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第四章
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しおりを挟むアドラーに用意された寝室、その扉をリューリアが開ける。
泥酔した団長は、ミュスレアとブランカに担がれたまま。
扉に挟まれていた紙が、リューリアの前にひらりと落ちた。
「あら、何かしら?」
拾い上げた次女の横を、長女が酒臭い荷物を担いで通り抜けた。
「ふう、流石に重いわねえ。きゃっ!」
アドラーに引きずられ、ミュスレアまでベッドに倒れ込む。
「もーアドラーったら。あっ、ちょっと何処を触ってるのよ」
ミュスレアも酔っていた。
「お姉ちゃん! なにをやってるの!?」
思春期のリューリアがだらしない大人を怒鳴りつつ、手元の紙に視線を戻す。
とても重要なことが書いてある気がしたのだ。
「鷲へ、獅子は黄金鳥の雛を狙う……って、大事じゃないの!」
文章は暗号という程でもない。
鷲とは、だらしなく寝ている”太陽を掴む鷲”の団長だと直ぐに分かる。
傭兵団は獅子をモチーフにする伝統がある。
”王宮に住まう獅子”団も、かつて傭兵団だった名残。
「黄金鳥はスヴァルト王家の紋章! 起きて、アドラー起きて―! ちょっと、お姉ちゃんまで寝ないでよ!」
リューリアの叫びは、オークのきつい酒に邪魔されアドラーの脳まで届かない。
「……お兄ちゃん、起きて? ちっ、駄目か。ブランカ、噛んでも殴っても良いから団長を起こして!」
「はいなっ!」
ブランカが素直に従う。
彼女にとって、食事をくれるリューリアは群れのアルファ雌だった。
だらしない大人――アドラーとミュスレア――を竜に任せて、リューリアは廊下に飛び出る。
姫の為に用意された部屋へ行き、ノックする。
すぐに中から侍女が扉を開ける。
「あらリューリア様、こんな時間に何事ですか? 姫様はもう寝台にお入りですが」
オークを騙すのに侍女くらいは用意する。
この集落にいる間は、キャルルを本物の姫のように扱う。
「お姉さま? 何かご用ですか?」
声を聞きつけて、キャルルが出てくる。
長い付け髪と衣装がなくとも、まだお姫様モードのまま。
「キャルル、こっちへ。それから、ファゴットさんと護衛隊長も呼んで、大至急よ!」
リューリアの剣幕に、侍女たちも何かを察したのか駆け足で部屋を出る。
アドラーが必要な情報を全て共有したことが生きた。
傭兵団は、手薄になった首都タリスを直接狙う。
シュクレティア姫の護衛に戦力を割いて、首都には弓兵が千と騎兵が二百しか居ない。
老王と病床の王子を捕らえるか始末する、次いでシュクレティア姫を片付ければ、邪魔者はいなくなる。
その姫の護衛は、今は弓兵が二百五十と、騎兵が百五十。
オークの集落まで連れてきた半分は、泥酔して眠りこけている。
キャルル姫を襲うにも、シュクレティア姫を襲うにも好都合。
「どっちにしろ、わたし達は逃げ出すしかないわ。いいこと、キャルル。お姉ちゃんから離れたら駄目よ」
幼い頃のように自分をお姉ちゃんと呼んだリューリアは、弟の手をしっかりと握る。
今の彼女には、半径二日の距離で頼りになる大人は誰もいない。
「もーなんで飲んじゃうのよ! お姉ちゃんも、アドラーも!」
お酒を飲む理由が分からないリューリアが心の底から怒り、そこへ侍女が駆け込んで来て告げた。
「館の周囲にオークが! 武装してます!」
シャイロックがオークに流した情報が、早々に効き目を出す。
キャルルが姉の手を強く握ってしがみつく。
クォーターエルフの姉弟は、絶対絶命の危機にあった。
「リュ、リューねえ……」
「なんて顔してるの、男の子でしょ!」
湧き上がる不安を弟のために押し返し、リューリアは強く叱る。
「みんなとこに行くわよ。あなた達は隠れなさい、目的はこの子だもの」
侍女に命令してからリューリアは部屋を出る。
アドラーさえ起きてくれればの期待が、リューリアにはある。
もちろんキャルルも、全幅の信頼をアドラーに持っている。
「ブランカ! どう、起きた?」
幼き白の祖竜は、ゆっくりと首を横に振った。
アドラーは幸せな夢を見ながら眠りこけていた。
「姉ちゃん! 姉ちゃん、起きて! お願い!」
長女に縋り付いたキャルルの声で、ミュスレアが目を覚ます。
酒の神に、姉の本能が勝った。
「あー、うん? どうしたの二人共、泣きそうな顔して」
「あのね、たぶん替え玉がバレた。オークが来る!」
「なんですって!?」
急に立ち上がったミュスレアが、酒に足を取られてよろめいた。
――とても戦えない、とリューリアは判断した。
「ブランカ、これを持ってあんただけ逃げなさい。いいこと、戦っては駄目よ? 朝になって、団長が起きたら持ってきて」
「わかった。そうする」
アドラーの剣を受け取ったブランカは、オーク仕様の高い天井に飛びつくと、屋根裏に消えた。
ファゴット達が来る前に、オークがやってきた。
三姉弟は生きた心地がしなかったが、アドラーに寄り添って大人しく捕まる。
「その短い髪、やはり偽物か?」
キャルルの頭を見たオークが声をかけた。
「いきなり何ですの? 無礼ですわよ。私、普段から付け毛ですのよ!」
キャルルの演技に、オーク達は集まって相談する。
直ぐに答えが出た。
「うちの族長達も、酔って寝ておる。取り調べは明日だ。だが牢には入ってもらうぞ?」
恐ろしい顔をした巨大なオークどもが、三姉弟を取り囲む。
「ちょっと待て」と、一人のオークが言った。
びくりと震えたキャルルを見て、にやりと笑う。
「まだ夜は冷えるでな、毛布を持ってけ。それと水もたっぷりな。飲むと喉が乾くからな」
意外にもオークは紳士だった。
目を覚まさぬアドラーを軽々と担いだオーク達は、四人を同じ牢屋に閉じ込めた。
「何か欲しいものがあったら言えよな」とまで告げて。
「……拍子抜けね。あんたも寝なさい、明日はどうせ大変よ」
転がるアドラーに肩まで毛布をかけたリューリアは、既に眠り初めた長女とキャルルを挟んで毛布にくるまった。
官僚団と護衛のはずのエルフの弓兵と騎兵は、酔った所を全員が捕まっていた。
幸いなことに、この夜、一人の怪我人すら出なかった。
アドラーが目覚めるまで、あと六時間の出来事である。
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