になって急に喋り出した。


「じゃあ、シェバトはどうして入れたの」


それに自然と声を返してしまう。



「?」


縣さんが不思議そうな顔をしている。
会話の流れから少し外れてしまったのに気づいて、改めて言葉を探して言い直す。


「あ、いや、このカラスは何で大人しくここにいるんだろうって」


「そういえばそうだね。ここに来る子達は大概僕を見て怯えて暴れるのに」

『俺は俺であって俺でないからな』


シェバトが「カァー!」と鳴いて胸を張る。


「なにそれ…よくわからない」

「そうだね、動物達の気持ちはよくわからない。でも、昔から僕は動物達に嫌われてるんだ。ただ単に僕はこの尊い命を救いたい、救わなきゃいけないと思って獣医をしてるんだけどね」

『動物達だけじゃない。こいつは命そのものに嫌われている。それは、こいつの業だ。どうしようもない。だから、こいつに関わるのはこれっきりにしろ。じゃないと…』


業…?

シェバトの言い方は、まるで縣さんと面識があるよう。
このカラスは縣さんの何を知っているのだろうか…。


「嫌われてるって、それは…何故?」


思わずシェバトの顔を覗きこむと、縣さんもカラスに向けるような私の仕草と会話を不審に思ったのだろう。
黒い瞳が私をジッと見る。その底無し沼のような黒色に、魂まで吸い込まれそうだ。


「…君は誰と会話しているんだい?僕と…ではないよね。もしかして、そのカラス?」

「いや、ちが…」


違わない。私はシェバトと会話をしていた。
縣さんの目は私の本心を見透かしているかの様で、妙に心をざわつかせた。
二人の間に微妙な沈黙が過ぎ去る。
沈黙の間にも彼の手は止まらない。
縣さんの処置は人間相手なのにとても精錬されていて、彼の腕が良い事がわかる。それなのに、何故動物達に嫌われるのだろうか…
そんなことを考えていると、いつのまにか処置は終わっていたようで、捲っていた乱れたスカートを縣さんが丁寧に戻してくれていた。


「はい、できた。あくまでも応急処置だから明日になって痛みが引かないようだったら、もっとちゃんとした病院に行ってね」


縣さんは優しい言葉をかけながら救急箱を片付ける。

カタッーーカタッーーカタッーー

ハサミにーー包帯にーー消毒液ーー

それらを箱の中に入れていく音に、心臓の音が急かされる様に強く脈打つ。

彼には、言ってもいいような気がした。
全て言わないといけない気がした。
何も根拠はないけれど、シェバトのこの反応は今まで見た事がない。
私がこの力を持って産まれた意味が、シェバトが私の後をついて回る意味が、わかるような気がした。
私は怖気付きそうな口を無理やり開いて心の中で渦巻いている気持ちを吐き出す。



「もし…もしそうだと言ったら?」

「カァァァア!カァ!カァァァア!!」
『おい、やめろ。それ以上深入りするな!』



その一言を捻り出すと、シェバトが羽根をバタつかせて鳴きだし騒ぐ。
いつもは一本抜けただけで気にする黒い羽根が舞い散るのも構わずに。


「うん?カラスと会話できるってやつ?」


わたしはコクンと頷く。


「もしそうなら、素敵だと思うよ。人間には理解できない世界があったら、楽しいじゃない?僕はそういうの好きだな」

「…そうですか」


まともに話を聞いてもらえそうな縣さんのその言葉に少し安心する。
普通ならこんな突拍子も無い話、きみ悪がるか笑って済ませる人が大半だろう。


「で、わかるの?言葉」


少しばかり考え込んだ後に小さく頷き、慎重に言葉にしようと少しの間考える。
今から話すのは、とても信じられない話しだろうから。
自分でもこの能力は気持ち悪いくらいだ。

「…シェバトは先生からは死の匂いがすると言っています…」

「カァ!カァァァア!!!」
『やめろ、アイカ!!!』


シェバトはさらに激しく鳴く。
それだけに驚いた訳じゃないだろう、縣さんの目は驚きに見開かれた。


「まさか…それは本当の話?でも死の匂いか…強ち間違いじゃないな。僕の手は何度も解剖や手術をして血に塗れてる。それよりも…」


私の話を肯定してくれたのは、信じてくれたから?
それとも…


「ねぇ君。シェバトって何の意味かわかってる?君は悪魔とでも契約したって言うのかい?」


こんなところでシェバトの名前が出て来るとは思わずに呆気にとられてしまう。



「?悪魔と、契約…?」

「わからないならいい。遠い、ヨーロッパの昔話さ。忘れて」


悪魔?
ヨーロッパ の昔話?
そんなの初めて聞いた。

私は痛くなりそうな頭を抱えて困惑する。
この感覚は何だろう。
懐かしい、この感じ。

その感覚に答えの出ないまま、縣さんが離れていく。


「さあ、そろそろ帰りなさい。日が暮れる。送ってあげたいのも山々だけど、営業時間内は院内を留守にしておけないんだ。もう自分の足で帰れるね…?」


縣さんは、この話は終わりとばかりにそっと院内のカーテンを閉めた。




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