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第四章
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しおりを挟む『樹冠を舞う四つ羽の黄金鳥』号は、大運河の手前に停泊していた。
と言っても、陸地に十数キロは寄ったとこではあるが、そこからでも海をせき止める海峡がよく見えた。
アドラーは甲板に居た。
船には五十名程の乗客があり、この夜は星空の下にテーブルを並べ酒類まで供される。
船賃は高い、一人あたり金貨で三から六枚。
他に数十トンの貨物、片道の航海で金貨五百枚以上の利益がある。
一隻を作るのに、金貨で三万五千枚ほどかかるが。
「楽しんで頂けてますかな?」
船長のドゥルシアンが、一人で飲むアドラーに声をかけた。
一等船室を貸し切った乗客だから、という訳ではない。
ドゥルシアン船長の耳は長く、大使ファゴットと同じ一族だそうだ。
「もちろんです。海から眺める陸の灯りは美しい。それに、今は連れを待ってるところです」
アドラーの台詞はお世辞ではなかった。
大きな湾が視界の半分を囲み、周囲には黄金鳥号と同じく朝を待つ船が数十隻。
それぞれがマストに明々と光を灯す。
「最近は平和で良いことです。明かりを消して隠れる必要もありません」
「昔は海賊などが出たのですか?」
「ええ、ここは客船も商船も停泊しますから、獲物を選び放題だったのですよ。今は、ミケドニアとアビニシアの海軍が協力して取り締まっておりますので」
世間話を進めるアドラーと船長のところへ、ブランカがやってくる。
「あのね。もうちょっと遅れるって」
ブランカはミュスレアからの伝言を持ってきた。
夜の甲板で一杯飲まないかと声をかけたら、「着替えてくる!」と言い出したのだった。
「そのままで良いのに」と言ったアドラーは、何故か睨まれた。
停泊しているのは帆船が七割にガレー船が三割。
海の上でしかも夜、どの船も相当な距離とって安全を確保していた。
アドラーがグラスを空けると、船長がボーイ役の船員に合図する。
帆船でのクルーズ、これほどの贅沢は、アドラーにとって初めてだった。
「何時もこんな依頼ばかりだと良いのになあ、ブランカ?」
竜の娘は、夜の海をじっと見つめていた。
月は細く、星明りだけの水面は黒としか言いようがない。
「どうした? 美味しそうな魚でも跳ねたか?」
警戒度ゼロのアドラーが、もう一度尋ねる。
ヒトの目はもちろん、エルフの目にも何も見えぬ暗闇を指差し、ブランカは言った。
「だんちょー、船が来る。 真っ直ぐこっちに、小さいのが二隻」
「……へ?」
船長が、海の男の顔になって闇夜を見透かす……が。
「お嬢さん、冗談は駄目だよ。それは海の上では言ってはいけないやつだ。おい、俺にもラム酒をくれ。お嬢さんにも、甘い果汁があっただろ」
豪快に笑い飛ばして、酒を持った船員を呼び寄せた。
「……ほんとか?」
アドラーは、船長よりブランカの目を信用していた。
「細長い船、棒が立ってない。いっぱいの棒で漕いでる」
「……マスト無しの……高速ガレー船?」
「海賊じゃねえか!」
アドラーと船長は、同時に叫んでグラスを落とした。
「どっちだ!?」
「どっちかね、お嬢さん。おい、音楽を止めろ!」
楽器を引いていた船員が、不思議そうな顔をして手を止めた。
アドラーと船長は、舷側にしがみつく。
「くそ、見えない!」
「お静かに願います」
こんな時でも礼節を崩さぬ船長の横でアドラーは黙った。
船長は、耳に手を当てて海から反射する音を聞き分ける。
「櫂が海を切る音がするだと!?」
船長が後ろを向いて、続けて怒鳴る。
「海賊だ!! 総員、戦闘準備! 救難旗を上げろ、信号弾もだ。周囲の船にも警告と伝達を頼め。錨と帆はあげるなよ、下手に動けば難破するぞ」
接近がバレたと分かったのか、派手に水を漕ぐ音がアドラーの耳にも聞こえた。
暗闇の中で、僅かに星の光を反射するものがあった。
「刃物だな。あれを見間違えるわけがない。こい、ブランカ」
「あい!」
アドラーはブランカを引き連れて、船室へと戻る。
ノックもせずに扉を開くと、白い彫像がアドラーの目に飛び込んだ。
「きゃあ!」
珍しくもミュスレアが女の子らしい悲鳴をあげる。
「い、いきなり入って……どうしたの?」
服を選ぶ最中で、なんとか胸をだけを隠したミュスレアだったが、苦情の前に異常事態に気づく。
「敵襲、たぶん海賊」
こんな機会は二度とない、じっくり見れば良かったと後悔しながらも、アドラーは武器をまとめた荷を解く。
「ちょっと行ってくるね」
アドラーは、竜の牙を埋め込んだ剣を引き出した。
「わたしは?」
ミュスレアの立ち直りも早い。
「ここでみんなを守って。金が目的なら一等船室に、キャルルが目的でもここに来る」
「キャルルが? なんで?」
「平和より戦争の方が儲かるからね。迂闊だったなあ」
どうやら情報が漏れていた。
アドラーはブランカにも指示を出す。
「お前もここ。誰も入れるな、船員でもファゴットでもだ。火が付いたらまとまって逃げる、俺は待たなくて良い」
ミュスレアにも剣を投げ渡し、アドラーは部屋を出た。
「さて……と、この剣の試し斬りをしてやろう」
リヴォニア伯国伝来の剣は片刃の直刀。
刀といってよい名品で、ブランカの牙を媒介に複数の魔法を埋め込んである。
軽く振ると、刃先から薄く魔力が漏れて光る。
アドラーが甲板へ戻ると、丁度海賊が乗り込んできたところだった。
「多いな、やりすぎると綺麗な船が汚れてしまう」
アドラーは刃を返して握り直す。
見たところ、訓練された上等な海賊ではなかった。
恐らくは地元の漁民の出稼ぎといったところ。
アドラーが、僅かに揺れる船上を足を滑らすようにして歩く。
最初の海賊は、峰で打ったのに腕がぱっくりと割れた。
「魔力が強すぎるな、節約しよう」
マレフィカが造った刀の威力は、素晴らしいものだった。
鉄の武器なら抵抗もなく両断出来てしまう、人など水を割るようなもの。
目につく先から気絶させ、十五まで数えたとこで、アドラーは海を覗き込んだ。
「一隻しかいないな……」
黄金鳥号にかかったロープを一本だけ残して切り捨て、アドラーは海賊船に飛び降りた。
「な、なんだてめえっ!?」
目の前には、海賊船の船長風の男が一人。
「偶然乗り合わせた、冒険者だよ」
質問に答えると、海賊親分の抜いた剣を根本から切り落とし、右肩を刀の峰で強く叩く。
「ぎゃっ!」と、短くうめいて海賊親分は倒れた。
「鎖骨が砕けたか。まあいい、お前には聞きたいことがある。残りは逃げていいぞ」
親分をひっつかみ、強化された腕力で黄金鳥号の上まで放り投げる。
次に、刀身に注がれる魔力を全開にして伸ばし、海賊船を切った。
空中で剣を一周させただけで、刃先から伸びた魔法の刃が小型のガレー船を真っ二つにする。
残った海賊どもは素直に海に飛び込んで、陸を目指し泳ぎ始めた。
残しておいたロープを伝って船上に戻ると、アドラーは船員に頼んだ。
「この親分を縛っておいて下さい。骨が折れてるので優しく」
止まることなく、アドラーは船の後部へ向かう。
そちらにはもう一隻の海賊船が張り付き、客室もある。
海賊は半分になったが、アドラーは一切油断しない。
いまだ、誰が味方で誰が敵か、何一つ不明のままであった。
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