朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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第七章

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 アドラーの細いアテが外れた。
 縁のあるスヴァルト国で、知り合いの船が駄目となると、もう一般の航路しかない。

「テ、テレーザさーん! レオン王国の北まで行く船ってありますか?」
 アドラーはギルド本部へ駆け込んだ。

「それはまた遠い所まで……。ひょっとしてゴブリン少女の依頼を受けたのですか? アドラーさんらしいですけど」

 にっこりと笑顔を見せた有能な受付嬢テレーザは、世間話をしながらアドラーの要求に確実に応える。

 ミケドニア帝国の更に北にあるレオン王国。
 そこの最北部を占めるのがデトロサ伯爵領。

 ヒトの国家はデトロサ伯爵領が行き止まりで、そこから北は乾いた不毛の大地が広がり、ゴブリン族が点在して住んでいる。

「ライデンからレオン王国までは、交易船は出ますが客船はないですね。便乗するなら本部から紹介状を出しますけど?」

「その船、いつ出港するか分かりますか?」
「あーっと、九日後ですね。小さな国ですから月に何度か交易すれば済むようで」

 それでは遅い。

「陸路のが早いじゃないですかー」
「もう、そんな都合よく船便なんてありませんよ! うーん、ちょっと待って下さいね」

 冒険者の移動の為に、あらゆる街道や航路に精通するギルド本部はとても役立つ。
 高い登録料を巻き上げるだけのことはある。

「サーレマーレ島! リヴォニア伯国から交易船が出てますね。リヴォニアへは定期船がありますから、こっちの方が早いかも」

 アドラーには、聞き覚えのある国。
 一度訪れた事があり、蛇の魔物テトラコンダを退治して、お偉いさんとも知り合いになったが……。

「気軽に頼めるような仲ではないけど……借りが出来たら返せば良い。当たってみるかな。ありがとう、テレーザさん!」

「どういたしまして。あっ、出かけるならクエスト行程表は出して下さいねー!」

 優秀な受付嬢の声に送られて、ギルド本部を飛び出したアドラーは、リヴォニア伯国の大使館兼商館へ飛び込んだ。

「あの、すいません。エルマー・クレサーレさんに連絡したいのですけど?」
「……はい?」

 リヴォニア人の受付嬢は、自国の王子の名前を出した胡散臭い男を思い切り睨みつけた。

「あ、あの、エルマー殿下とは以前一度、軍人の頃に……クエス……トで……」
 受付嬢のプレッシャーに、アドラーの語尾が細く消える。

 助け舟は、商館の奥からきた。
 様子を伺っていた商館長が、アドラーの所へやってくる。

「失礼ですが、殿下とお知り合いでしょうか?」
「艦長の頃に少し……」

「殿下が軍務についておられたのは、存じております。奥でお話を伺いますので、こちらへどうぞ」

 アドラーは、貴族王族階級と言うものに馴染みがない。
 前世では、当然ながらただの歴史用語。
 この大陸に来て幾人かと出会いはしたが、気さくな人ばかり。

 だがアドラーは忘れていた。
 階級において恐ろしいのは、頂点に立つ者でなくその周りだと。

 女子カーストのトップに馴れ馴れしい態度を取ってしまい、取り巻きどころか下位グループからも袋叩きにされる”あれ”である。

「アドラー・エイベルデイン様、でございますか。本国に連絡を取りますので、しばらくお待ち下さい」

 商館長は、事務的に手続きを進める。
 この生真面目なお役人は、賭けの対象になったシュハラトも、冒険者といった粗暴な職業にも詳しくない。

 今から連絡球を用いて、わざわざリヴォニア政庁に問い合わせるが、もしもエルマーがアドラーを忘れていると大変な事になる。

 不審者として身元を問われ、その後に解放されたとしても、受付嬢のゴミムシを見る視線に晒されて、アドラーの前世のトラウマが蘇る。

「ごくり……」と、アドラーは唾を飲む。
 言い知れぬ重圧は、最上位の魔物と対峙した時と匹敵した。

 表情を変えぬまま、商館長が戻ってきた。
 
「アドラー様」
「はい! ど、どうでした?」

 商館長は、直立不動のままで告げた。

「あらゆる便宜を図り協力せよと、殿下直々のご命令にございます。わたくしどもに、望むものをお伝え下さい」

 アドラーは、久しぶりに神に感謝した。

「リヴォニアまでの船に乗りたい」
「ライデン市に係留する国の高速船がございます。二十名まで乗れますが、こちらでよろしいですか?」

「充分です。荷車は乗りますか」
「もちろんです。直ぐにでも出港出来ますが?」

「明日で……いや、レオン王国へ行く交易船に乗り継ぎたいのです。そちらの情報がありますか?」
「少々お待ち下さい」

 生真面目な商館長は、あらゆる事務を的確にこなしてくれる。

「出港予定は三日後ですが、アドラー様の乗船次第に変更させます」
「明日の朝に、サーレマーレ島までお願い出来ますか?」

「了解いたしました。日の出より埠頭で待機させておきます」
「助かります。あの……事情は聞かないのですか?」

 表情を変えない商館長は静かに語った。

「わたくしは、クレサーレ家に仕えて三十年になります。エルマー様も、弟君のテイラー様も、生まれた時からよくよく存じ上げております。先程、アドラー様に付いての詳報が国から届きました」

 テイラー王子は、魔物に襲われた時に部下を庇って死んだ。
 その魔物と親玉は、アドラー達が退治した。

「テイラー様の仇を取っていただき、ありとうございます。わたくしには、それで充分でございます」

 商館長は丁寧に辞儀すると、必要な手続きは全て済ませてくれた。

 最後に、「受付の者が無礼を……」と言い出したが、アドラーは慌てて止めた。

「いやいや、何の先触れもなく、手ぶらで来た自分が悪いだけです。ありがとうございます、助かりました」

 この時に、初めて商館長は表情を崩した。
 少しだけ笑みを浮かべて、アドラーの冒険を祝福する。

「良き旅路とご武運がありますよう、祈っております」


 アドラーは幸運であった。
 何かと煩雑になりがちな、帝国外への船旅の手続きが半日もせずに終わる。

 勢いで飛び出していって船が見つからないという、格好悪いところを団員達に見せずに済んだ。

 家に戻ると、ご馳走が待っていた。

「直ぐに出発でしょ? 今日は食材を使い切ったわよ!」
 リューリアが腕によりをかけていた。

「み、見たことないです……! た、食べても良いのですか?」
 ボロボロの服から、姉妹のお下がりを貰ったクルケットが目を丸くする。

「もちろんよ。休む暇もなくてごめんね、代わりにいっぱい食べてね」
 ミュスレアが、クルケットをキャルルの隣に座らせた。

「きょっ!? お、おうじさまの隣ですか!?」
 クルケットが顔を真っ赤にして俯く。

「おもしろいでしょ? キャルルを見てからあの調子なのよ」

 ミュスレアが楽しそうに笑う。
 キャルルの容姿がゴブリン少女には刺さったようだった。

「気持ちは分かるわー。あと十も若ければ私もそうなったわー」
 マレフィカが遠い目をしていった。

「ふん、ボクには何が何だか。おいチビ助、料理を取ってやるよ。皿寄越せ」

 キャルルが、無関心を装いつつもクルケットの面倒を見る。
 ブランカに身長を追い越されてから、自分より下の者が出来るのは初めてだった。

 一口食べたクルケットが、また大きく目を見開いた。
「うま、美味しいです! こんなの食べたの初めてです! 村のみん……」

 空気を読んで途中で感想を切り上げた女の子に、アドラーは言い切った。

「大丈夫だ。絶対に魔物を倒して、平和に暮らせるようにしてやるからな」

 頷いたクルケットが、次の料理に手を伸ばす。

 今回のクエストで、アドラーは魔物を倒すだけで済ませる気はない。
 テレーザに、レオン王国とデトロサ伯爵領についての資料を頼んでいた。

 大陸を揺るがすことになる、ゴブリン奴隷大脱走事件の始まりであった。
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