89 / 214
第五章
89
しおりを挟む『ギルドのマイスターによるシュラハト』
かつては職工ギルドのマイスターが、互いの技量を競うものであった。
やがて馬借ギルドが新酒を運ぶ競争として取り入れ、あらゆるギルドの実力を示し合う大会となり、冒険者ギルドにも広まった。
一対一の個人戦を10回で、最終戦は団長同士の一騎打ちで二勝分。
現在は”宮殿に住まう獅子”ライデン支部の、副団長グレーシャが圧勝して四勝。
負けたリューリアのところへ、アドラーが駆け寄った。
「な、なんてことを!」
アドラーは絶句する。
かわいいリューリアの目元には、グレーシャに殴られて薄くあざが出来ていた。
「リュー……こんな事に巻き込んで……」
「その先は言わないの! わたしは、みんな一緒にいたいから参加したの。これくらい平気よ!」
リューリアは元気に立ち上がる。
それから、アドラーとやって来たミュスレアを見て少し悩み、両手を姉の方に広げた。
「お姉ちゃん、おんぶ」
甘えた声を出した妹を、ミュスレアがしっかりと背負う。
「えへへ、久しぶり。お姉ちゃんの背中」
「リューリア、よく頑張ったわね。体も、痛いでしょ?」
「ちょっとだけ」
服と鎖かたびらの上からでも、鞭を受けてはただでは済まない。
運が良ければ赤い腫れ、悪ければ紫の跡が全身に付く。
アドラーは、見通しの甘かった自分に怒っていた。
だが、アドラー以上の怒りを抱える人物が一人いた。
「次の試合を執り行う!」
泥ゴーレムの残骸が片付いた闘技場では、早くもバルハルトが五回戦を開始する。
「宮殿に住まう獅子からは、団の幹部にして”疾風乱舞の速剣”スパークル! 対するは、”半エルフの鬼姫”ミュスレア。なお、ミュスレア・リョースは、先程負けたリューリアの姉である!」
集まった冒険者達にとって、注目の戦いだった。
ギムレットの右腕と呼べる剣士のスパークルと、女冒険者で屈指のアタッカーと言われるミュスレア。
副将戦に相応しい一戦を、バルハルトはここに持って来た。
闘技場に出ようとしたミュスレアを、マレフィカが呼び止める。
「ちょっと待って、奴らの使う個別強化の種類が解ったの。何処かの神殿で祈って選別したのね、多分”激情と争いの神”のものよ」
ミュスレアは、魔女の方を見ていった。
声はとても落ち着いている。
「ありがとう、大丈夫よ。絶対に勝つからね」
「あっ、待って! この魔法の特徴はね、効果は強いけど時間が……って、行っちゃった……」
ミュスレアは話を聞かずに舞台に上がる。
『まさか……緊張してるのか?』
アドラーは不安になった。
何時もの彼女は、良くも悪くも単純明快。
怒っても嬉しくても悲しくても、すぐに顔に出る。
愛する妹が傷ついて心中穏やかなはずもなく、怒りを周囲に振りまくのが自然に思われた。
「よう、ミュスレア。久しぶりだな」
太陽と鷲でも幹部だったスパークルが話しかけたが、ミュスレアは答えない。
「俺は反対したんだぜ、一度は。けどまあ、ああするしかなかったんだ、許せよ」
ミュスレアよりも頭一つ大きなスパークルはよく喋る。
相手が反応しないと見るや、さらにまくし立てた。
「へへっ、お前が店に並べば俺が常連になってやったんだがな。今からでも遅くない、俺の女になるか? どうせ居場所もなくなるんだ」
普段なら絶対に言い返すミュスレアも黙ったまま、スパークルにはそれが怯えに見えた。
「戦いを辞退しても良いぞ? 俺が本当にやりたいのはアドラーだ。あいつ、どさくさで俺のことを殴りやがった!」
スパークルは、四ヶ月前にアドラーに殴られたことを覚えていた。
「お前ごときが、わたしの団長に敵うはずがない」
うっすらと笑ったミュスレアが言い返したのは、これだけだった。
「始め!」の合図がかかり、双方が同時に剣を抜く。
アドラーも二人を見つめる。
ミュスレアに固さはなく、今日はエルフ王から分捕ったミスリル混じりの槍でなく、使い慣れた剣を持つ。
動きが優先のミュスレアは、体の中央を守る鎧に長いブーツ。
夏ということもあってか、白い太ももが見える軽装。
一方のスパークルは、全身を覆うプレートメイル。
『あれが、”激情と争いの神”の神授魔法か。防御に三割ってとこだな、良い効果だ』と、アドラーは早くも見抜く。
自身が持つ魔法によるバフは禁じられていない。
神殿に通い祈って供物を捧げ、特定の神から加護を受けることは良くある。
ただし、豊穣や安産や治癒や職能の神に比べて、戦闘系の神は揃って気まぐれ。
望みの効果が付くことはほとんどない。
攻撃強化が欲しいのに防御強化が付いて、泣く泣く役割を変えるなども良くある。
”宮殿に住まう獅子”、通称レオ・パレスの財力とコネを生かし、ギムレット達は個別の強化魔法を獲得していた。
リューリア渾身の体当たりがあっさりと受け止められたのも、そのせい。
「”激情と争いの神”はなー、良い強化が付く可能性が一番高いと言われる」
マレフィカが、全員に解説する。
「ただし、その名の通り効果が恐ろしく短い。激怒の一瞬、火事場の馬鹿力」
「具体的には?」
「まあ、この砂時計の半分から落ちるまでだなー」
マレフィカは何処からともなく砂時計を取り出す。
時間にして十分から十五分といったとこ、だが一対一の戦いなら充分である。
「それでスパークルの動きも良いのか……」
アドラーは、闘技場に目を戻す。
視線の先では、激情の神の加護を受けた剣士が、妹が傷つき激怒した姉にタコ殴りにされていた。
温厚な人が怒ると怖いとよく言われるが、怒るはずの人が怒ってないのはもっと怖いと、アドラーは知った。
最初の数分は、高い技術の応酬で観客も見惚れるほどだった。
だが直ぐにミュスレアの速度と強さが圧倒し始めた。
彼女は、元々素質だけで戦うタイプだったが、今はアドラーの副官格として考えることが増えた。
ブランカに剣を教えてやり、試合好きのダルタスの相手もして、時にはアドラーから正統派の技術も習う。
「完全に役者が違うか……。それにしても、本気で怒ると黙るんだね、ミュスレアさん。今後は気をつけよう……」
「ボクも……」
アドラーとキャルルが、寄り添って震えるほどであった。
ミュスレアの剣は、プレートメイルを着込んだスパークルの僅かな隙間を的確に撃つ。
相手の剣も鋭いが、かする気配もない。
めきっと鈍い音が闘技場に響いた。
「あー……あれは、痛い」
アドラーも思わず片目をつむる。
スパークルの剣を丁寧に受け流したミュスレアが、懐に入って剣の柄で顔の真ん中を叩き上げた。
前歯と鼻が折れ、大量の血が吹き出る。
「降参するか? 今なら許してやるぞ」
大きく呼吸して息を整えたミュスレアが聞いた。
「ほ、ほざけっ!」
スパークルが大きく剣を振り回す。
追い詰められたあがきの様だが、狙いは別にある。
避けたミュスレアを左腕で捕まえるつもり、体格差を活かして肉弾戦に持ち込む気かとアドラーは見て取った。
もちろん、ミュスレアも読んでいた。
左手の親指を掴むと、勢いを利用して大きく投げた。
「く、くそがっ!」
強い防御バフのかかったスパークルは直ぐに立とうとしたが、今日のミュスレアはまったく優しくない。
うつ伏せで晒された無防備な膝の裏を、骨を砕く勢いで踏み抜く。
そして、地面から打ち上げる要領で、顔を剣で撃ち上げた。
「ゴルフかよ……」とアドラーは思った。
それでも優しいミュスレアは、刃を横にして使っていた。
一応、革も張ってある。
即死することはないが、スパークルの鼻は完全に潰れて白目を剥いた。
「あー、これは駄目だな。勝者はミュスレア!」
バルハルトは勝利を宣言しながら、手招きで衛生兵を呼んだ。
美しいエルフの圧勝劇に、会場は大歓声。
何事もなかったように下がるミュスレアを、アドラーは両手を広げて迎えようとしたが、先に三つの影が飛びだした。
リューリアとキャルルとブランカが、長女にまとわり付く。
三つの頭を順番に撫でながら、ミュスレアはいった。
「これで一勝ね。絶対に勝って、みんなで暮らすのよ!」と。
0
あなたにおすすめの小説
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。
契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。
農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。
そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。
戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる