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第六章
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しおりを挟むキャルルは、アドラー達が見えなくなってから口を開いた。
「ちぇっ、ボクも付いて行きたかったけどなー」
「あら、良く分かってるじゃない」
リューリアは、直接ごねなかった弟に感心した。
幾らアピールしようと、アドラーが同行を許す可能性はない。
時間と負担をかけるだけの行為を、少年は我慢した。
「まーね。周りの人を見てたら、自分の実力くらい分かるよ」
キャルルは、本戦に参加した冒険者で一番弱い。
アドラーのバフを受けても、やっと最下層に追いつく程度。
一日中ベテランの冒険者を見続けて、自分が団長の役に立つには、腕力も経験も全く足りないと少年は自覚した。
リューリアは、少し成長した弟を褒めてあげようと思った。
「いい子ね、おいでおいで」
右手を頭に伸ばしたところで、キャルルがぴょんと逃げた。
「なによ!?」
「子供扱いしないでよ!」
「なんですって!?」
言い合う二人の間を、「にゃあ」と鳴いて黒猫が横切る。
そのバスティを拾い上げようとして、キャルルが気付いた。
「あ、靴紐が切れてる」
夕食の片付けを始めたリューリアも気付く。
「あら、湯のみが一つ割れてるわ。アドラーのね……」
「妙な胸騒ぎがするにゃあ……」
女神のバスティが、ダメ押しで言った……。
グラーフ山のダンジョンは、大迷宮と呼ばれるだけあって天井も高い。
層によって違うが、二十から三十メートル程ある。
これを四層分駆け下りるのは、鍛えていてもつらい。
「ま、待って! あ、足がもつれる!」
最初に音を上げたマレフィカを、ダルタスがひょいっと抱え上げた。
「ありがとー」
「うむ、気にするな」
オークは左手一本で抱えて走る。
アドラーを呼びに来たシロナ団の若者は、限界を超えて走っていた。
「おい無理するなよ?」
アドラーが声をかける。
「だ、大丈夫です! 僕の恋人が、シロナ団のヒーラーなんです!」
「あ、ふーん……。それで?」
アドラーは嫌な予感がした。
「魔物が出た時、足の速い僕が救援を呼びに行くことになって。『直ぐに戻ってくる! このギルド対抗戦が終わったら結婚しよう!』と、どさくさに紛れて告白しちゃって……返事をこの後もらうんです!」
若者は、足を止める気はなく全力で走り続ける。
仲間と恋人の元に、援軍を届けるために……。
四層へ降りた途端、アドラーは若者に足を引っ掛けた。
「う、うわっぷ! 何をするんですか!」
「ここで良い、あとは任せてくれ。これは、本気の本気で!」
近くに居た冒険者に膝が笑い始めた若者を任せ、アドラーは仲間に特殊強化をかけた。
「飛ばすぞ! あいつが付いてこれないくらい!」
ブランカが、先頭に立った。
四層から五層へ降りる穴、そこへの道中は、完全に討伐済み。
竜の子は飛ぶような速さで走りながらアドラーに尋ねた。
「さっきの奴、可哀想じゃない? 頑張ってたのに……」
「いいの! ああいう事を言う奴は、置いていく! これが常識なの!」
アドラーは迷信は信じないが、これは別。
「えっ、結婚の話とか……したら駄目なの?」
ミュスレアがショックを受けて呟いた。
四層は一片が三キロほどある正方形。
柱も区切りもない広大な空間で、ヒカリゴケが群生し独特の植物相がある。
五層は少し狭くなるが、大体同じ。
ただ四層より天井が低く、蔦などが垂れ下がり見通しが悪い。
ロゴスとエスネが率いる”シロナの祝祭”団は、他の三つの有力ギルドと共に、六層から五層まで床をぶち抜いた巨木を目指していた。
百人以上のベテラン冒険者は、五層の魔物なら何でも対処出来る規模と質であったが、”それ”は突然現れた。
完全に気配を消し、木々の後ろに紛れて、先頭をやり過ごして隊列の後ろ三分の一に襲いかかった。
「三頭魔獣だっ!」の声が響くと、ロゴスとエスネは真っ直ぐ後退したりはしなかった。
想定外の大物、こんな浅い層に出た記録がない上位種の奇襲に対し、部隊を旋回させて魔物の腹背を突いた。
だが現れた三頭魔獣は、記録的に巨大。
ロゴスの決断は早かった。
「いかんな、魔力が溢れとる。こいつは魔法を使うぞ。怪我人を背負え、後退しつつ戦え! この層におる、他の団にも知らせろ!」
ここでフェンリルの頭の一つが火炎を吹いて、怪我人が増えた。
直撃を食らったのは、パリス国から来た勇猛な竜剣戦士団。
「こりゃまずい!」
ロゴスは、百人全員を守る対魔法防御を展開する。
シロナの副団長”青のエスネ”は、悠然と剣を抜き最前線に出る前に、足の速い若者を呼んだ。
「太陽と鷲に報せろ。ロゴス団長から救援依頼だと」
「団長から?」
「そうだ! 早く行け!」
エスネは、アドラーやミュスレアの強さを知っていたが、借りをつくるのは嫌だった。
二度とメイド服を着せられるのは御免だったのだが、来年は開店から着る羽目になる。
一時間余りの退却戦を、ロゴスとエスネは良く耐えていた。
最初に二十人近い怪我人が出なければ、あっさり討伐出来たかもしれない。
負傷者に人数を取られ、守りながらの苦しい戦いになった。
獣ならエサを仕留めれば咥えて立ち去るが、魔物は違う。
あえて負傷者を増やす戦いもする。
その方が、人族の集団は弱ると知っているから。
「エスネ、お待たせ。苦戦してる?」
「いや、全然! けどちょっとだけ手が足りない!」
ミュスレアがエスネの五歩横に現れた。
ライデンの二大美女冒険者の共演に、全体の士気が一気にあがる。
まず仕掛けたのはダルタス、巨大な戦斧で反撃など気にせずに右前足を狙う。
右足を上げて避けた三頭魔獣に、白い影が飛びかかった。
「落とすつもりだったのに、素早いな」
ブランカの一撃が、左前足を大きく裂いていた。
「じっくり追い込め、確実に仕留めるぞ」
アドラーが二人にもっと広がれと指示を出す。
”太陽を掴む鷲”が、入れ替わるように前線に出て、戦況は一変した。
火を吹く頭の顎骨を割ったところで、アドラーは気付く。
「こいつ、見たことある。ミュスレアさーん、これ前回のやつ?」
「あー、そういえば。育ってるなあ」
前回のギルド対抗戦の最終日、ギムレットは賭けに出た。
シード圏内ギリギリのポイントで、大物狙いに走った。
そして九層の奥でフェンリルを見つけた。
財宝の隠し場所を守るとの言い伝えがある魔物の出現に、”太陽を掴む鷲”は散々に深追いして逃げられた。
それがシード陥落の理由。
当時のアドラーは、最後方で育成部隊を任せられていた。
微々たる効果のバッファーの使い道などこの程度が、ギムレットによるアドラー評。
その時は全長十メートル程だったフェンリルが、今では頭頂高でそれくらいある。
「半年でこれか。逃がすわけにはいかんなっと!」
アドラーは、ブランカ達を陽動に使い、正面からねじ伏せる。
最初から全力全開、遠慮なしの本気モード。
「ほぉ、こりゃ凄いのう。エスネ、そなたよりも強いの」
ロゴスも、アドラーの戦いぶりに目を見張る。
「でしょう?」
何故かエスネも自慢げ。
怪我人を後ろに送る最終ライン、ここをシロナ団ががっちりと守る。
槍と盾と魔法で固め、飛び道具も並べれば大抵の魔物には勝てるのだ。
人族の弱点は、強襲されて隊列が崩れた時。
しかし、アドラー隊はそれさえもお構いなし。
「あっ、まずい!」
「おっ、いかん!」
マレフィカとロゴスが同時に反応した。
フェンリルの残った首が、口から魔法を吐き出そうとしていた。
紫色の霧がアドラーを包みかけたが、二人の魔法使いがレジストする。
紫の毒霧は、アドラーの体に付着しただけで終わる、はずだった。
「なんだ、これは……?」
アドラーは、急速に体力が奪われるのを感じた。
「ここで仕留めないとっ!」
アドラーが左手を上げると、その意図を受け取ったシロナ団の精鋭が、投げ槍と弓を一斉に発射した。
針ネズミとなったフェンリルの動きは弱り、ダルタスが三つ目の頭を砕いて決着した。
しかし、アドラーはその場に両膝をつく。
意識さえ朦朧とするほど、衰弱していた。
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