朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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第七章

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 二つの丘の向こうでは、ミュスレア達四人が団長とオークの帰りを待っていた。

「これ、ダルタスから預かったんだ。戻ってきたら兄ちゃんと飲むんだって」
 キャルルが濃い緑色の酒瓶を見せる。

 キャルルも、今回は「連れて行け」とは言わなかった。
 魔物や獣の群れと違い、知恵ある人の集団は同時に何箇所も攻撃する。

 二人きりなら絶対に守ってくれるアドラーも、体は一つなのだ。

「あたしはこれ。だんちょーの読みかけの本、持っててくれって」
 ブランカは一冊の本を取り出す。

「わたしは夕食の注文よ。残ってる干し肉全部に、新鮮な野菜をたっぷり入れたスープ。調味料が少ないけど、たっぷり作るわよ」
 リューリアも参戦した。

「ねえちゃんは?」
「ミュスレアは?」
「お姉ちゃんは?」

 三人から同時に質問されたミュスレアの目が泳ぐ。

 彼女は、三人と残りのゴブリン達を任されている。
 さらには万が一のために、アドラーは団と自分の口座を伝えようとしたが、ミュスレアはそれを遮って一言告げたのみ。

「バカねぇ、死ぬ気ならわたしも行くわよ? 信じてるわ、無事に戻ってきてね」と。

 ここでお金を任されそうになっただけ、とは長女のプライドに賭けても言えない。

「そ、そうねえ……えっとね、戦いが終わったら大事な話があるって! あ、あと渡したい物もあるとか。何かなー? 指輪かなー?」

 盛大に嘘をついたミュスレアを、六つの白い目が見つめる。
 キャルルが冷たい目のままで最愛の姉を注意した。

「ねえちゃん、これからって時にそんな話したら駄目だよ?」
「何でわたしだけっ!?」

 今更嘘とは言えずに長女は釈然としないが、小さな丘を隔てたこちら側の雰囲気は何時もと変わらない。

 アドラーは、それを守るために戦う。
 そして父や兄の帰りを待つゴブリン族の子供達の為にも。

 相手が同じヒト族であろうと、迷いは一つもない。


 この小さな戦いが殲滅と呼ばれる理由は、死傷率の高さ。
 二百五十名足らずの参戦者の内、実に三割が死ぬ。

「三つ、四つ!」
 左右から近づき、前後から槍先を叩きつける騎兵を相手に、アドラーに手加減する余裕も気もない。

 騎士達の鎧や武器は魔法強化されているが、アドラーの竜牙刀の威力は遥かに凌ぐ。
 溢れる魔力は薄い刃となって伸び、間合いを測り損ねた騎士を沈める。

 魔術の素養を持ち学んだ騎士もいたが、隠密の魔法も同時に使うアドラー相手では見抜くことが出来ない。

 一隊からの攻撃を避けながら、五人に一人は斬り落とす。
 徐々に、背中が軽くなった馬が増えてゆく。

 アドラーの攻撃を避け、バランスを崩した一騎がダルタスの攻撃範囲に入った。
 待ってましたとばかり叩き落としたオークが叫ぶ。
「俺にもかかってこい」と。

 ダルタスにも二列の槍が挟み込みながら迫ったが、後ろのゴブリン達が楽器を打ち鳴らし大声で馬を威嚇する。
 石や槍を投げつける者もいる。

 連携が乱れた隊列に一歩近づいたダルタスは、馬の首ごと騎士の頭を飛ばす。

「ふはははっ! 物足りんなっ!」
 二メートルを遥かに超えるオークにとっては、鞍の上まで攻撃範囲。

 あっという間に五人の仲間を失った騎士達の目つきが変わる。
 これまでも本気だったが、血走って次第に正気を失った面貌へと。

「こいつら、よくもっ!」
「殺せ!」
「皆殺しだ!」

 殺意と呪詛と気合の言葉だけが残る、まともな頭で殺し合いなど出来ない――。

 アドラーは喋らない、言葉を話すと人に戻ってしまいそうだから。
 ただ何時もの癖で倒した敵を数える。

「九!」まで数えた時、すり抜けていった騎兵の残りが、方向を変えてゴブリン達の防御線へと突っ込んだ。

 ダルタスの援護をするゴブリン達を一瞬で片付けるつもり。

 騎士と馬鎧を合わせて、一トン近い重装騎兵が荷車を押し退けながらゴブリンを槍にかける。
 致命傷の一撃だったが、死を覚悟したゴブリンはしぶとかった。

「くっ、こいつ離せっ! ゴブリンのくせになんて力だ……!?」
 次の瞬間、十人以上のゴブリンが飛びかかり騎士を引きずり下ろして喉を裂いた。

「ゴブリン風情がぁ!」
 更に十騎ほどが槍を倒して突進する。

 実力でいえば、鍛え上げた騎士が五人もいれば全滅に追い込めるはずの百人のゴブリンは、アドラーの特殊強化受けて粘り強く戦う。

 隣で倒れた同族を悲しむ事もなく、戦争の専門家を相手に隙を見つけては飛びかかる。
 一人も生きて帰るつもりがないゴブリンの小さな軍隊は強く、戦場は全域に広がった。

「……こんな事が、こんな男が存在するのか」

 戦いの前のマガリャネスは考えていた。
 勇気ある冒険者を葬った後、自らの首を賭けても主君をお諌めせねばと。
 騎士団長にとって主君は絶対で命令は正義、だが臣下の役割も心得ている。

 一撃離脱が通用せず六十騎ほどが群がったが、攻撃魔法と剣を駆使するアドラーはさらに二十近く討ち取っていた。

 マガリャネスは最後の手段に出る。
 自身の左右に置いた二十騎を前進させる、目標は丘の裏側。

「なるべく多くの怪我人を出して動きを止めろ。二日もあれば歩兵と弓が来る」
 ゴブリンどもの捕獲という命令を、騎士団長は遂行するつもり。

「まずいな」
 ふと顔を上げたアドラーも、敵の動きに気付く。

 視線を左右に振った隙を見逃さすに、一人の騎士が上からアドラーの頭を狙う。
 鈍い音がして、剣が鎧の上から左肩を強く叩いた。

「手応えあったぞーっ!」

 叫んだ騎士の背中に向けて、アドラーは折れた槍を拾って投げた。
 槍は胸へと突き出たが、鋭い痛みがアドラーの左肩に走る。

 ほぼ同時に、ゴブリンの防御線の一部が崩れ、ダルタス愛用の斧が折れた。

「うむっ!? 俺の斧が」
 ダルタスは短く相棒の冥福を祈ったが、好機とばかりに騎兵が体当たりした。

 常人なら即死の衝撃も、アドラーからの攻防バフを全開で受け取るオークは五メートルほど転がっただけ。

 そこに殺到しようとした槍の前に、アドラーが立ちはだかった。

「ダルタス、無事か?」
「もちろんだが、斧が……」

「そうか、これが終わったら買いに行こう。何処かに探しに行ってもいいな」
「承知した、いや約束だぞ、団長」

「よし、下がってゴブリン達の指揮を執れ」

 ダルタスは、長い斧の柄だけを振り回し、生き残ったゴブリンをまとめにかかる。

 アドラーの前には、マガリャネスも含めて無事なのは五十騎もいない。
 迂回した二十騎とゴブリン防衛線を突破した十騎ほどが丘を超えた。

 左右と中央から、バラバラとした行軍で、アドラーが一番恐れていた形。
 一度ここを捨てて戻るべきか、アドラーはこの戦いで初めて迷ったが――。


 丘の向こうで、音もなく光が生まれて膨れた。
 空中で生まれた巨大な光球は、膨大な魔力が圧縮から解かれて膨張する余波。

 数秒の後に、大気を轟音が揺るがし、ゴブリンが互いに掴まらねば飛ばされる爆風がやって来た。

「ブランカか……威力、上がったんじゃないか? それにしても、空中で爆発させるなんて賢くなったなぁ」

 地球の騎兵は、銃が配備されても生き残っている。
 変わらず重要だったこの兵科に止めを刺したのは、火薬を詰めた弾を撃ち出す野戦砲。

 大きな馬は、爆風とその破片を避けようがなく、地面に伏せることが出来る歩兵の十倍以上の死傷率となった。

 ブランカのドラゴンブレスは、ただの一騎も消滅させる事は出来なかったが、三方向から現れた三十騎の八割を一発で戦闘不能にした。
 
 ついに戦いの終わりが見えた。

 騎士団長マガリャネスは、もう一つの臣下の役割を果たすべく最後の命令を出した。

「負傷者を回収せよ、死体は残すな」

 大気を震わせる魔法の爆発を見て、戦っていた騎士達は止まった。
 馬も全て汗まみれで、多くが口を割り、もう突撃など出来ない。

 無傷なのは、マガリャネスとその前に居た十騎だけだったが、騎士団長は一騎で進み出た。

「アドラー殿、お相手願いたい。この一戦を持って決着とする、良いな皆の者」

 疲れ切ったアドラーに挑むのを、卑怯だと思う男は一人も居なかった。
 ただ敗将が責任を取るのだと、誰もが分かった。

 マガリャネスが、双ヶ丘ならびがおかの殲滅戦に参戦した騎士で41人目の、そして最後の戦死者となった。

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