朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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第七章

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 アドラーが向き合っているのは、五百人の軍隊。
 これが五百の山賊や魔物群れなら、これほど苦労する事はない。

 シルクストと呼ばれた大隊長が率いる部隊は、当然のようにアドラー以外の三方向への警戒も怠らない。

「ちっ……気付いたか。まあ一人で出てくるとは思わないか」

 アドラーは、左手の山に向けて魔弾杖の狙いを定めた小隊を見て、ドワーフの男達の帰還が早くもバレたと悟った。

 シルクストは、小隊長に剣を突きつける男を囮か軍使だと思っていた。
 怒りに任せてたった一人で突っ込んで来たと知れば、部下もろとも迷わず撃ち殺したはず。

『止まれ。動くな』と、アドラーは左手をあげて合図を送った。

 アドラクティア大陸の種族連合で使われる手信号で、ドワーフ族の無謀な突撃を止めさせて、さらに味方だと知らせる効果もある。

 それを見たサイアミーズ軍大隊の緊張が膨れ上がる。
 山間部の峡谷で、包囲されている可能性が出てきたから。

 アドラーはこれに乗った。
「引け。近い内に軍団の本陣へ挨拶に行く、それまで大人しくしてろ。三百歩下がれば、こいつも返す」

 さらに上位の指揮者、軍団長に話があるから伝えに帰れと、大隊長ならば受諾して退却するに十分な理由を与えてやる。

 だが答えたのは、大隊長でなく隣の馬に乗った偉そうな男。

「野蛮人風情がほざくでない! 神と陛下の祝福を受けたサイアミーズの兵士が、口車に乗って背を向けるなどありえぬ! 地に膝を付き教義と王家を礼賛するならばヒト族としての権利寵恩を認め正徳なる裁きにかけてやろう! さもなくば聖王が遣わし1万2千の軍勢の手にかかるがよろしいか!?」

 半分聞き流したアドラーにも、二つだけ理解できた。
 一つは、この地にやってきた敵軍は二個軍団であることと、このうるさい男は従軍の聖職者だという事。

 伝えてはならぬ軍の規模まで告げた坊主に、大隊長は困った顔を見せたが文句は言わなかった。

 アドラーは思いついた。
「奴を人質にしよう。見捨てられるかも知れないが、一応は一番偉そうだ」と。

 早期の決着に向けてアドラーの作戦は決まったが、問題はドワーフ族。
 山に隠れていても、怒りの波動が読み取れるほど。

 高等生物のオスは、メスや仔を守るように出来ている。
 魚や爬虫類などは卵を抱えるメスの方が大きいが、進化した哺乳類ではオスが大きい場合が多い。

 ライオンの群れでは、ボスが代われば前ボスの仔は殺されると信じられていたが、それも絶対ではない。

 メスライオンが揃って反発して止めさせたり、母ライオンが仔を連れて一時的に群れを出たりもする。
 そして複数のボスが居る巨大な群れでは、子殺しは起きない。

 ドワーフの男達は、本能に従って戦いを挑むつもり。
 ここで先行きを見守るのは、賢いかもしれないがオスの存在意義を失う。

『手元のこいつを投げつけて、三歩で飛び込む』とアドラーは決断した。
 サイアミーズの兵士は魔弾杖に加えて帯剣し、槍と剣を備えた接近戦用の兵士も二割ほどいる。

 割の良い賭けではないが、こうなってはやるしかない。
 先に無防備な集落を蹂躙したのは、奴らなのだから……。

 
 だが、呼吸を整えタイミングを図るアドラーでも気付かぬほどの優れた戦士が、右手の山から近づいていた。

 戦いの音を聞きつけた冒険者ギルドの団員達が、団長の様子を確かめに来ていた。
 既に開戦間際と読み取ったオークの戦士が、オークの言葉で叫ぶ。

「団長! 竜が吠えるぞ!!」
 アドラーとドワーフ族が無謀な突撃を仕掛ける寸前、竜の咆哮が狭い山間に響き渡る。

 ドワーフ族もサイアミーズの兵士も、心臓を鷲掴みにする恐怖に一瞬固まる。
 ダルタスの声と同時に動き出していたアドラーには、それで十分だった。

「一つ!」
 アドラーは目標を変えていた。

 並ぶ兵士の列を足場にして飛び越え、降り立ったのは大隊長シルクストの真上。
 優秀な指揮官は、殺せる時に殺すべき。

 肩から刀を突きこまれ、肺と心臓が壊れた大隊長は即死した。
 どんな魔法を使っても、もう命令を出すことは出来ない。

「わはははっ! 団長といくさだぞっ!」
 右手の山から、笑顔のオークが斧を構えて飛び出してきた。
 兵士にとっては恐怖でしかない。

 そして左側の山からは、ドワーフでなく竜の咆哮に怯えた魔物が飛び出した。

「ヤマクイムシ!?」
 アドラーも驚いた。

 噂では聞いたことがあった。
 山に穴を掘って進む糸のような魔物を、ドワーフ族が坑道掘りに使うと。

 糸といっても、ヤマクイムシは直径二メートル近く長さは数十メートルに育ち、体表から出す特殊な粘液がシールド工法のように穴を固めて落盤を防ぐ。

 計算にも優れたドワーフは、ただ死ぬために出てきたのではなかった。
 山男達の角笛が、ブランカの声が遠ざかった山に鳴る。

 ツルハシやシャベルにもっこの棒、山を掘る道具を手にしたドワーフ族が躍り出た。

 兵士達が左右から現れた敵に対して、小隊長の指揮の下に一斉に射撃した。

 ダルタスは斧を盾にして地面に伏せる。
 二匹のヤマクイムシは一瞬で穴だらけになるが、のたうち回って土煙を巻き上げる。

 剣を抜いた兵士を数人片付けたアドラーは、一頭の馬を捕まえて、偉そうな聖職者を引きずり下ろした。

「退却しろ、と叫べ」
「わ、わしを殺せば軍が総力を上げて……!」

 論争する気のないアドラーは、聖職者の額を切りつけた。
 視界が真っ赤になり、一層の恐怖に襲われた従軍聖職者にもう一度命令する。

「退却させろ」
「ひぅ……引けぇ、引くのじゃ退却しろぉー!」

 大隊長が死に小隊長も二人失い、左右からオークとドワーフに迫られたサイアミーズ軍は、撃ち終わった魔弾杖に再装填する代わりに走り出した。

 今度こそ総崩れである。

 アドラーが見る前で、一人の兵士がこの隊で唯一頭の馬に大隊長の死体を乗せて引き上げる。
 この状況で流石の行動であったが、戦意はもうない。

 アドラーと聖職者を避けるようにして、五百近い兵士が山を下っていく。

「ま、待て! わしを置いて行くのかっ!?」
 騒ぐ聖職者を取り返そうと挑む者は、一人も居なかった。

「なんだもう終わりか」
 ダルタスが後ろへやって来て、まだ用心深く周囲を見渡す。

 ドワーフ族の男達は、追撃はしなかった。
 アドラーから三十歩ほど離れたとこに立ち、警戒した様子を隠さない。

 事情を知らぬ彼らにとって、突然の惨劇を招いたのは知らない二つの勢力のせいだ、と見えていた……。

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