朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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第七章

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 死傷者が七割を超えたデトロサ伯の騎士団は、世代が巡らねば再建不可能なほどに壊滅した。
 
 ゴブリンも半数が死傷したが、誰の顔も明るく涙は見せない。
 しかも彼らは騎士を六騎も討ち取った、ゴブリン達にすれば歴史に残る大戦果である。

 父が戦死した若いゴブリンが、「団長さま、お疲れ様です」と澄んだ水を差し出す。

 アドラーが受け取ると、若者は何の屈託もない笑顔を見せていった。
「団長さまと共に戦った父は、自分の誇りです」と。

「みんなが道を塞ぎ、常に敵を引きつけてくれた。本当に助かった」
 アドラーの返事はお世辞でなく心からのもの、それが伝わった若者は嬉しさと誇らしさを混ぜた顔になる。

 戦いの後に一番忙しいのはリューリアで、まずアドラーとダルタスを看て卒倒しそうになる。

「アドラーは左肩にひび、切り傷や打ち身は多数。ダルタスは、肋骨と左腕が折れてる! 細かい傷は数え切れない! けど命に別状はないわ……後回しで良い?」

 二人の返事を聞いてから、若鹿のような足取りでリューリアは駆け回る。
 直ぐにも治癒が必要な者が沢山いた。

 アドラーとダルタスは、互いに包帯を巻きながら相談する。

「うーむ、次が来るとまずい。斧もなくなった」
「今日はもう来ないだろうが……明日来られてもまずいか」

 悩む二人の頭の上から、声と猫が降ってきた。

「もう来ないぞ。本隊らしきのは南へ引き上げ始めた」
「にゃあ!」

 マレフィカとバスティが戻ってきたのだ。

「バスティ、そっちは痛い!」
 アドラーは左肩に飛び降りた黒猫に苦情を言ったが、これで全員が揃う。

 空飛ぶマレフィカは南へ向かう歩兵集団とすれ違い、それからブランカが放った閃光を見たと語る。

 マガリャネスは、当然連絡を受けていたはずだが、あえて一騎打ちを挑んだ。
 最期のけじめで、滅びる主君より先に死ぬのが役目だとマガリャネスは考えたと、アドラーは思った。

「上手くいったんだ?」
 アドラーがマレフィカに聞いた。

「うん。ギムレットとの会話を録音編集して、ゴブリン奴隷を使って反乱資金を貯めてると思わせた。レオン国の王家は、巫女の一族らしく、バスティが姿を見せたら一発だったよ」

「神さまのふりをするのは大変だったにゃ」
 ”冒険と猫の女神”は、やれやれと前足を舐めて毛づくろい。

 王族は祖先から特別な力を受け継ぐことが多い。
 レオン王家に伝わるのは雨乞い、乾燥しがちなこの地域で王となったには理由がある。

 現れたバスティを見て、王の母は直ぐに神の一柱だと気付いた。

「あーこれを見るにゃ。うちは”猫とゴブリン”の守り神だにゃ、ゴブリンの扱いに憤慨して来たんだにゃあ」

 嘘つきな黒猫の首輪に映る、捏造された証拠を見た王母は狂喜した。
 目の上のたんこぶ、デトロサ伯フェリペと妹をこれで追い落とすことが出来ると。

 今はデトロサ伯領との境に諸侯が集結中、戦いはアドラーの手を離れた。

「なかなか酷い役割だぞ? うちはこれでも女神なのに!」
 バスティが、ざらざらの舌でアドラーの頬の傷を舐めた。

「い、痛いよ。ごめんね、バスティさん」
「まあ仕方ないにゃ。ゴブリンを救う為だにゃ……」

 ――これより七日後、この内戦で唯一の戦いが起きる。
 北へ南へと動き回ったデトロサ軍は脆く、初戦で総崩れになりほとんどが降伏する。
 国内最強の騎士団は三十騎しか姿を見せず、指揮を執れる者すらいなかった。

 自業自得というに相応しく、デトロサ伯フェリペは更に十日ほど領内を逃げ回った挙げ句に、自殺に追い込まれる。


 騎士団との戦いが終わった夜、アドラーは寝れなかった。
 大陸最高の冒険者は、屈強な騎士を三十近くも切り倒した。

 その事に後悔はない、数千のゴブリンの命がかかった戦いだったのだ。 
 だが、何事もなく安眠できる程でもない。

 仲間達もゴブリンも寝静まり、炭になる焚き火を見つめていたアドラーの隣に一人やって来た。

「眠れない? 何処か痛む?」
 何時になく優しい声と表情をしているのはミュスレア。

「痛みは……ないよ」
「嘘ね。アドラーは優しいから」

 心が痛い、などと平凡な返しはせずに、アドラーは薪を一本継ぎ足した。
 最初だけ火が暗くなり、薪が燃えだすとまた明るくなる。

「何時も、大変なことは任せてばかりね?」
「うーん……団長だからね」

「もう、そういう返事が聞きたいんじゃないの!」
 眠る団員を起こさぬよう、小さく怒ったミュスレアが自分の毛布を半分アドラーにかける。

 昼の戦いのせいで、アドラーの反応はとても鈍い。
 心も体も硬直しかけていたのだが……アドラーは、自分がとても柔らかいものに包まれていると気付く。

 胸にアドラーの頭を抱き寄せたミュスレアが、幼子をあやすように背中にも手を回してゆっくりと叩く。

「何時も何時も、あなたがわたし達を守ってくれてるのは分かってるわ。だから、辛いことがあればわたしには言ってね?」

 頭に向かって囁くように語ったミュスレアの言葉は、アドラーの体にすっと入ってきた。

 代わって、昼間の緊張と興奮と闘争心が、女の体に吸い取られるように男の体から抜けていった。

 アドラーは、ようやく自然に目を閉じる事が出来た。

 力が抜けた団長を、長女はしばらく抱きしめていた。
 そして思い切って聞く。

「あ、あのね、アドラーは、わたしのことどう……思ってるの? わたしは、あなたの事を……あ、あいし……ん?」

 穏やかに眠る団長の頭を膝に移したミュスレアは、ぶつけようの無い思いを手近な薪にぶつけた。

 綺麗に真っ二つになった木の枝が、焚き火へと放り込まれる。

「ま、今日は怒ったりしないわよ。悪い夢を見ないよう、わたしが付いててあげるから」


 それから二日、遂にアドラー達は”アルフォンソの道”の北端へ着いた。
 千二百での砂漠越えは難事だが、思わぬ救援がやってくる。

「やあアドラーさん、お久しぶりです。水臭いですね」
「ルーシー国は、そういえばここより東だったか」

 やって来たのはアストラハンと”鷲の幻影”団の面々。
 ”太陽を掴む鷲”、唯一の同盟ギルド。

「帰りが遅いから、ライデンのギルド本部から様子を見てくれと」
 優秀な受付嬢テレーザの計らいだった。

「手伝ってくれる? ちょっと大人数なんだが」

 アドラーはとても控えめに言った。
 千二百のゴブリンを見渡したアストラハンは、快諾する。

「また面白そうなことしてますね。報酬は、今回の冒険話で良いですよ」

 ギルド対抗戦で出来た仲間の助けを借りて、”アルフォンソの道”から砂漠へと踏み出した。


 少し先の話になる。
 デトロサ伯爵領が滅亡した後、デトロサ伯アルフォンソが作った道の名前は変わった。

 ゴブリンの祟りを恐れる――実際に神がやってきたと信じた――レオン王家は”ゴブリンの涙道”と名付けようとして、伝え聞いたゴブリン族から猛反対される。

 新しい名前は”ゴブレオン街道”
 ゴブ砂漠と都市レオンを結ぶ道で、謝罪の意味も込めてレオン王家が名前の先を譲った。

 この名は長く長く使われ、交易路として繁栄することになる。
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