朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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第二章

その3

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「兄ちゃん……ボク、ほんとにやるの?」
 涙目の少年エルフがメイド服姿でアドラーを見上げる。

『なるほど、これは分からんでもない』
 アドラーは一部の趣味を理解したが、表情は崩さずに告げた。

「キャルル、男には前線に立たねばならぬ時があるのだ」
「なんで男が女の服着てんのさ!」

 まるで女の子みたいだよ、とはアドラーも言わなかった。

 代わりに「涙を拭け。恥ずかしがるな、堂々としてれば平気だ!」と答えになってないことを言って、キャルルをフロアに送り出した。

 机が十卓、椅子が四十脚あるフロアからは黄色い悲鳴が上がった。

 お昼の少し前に開けた”太陽を掴む鷲”の出店には、いきなり近所の女の子達が押し寄せた。
 何処で聞きつけたのか、キャルルくんが接客してくれるとの話が広がっていた。

 キャルルは3姉弟の中で一番エルフの血が強く出て、ブロンドに明るい瞳の端正な顔立ち。
 訳あってこの街を去った時など、多数の少女が涙したという。

「どんな衣装を来ても素敵……」
「お姉さまって呼んで欲しい」
「ずっとあのお姿で良いのに……!」

 メイド服を着たキャルルは、吹っ切れたかのようにテーブルの間を泳ぎ回っていた。
 戸籍のないクォーターエルフという立場に生まれた彼は、他人に弱いところを見せるのを極端に嫌う。

「ああ、これ? 姉さんらに無理やり着せられたんだ、困るよね」
 キャルルが俯いて笑うと、その度に歓声が上がる。

『す、末恐ろしい……』と、アドラーは心の底から思う。
 少年には、アドラーにはない才能があった。

 しかし、いきなりの満員御礼。
 アドラーは勝利を確信しかけたのだ……が。
 
「カレーの注文が来ない……」
 来るのは飲み物の注文ばかり。

 それもそのはず、少女達にとってキャルルくんの前で大皿に乗ったカレーなど食べれる訳がない。
 銀貨一枚という値段設定も少しお高い。

「しゃーないな。海老で鯛を釣るか」
 アドラーはテーブルごとに大盛りカレーをサービスした。

 小さな取り皿を付けて「ご両親によろしくね」と宣伝するのも忘れずに。

 刺激のある辛さとふかふかで甘いお米。
 とろみのある不思議な食感のスープがかかった異世界の料理は、少女達を虜にした。

「なあに、これ?」
「辛い、けど美味しい!」
「もっと食べ……いえ、お母様にも食べさせてあげたいわ!」

 評判も上々だが、さらなる副次効果もあった。
 ちなみに福神漬は用意できなかった。

 出店からただようカレーの香りが、道行く人々を引きつける。
 店内に充満する女子の集団に一度は驚くが、鍛えられたギルドの面々は獲物を逃さない。

「いらっしゃい!」
「いらっしゃいだにゃ!」
「並んで下さいね」

 店に、行列ができ始めた。
 キャルルを目当てに来た女の子達は、しぶしぶと立ち上がる。
 メイド服の王子様の前で、行儀悪く居座るなど出来なかった。

「へいらっしゃい! メニューはカレーのみだよ!」
 威勢よく客を迎え入れると、アドラーは厨房に入った。

 それからは戦場になった。
 客足が途切れない。

 ブランカは尻尾を使って3つ同時に皿を運ぶ。
 リューリアは計算を間違えずに勘定を続け、吹っ切ったキャルルの笑顔に数人の男性が本当の自分に目覚める、ミュスレアの谷間がさらにお客を呼び込んだ。
 バスティまでが真面目に働くほどだった。

 アドラーは強化魔法を全力で使い、ひたすら皿を洗ってはカレーを出す。
 途中で鍋2つ分も作り足すほどだった。

 夜になって客層が変わる。
「おい押すんじゃねえ!」
「まだか? だいぶ並んでっぞ、おら!」

 評判を聞きつけ、冒険者連中がやって来た。
 ガラが悪いことこの上ない。

「もー、駄目ですよ。ちゃんと並んでくださいね?」
 殴りに出ようとしたミュスレアを止めて、リューリアが注意をする。

「あ、ごめんね。リューリアちゃん」
「ほら、そこ! 一列に並べ、はみ出てっぞ!」

 ライデンの女冒険者の3巨頭、ミュスレアとグレーシャとエスネ。
 その座を脅かす者が最近現れた。

 ”太陽を掴む鷲”に入った新人ヒーラーのリューリア。
 はつらつとした若さに姉と違っておしとやかで家庭的、あと三年以内に勢力図を塗り替えると、男の冒険者の間ではもっぱらの噂だった。

『グレーシャの耳に届けばどうなるか……』と、アドラーは心配していたが。

 客は途切れないが問題も起きた。
 それに対して、アドラーは一枚の貼り紙をした。
『冒険者の酒は一杯まで』

「なんだアドラー! 飲んでやってるのにひでーじゃねえか!」
「うるせえ、居座ってんじゃねえよ。飲み屋じゃねえんだ!」

 アドラーも、冒険者の使う乱暴な物言いになれた。
 この程度、ただの日常会話だ。

「忙しそうだな、アドラー」
 声をかけたのは、”シロナの祝祭”団の副団長、青のエスネ。

「来てくれたのか。どうだった?」
「ああ、素晴らしく美味かったぞ! みんなも満足したようだ」
 このところ縁のあったライデンのトップギルドが、こぞって来てくれていた。

「ありがとな。じゃあ俺は忙しいから……エスネ、貸しがあったよな?」

 つい先月のこと。
 とあるクエストで、アドラーはエスネを助けていた。
 危うく全裸で生贄にされるとこを救ったのだ。

「ああ、その節は世話になったが……」
「今返してくれ」
「はい?」

 エスネは「こんなことよりも、団の総力をあげて何時でも力になるぞ!」と言ったが、”シロナの祝祭”の者どもは喜んで副団長を送り出した。

 メイド服の給仕係が一人増えた。
「くっ……! このような辱めを受けるとは、このエスネ、一生の不覚……!」

「そこまで言うなよ。ミュスレアは喜んで着てるのに」
「なぜ私と彼女の服だけ、胸元があいてるのだ!?」

「それは大人用に作ってもらったから」
「くっ……!」

 これにより更に客が押し寄せたが、委員長のエスネは冒険者のあらくれどもを見事にさばいてみせた。

 祭りが終わるまで、アドラーの店は繁盛し続けた。

「えーっとカレーが788皿に、飲み物がこれだけで……しめて銀貨で992枚! あー疲れたわ!!」

 リューリアの勘定がやっと終わる。
 金貨8枚と銀貨32枚分、この祭りで一番稼いだ出店となった。

「疲れたぞー!」
 竜のブランカでさえくたくたになる盛況だった。

「うーむ、カレーの力は偉大なり……」
 アドラーにも驚きの成果。

 原価率は4割弱、もろものの出費を除いても金貨4枚分を一日で稼いでしまう。

「みんな、お疲れ様。特別ボーナスを出すから、本当におつかれでした」
 アドラーの話にも、皆の反応は薄い。

「えーっと、そうだ! 明日の朝は残ってるカレーにしようか、一日置いたカレーは美味いぞ?」

「もうカレーの匂いはこりごりだにゃ!」
 バスティが、みんなの気持ちを代弁した……。

『しかし、これ程とはなあ。異世界料理屋でも開いた方が儲かるのでは?』
 翌日、アドラーはさっそく調べてみたのだが、店を構えるには飲食ギルドの許可が必要であった。

 ライデン市の隠れグルメ、”太陽を掴む鷲”団の特製カレーは、お祭り日だけ食べられる究極にレアな料理として、ひっそりと食通の間に広まるのだった。

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