29 / 214
第二章
その2
しおりを挟む三日後に迫ったライデン市の夏祭りに向けて、アドラーは準備を整える。
エルフ秘蔵の香辛料でも、これだけではあの味にならぬ。
香辛料は高価だとのイメージがあるが、それ自体が珍しいわけではない。
一時代、輸送と仲介で数百倍に跳ね上がっただけ。
『現地では、家畜の餌に混ぜて風味を良くするほど採れた』と記録が残ってるのをアドラーは知っている。
それでも舌への刺激には消えない需要がある。
決して肉の保存の為だけに金銀を支払ったわけではない。
そしてここライデン市は、商人の力が強い一大交易都市。
大陸一円から香辛料が集まる街で、アドラーは市場の一角へ踏み込んだ。
「まあ……安くはないんだけどな」
大量の香辛料を前にアドラーは吟味を重ねる。
ウコンにターメリックにクミンにコリアンダーにレッドチリにカルダモンにシナモンにブラックペッパーなどなど。
欲しい物は沢山あるが、地球と同じ物があるわけではない。
結論は……『ちょっとずつ買って、混ぜながら調整しよう!』となった。
少しずつ炒めて塩で調整しながら、アドラーはカレーの素を作る。
「2日も台所を占拠して何やってるにゃ?」
「さあ、変わった料理を作るらしいよ?」
バスティとキャルルが遊びながら見つめていた。
「出来た……!」
不眠不休で二晩、遂にスパイスの黄金レシピが生まれた。
「おいダルタス、こっち来て味を見てくれないか」
アドラーは、ダルタスと言う名のオーク族を呼んだ。
「なんだ団長、呼んだか?」
ダルタスがやってくる。
身長230センチを超える大巨漢、とある事件がきっかけでアドラーに身柄を預けている。
――いずれ語られることもあるだろう。
「これを飲めと? うーむ凄い匂いだが、団長が飲めと言うなら毒でもいただこう」
「毒じゃないよ。ちょっと辛いけど、美味いはずだ」
ダルタスは小皿の試作品を迷わず飲み干す。
「……!? か、辛い。だがそれでいて複雑。辛味と苦味の後に甘さも混じった複雑な香りが鼻孔と脳天を貫く……! 団長、これはなんだ?」
「ふっ。俺の故郷の料理、カレーさ」
「団長、このカリーとやらは売れるぞ!」
男二人は、台所でがっつりと握手した。
「何やってるにゃ、あいつら?」
「さあ……大人のすることはわかんないね」
猫の毛に顔をうずめながら、キャルルは怪訝な顔をしていた。
大人は時に理不尽なことも言う。
「いやだ、絶対にやだ! ボク、こんな服絶対に着ないからね!」
ミュスレアの弟キャルルは、全力で拒否していた。
「まあそんなこと言わずに着替えるにゃ」
「そうそう。嫌がると力づくでやっちゃうよ?」
人型に戻った女神と竜族の姫が、クォーターエルフの少年を追い詰める珍しい光景があった。
「キャルルには悪いと思っている。予算の都合でこのタイプの衣装しか出来なかった。すまん、けど似合うと思うぞ?」
「兄ちゃんまで!!」
アドラーは、衣装も仕立て屋に注文していた。
自分には白いコック服、そして給仕を務める団員達には……。
バタンと、奥の部屋から着替えたリューリアが戻ってくる。
黒のワンピースに腰で縛る前掛けエプロン、白い付け袖に付け襟、足元にはアドラーが半日も探し回った黒革のおでこ靴。
襟元と頭にはリボンと、クラシック風のメイド服姿。
「リュー、素晴らしい! とても良く似合う、かわいいよ!」
「えへへ、そうかな」
リューリアがくるっと一回転すると、長い裾がふわっと広がる。
「リューねえ、助けて! こいつらボクにその服を着せようとするんだ!」
キャルルはまだ抵抗していたのだが。
「良いんじゃないの、多分似合うわよ。あんた達、やっておしまい」
姉は冷たかった。
許可を得たバスティとブランカが、同時にキャルルに襲い掛かる。
しばらくして、そこには半泣きの中性的なエルフメイドが現れた。
「ぐすっ……なんでボクのスカートだけ短いのさ……」
「逆だキャル。リューだけ長くしてもらったんだ」
大人しい印象のリューリアにはロングが似合うと、アドラーの拘りだった。
「おい、アドラー! なんだこれ!?」
次はミュスレアが飛び込んできた。
ミニのフレアに、太もも丈のガータータイツ、こちらは現代風メイド。
「さすがミュスレア、良く似合ってる!」
「そ、そうかな? へへ、じゃなくて。胸の上のとこがこんなに空いてるし!」
「ミュスレア、大人はその衣装と決まってるんだ。分かってくれ」
アドラーは大嘘を付いた。
リューリアとキャルル、それとバスティとブランカは可愛さ重視。
ミュスレアともう一人、”森の魔女”ことマレフィカには、色気のある衣装を用意していた。
――彼女の物語はもうすぐ始まる。
「あれ? マレフィカは?」
アドラーは、開店直前になってギルド員が一人足りない事に気付いた。
魔女は影が薄いのだ。
「さっき、森の家の方に飛んでいきやしたぜ」
オーク族のダルタスが告げた。
「まあ良いか。5人も居れば足りるだろう」
アドラーは一人くらい大目に見ることにした。
「ところで団長、あっしもそれを着るんですかい?」
魔女に着せるつもりだったメイド服を持ったアドラーと、ぺたんと座り込んだままのメイド服の少年を見ながらダルタスが聞いた。
「いや、ダルタスには米を炊いてもらう」
この世界にもイネ科の長粒種に似た穀物があった。
かまどで何百人分も炊くのは重労働だが、オークの力ならばこなせる。
「会計はリューリア、注文はキャルルとバスティ、運ぶのはミュスレアとブランカだ。ギルドのお財布はこの出店にかかってる! みんな張り切っていくぞ!」
キャルル以外は右手を上げて威勢をあげる。
異世界でのカレー屋さんが始まった。
0
あなたにおすすめの小説
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる