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第七章
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しおりを挟む「お名前は? お歳は幾つかな?」
アドラーの尋ね方は、幼い子に対するそれ。
「クルケットです! 10歳です!」
「そっかー、偉いねー」
にっこり笑い返したアドラーの脇腹を、ミュスレアがつついて囁いた。
「アドラー、ゴブリン族は成長が早い。10歳ならもうすぐ大人だ。子供扱いは失礼だぞ」
そういえばと、アドラーは思い出す。
小型種族のゴブリンの年齢は三割から五割増しが妥当。
寿命も長くて六十年ほどだが、その代りに老いて動けないということもない。
厳しい砂漠と周辺地域に適応して、その生涯をフルに活動する。
椅子に座るクルケットは、120センチ程の身長だがリューリアと同じ扱いをすべき年齢。
「ご、ごめんね。いや、すいません」
「き、気にすんなです! ゴブリンだし、チビだし、何も出来ないです! 大人扱いは必要ないです!」
クルケットは、謝るアドラーに焦ってバタバタした後に、気を使ってもらえて嬉しいと笑った。
ゴブリン族は、暑い砂漠の昼間に寝て、朝方や夕方から活動する事も多く目も大きい。
「あら、かわいいわねー」
今度はミュスレアが子供扱いしてしまう。
打ち解けてきたところで、アドラーは事情を聞くことにした。
「大丈夫、ゆっくり話して。出来ることなら助けになるから」
アドラーとしては、可能な限りと条件を付けたつもり。
だが、周りで聞いてるミュスレアとブランカにとっては、もう請け負ったも同然。
冒険者はタダでは動かない、探検と冒険はお仕事である。
けれども、団長は報酬なしでも動くと二人は確信していた。
もちろん文句などない。
そんな団長だから、二人は何処へでも付いて行く。
「あのですね。村の男を差し出せと、言われます。ヒトの国に」
アドラーの顔が曇る。
労働力の確保は重要で、くだらない押し付けで奴隷を解放して回るつもりはない。
冒険者の新人でも、薄給どころか無給に近いところでこき使われる。
ギルドの徒弟制度も酷いものだし、農奴は広く存在しているが、それを解放する為の思想と資本の積み重ねがこの世界にはない。
『まあそれでも、昔の地球よりはマシだけどな……』と、アドラーは思っていた。
何と言っても、生産の現場には魔法技術の支えがある。
「借金のカタに取られたのか?」
「違うです。馬やラクダでやって来て、脅すです」
この大陸の奴隷は、借金を返せないか犯罪を犯し身分を取り上げられる、それか戦争奴隷がほとんど。
ミケドニア帝国では、最長でも十五年での解放と、満期時に一時金与える事を法で定めている。
ただし抜け道がある。
圧倒的な数と武力を誇るヒト族が、周辺異種族を捕獲しては使役するのだ。
「それは別に良いです、ゴブリンですから……」
小さなゴブリン少女は、うつむいて運命だと受け入れるが。
「よくない!」
アドラーとミュスレアの声が揃った。
「いいこと、何処の国の何奴かわたしに教えなさい。王だろうが公だろうが、お姉ちゃんがぶっ殺してあげるからね!」
ミュスレアにとっては、他人事ではない。
安定して法の厳しい大国ミケドニアでも、自身と妹弟が危うい事があった。
異種族狩りをする野蛮人など、誅殺も辞さずと盛り上がる。
「待てミュスレア、それはやり過ぎだ。狩りで集めた奴隷には、所有権を認めないと判例集にある。つまりだ、逃げても罰する法はない。全員脱走させて、追っ来た奴らを国の外で殲滅すれば、どの国の法にも引っかからない!」
ここ最近のアドラーは、この大陸の奴隷制度に関する書物を読み漁っていた。
故郷のアドラクティア大陸に列強の手が伸びるのは、時間の問題。
今はこの出会いが不幸にならないように、理論武装を始めていた。
「ふえ? え、えっと、そこまで贅沢は言わんです! お、男手がなくなって、そこに大きい怪物が出たのです。た、助けて、なのです!」
「それくらいお兄ちゃんに任せなさい!」
「それくらいお姉ちゃんに任せなさい!」
またもアドラーとミュスレアの声が揃った。
早くも出陣が決まる。
ブランカが、マレフィカと森の家に遊びに行っているキャルルを呼びに行く。
その間にアドラーは、クルケットに大事なことを聞く。
まだ行き先も知らなかった。
「この地図で、どのあたりがお家かな? ここがライデン市だよ」
クルケットの細い指が、地図中央のライデンから東の海岸沿いに北上する。
最も北部にある国を通り超えて、その先、砂漠との境界あたりで止まる。
「ちょっと遠いな。ところで、クルケットはどうやって此処まで?」
「塩を交換に来たリザード族に聞いたです、助けてもらった話。それでお願いして、湖を渡って、ぐるっと回った、です!」
「た、大変だったでしょう……」
ミュスレアは、もう泣き出しそう。
「えへへ、五十の日くらいかかったです」
「そんなに?」
アドラーは、果たしてクルケットの家族や村人が無事か心配になった。
「村を捨てたです。小さな山の小さな洞窟に逃げたです、けど冬は越せません。食べ物がなくて……」
故郷を思い出したのか、クルケットも泣きそうになった。
「ミュスレア、ちょっと出てくる。船を手配するから、陸路は遠い」
それだけ言って飛び出そうとしたアドラーの裾を、クルケットが掴んだ。
「あ、あの! これ報酬です、たぶん金が少しは……」
クルケットがずっと大事に握っていた物を差し出した。
キラキラと黄色に輝く鉱石で、アドラーには一目で分かった。
これは黄銅鉱で、金はほとんど含まれいないと。
アドラーは机に置かれた鉱石を、大事そうに受け取る。
「確かに契約は成立した。村の周りに出た魔物は必ず倒す。ついでに、男達も取り戻そう」
「ふえ、え? そ、そこまで頼んでないですけど!」
小さなゴブリン少女の叫びを背に、アドラーは家を飛び出した。
「スヴァルトの船が借りれれば良いけど……居なかったら……どうしよ?」
行く先は北の辺境で、またもヒトの勢力圏を超える。
そしてスヴァルト国の馴染みの交易船、黄金鳥号はライデンの港には居なかった……。
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