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第七章
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しおりを挟む冒険者も兵士も、仕事の大半は歩くこと。
車も電車もない世界に来て育ったアドラーも、脚だけには自信がある。
特殊強化は身体能力も跳ね上げ、ダルタスと二人なら一日で百キロを超える移動も可能だったが……ユニコーンはもっと速い。
もし尻の皮が剥けたり足に血が溜まるのを気にしなければ、一日で五百キロは運んでもらえるだろう。
「ちょっ、ちょっと待って。ここらで休もう……」
アドラーは完全に消耗する前に止まった。
「えーもう?」
「あたしは楽しいぞ! いけボス!」
身軽なキャルルとブランカはぴんぴんしているが、女性陣を代表してリューリアが訴えた。
「お、お尻が痛くなってきたの……」
「リューねえは尻もぺったんこだからなあ」
キャルルが、飛んできた癒やしの杖を馬上で器用にかわす。
少年には、馬に乗る才能があった。
「ここらで休もう、暗くなってきたし。大丈夫か、ダルタス?」
「こ、これほど走ったのは、子供の頃に逃げた毛長牛を追いかけて以来だ……」
疲れきって良い場所ではなく、アドラー達はしっかりと休む。
ユニコーンらは立ち去る事もなく周りで草を食み歩き回る。
余程気に入られたようだった……特にリューリアが。
長い舌でベロンベロンとエルフ少女の顔を舐めては、体の臭いを嗅ぎまくる。
「もうやめてよ、汗臭いから恥ずかしいわ」
リューリアの言葉を聞いたユニコーンどもは、いっそう近くに寄って舐め回しスカートを角でめくろうとする。
「ちょ、ちょっと! やめ、やめなさいって!」
動物のいたずらだと思っているリューリアは強く叱れない。
「噂は本当だったか……」
アドラーは、この光景を自身が書く予定の博物誌の1ページにすると決心した。
これを人の男がやれば即逮捕である。
困り果てたリューリアがついに助けを呼んだ。
「おまえら離れろ、リューリアが困ってる! ボス、ちゃんと言っといて」
ブランカが、一角馬のボスに命じてやめさせた。
「へぇ、ちゃんと言うこと聞くんだなあ」
アドラーも驚く。
「あたしのことが分かるみたい。せっかくだから下僕にする!」
ブランカは他の倍ほどはあるボスの角を撫でた。
この夜は、何も起きなかった。
異変は、崩れ落ちた塔に着いてから起きる。
マナが暴走してクレーターの中心になった塔の周りに、天敵ナフーヌの姿はない。
アドラーは酒瓶を持って塔へと歩み寄った。
文字の書かれた、風化してない真新しい石碑が一つある。
「なんて書いてあるの?」
マレフィカが代表して聞いた。
「七人が挑み三人が戻らず。ヒト族のアドラー、オーク族のオルタス、ゴブリン族のガスラーク、ここに眠る。引き換えに我等は平穏を得る。永久に祈りを絶やすことなかれ、とね」
何をしたかは一行も書かていない、アドラー達の墓石だった。
短く簡潔な文章はアドラーの好みで、誰か知り合いが選んでくれたものだろうと思った。
かつての仲間、オルタスとガスラークが死んだのはアドラーも知っていた。
「すまん、俺は生き残った。五人も生き残れたのは、お前らのお陰だ」
入り口で一人敵を防ぎ続けたオークと、閉じ込められた時にゴブリン族しか通れぬ隙間を抜けて仲間を救い出したゴブリンへ、アドラーは瓶一本分の酒を捧げた。
アドラーはその時に、それ以前からだが、亜種族とも呼ばれる全ての種族を助けると決めている。
例え同族と呼ばれるヒト族を多数殺す事になっても、アドラクティアの平和を守る。
矛盾があるかも知れないが、アドラーの指揮下で戦い死んだ者への約束だと、今も固く信じている。
七人と一匹が静かに祈ったあと、アドラーはまた口を開いた。
「これが今の旅の仲間だよ。色々あったが、俺は元気にやってる。また大きな問題が起きてな。だが、何とか上手くやってみる。今度の敵は話が通じるんだ。じゃあな、また来る」
クレーターを出たとこで、アドラーはマレフィカに指示を出す。
しばらく前から、北の空が黒く濁っていた。
一見すると雨雲か砂嵐に見えるが、高さはもっと低くアドラーには覚えがある。
「戻る必要がありそうだ。俺たちが呼ばなくても、敵さんは一直線に南下してる」
マレフィカがほうきに乗って浮き上がり、アドラーの右後ろにミュスレア、左後ろにはダルタスが立つ。
「何もせずとも両軍に魔物が突っ込むと?」
ダルタスの質問に団長は頷く。
「見たことある空の色だ。数十万のナフーヌが一斉に走りだせばああなる。それも予想できたな、十万人も住む街なんてこちらには数えるほど。それが平地に展開してるとあれば……」
「なら、報せないと!」
ミュスレアは優しいが、今はアドラーも同意見。
「今、マレフィカを飛ばせた。猶予は余りない、急いで戻るぞ!」
キャルルとブランカとリューリアは、もうユニコーンに乗っていた。
マレフィカがナフーヌの群れが見えるまで高度をあげようとした時、攻撃を受けた。
「うわっ!?」
物理防壁を持った魔女とバスティがほうきから弾き飛ばされたが、ダルタスが地上に着く前に掴み、黒猫は見事に着地する。
アドラーは、ユニコーンと子供達の悲鳴が上がる中、全ての強化と能力を全開にして動いていた。
「多い!? 何故こんな距離まで……!」
近くの草むらから、二十人余りの男が現れる。
数種の魔法で姿と気配を消した集団で、手にする武器は南の大陸メガラニカの物。
倒れるユニコーンから飛ばされたリューリアを捕まえようと手が伸びる。
敵の距離が近すぎて、アドラーも間に合わない。
「姉ちゃん!」
「りゅーりあ!」
リューリアの右腕をキャルルが、左腕をブランカが掴んで後ろに放り投げ、アドラーが降ってきた次女を丁寧に受け止める。
「おっと、動くなよ? かわいい顔に傷が付くぞ?」
出てきた男どもは、予想以上に素早く強い。
キャルルとブランカを人質にして、刃物を突きつけた。
アドラーの腕の中では、ユニコーンから落ちて投げ飛ばされたリューリアが目を開く。
まだ何が起きたか理解できていない。
「大丈夫か?」
「う、うん、ちょっと腰が痛い……。えっ、キャルル、ブランカ? ユニコーンも!」
アドラーは、悲鳴を出しかけた次女をそっと長女に渡し、一応尋ねた。
「……子供らを、放してくれないか?」
現れた連中は、普通の兵士には見えない。
魔術師との混成部隊で、身につけた装備はかなり上等なもの。
ブランカが大人しいのは、隣でキャルルが捕まったせいもあるが、首に腕を回した男も強い。
アドラー並の強化倍率を持つ戦士が、しっかりと捕獲していた。
「何者だ?」と、もう一度アドラーが尋ね。
「それはこっちの台詞だぁ、お前らこそ何者だ? このガキ、凄い力で振りほどこうとしたぞ」
ブランカを捕らえた男が答える。
「おい、女の子だぞ! 解放しろ! 人質は一人で良いだろ!」
すぐ隣でキャルルが怒鳴った。
「威勢のいい子だな、好感が持てる。だが時と場所を選べ、黙らせろ」
男の合図で、キャルルが剣の柄で殴られた。
エルフの少年は、口元から血を流すだけで倒れずに耐えた。
「きさま……!」
アドラーは、怒った時ほど冷静になる必要があると知っている。
素早く周囲を確認する。
ダルタスが、マレフィカとリューリアとバスティを背中に守り、アドラーのすぐ後ろにミュスレアが来た。
長い付き合いのミュスレアの考えは分かる、二人に絶対防壁をかけた隙にアドラーに飛び込めと言うのだ。
じわりじわりと近づく二人――魔法には届く距離がある――を、敵の魔術師が制した。
「止まれ、何かする気だろ。それに強化魔法を解け、化け物かお前」
アドラーの魔法まで見切られる。
軍規は低くとも、個人の質が異様に高い。
「……サイアミーズの貴族か?」
強化魔法を解いたアドラーが尋ねた。
「ほう、知っておるか?」
ブランカを捕まえた男と後ろの騎馬が、自慢するように鎧や盾に付けた紋章を見せる。
「あー名前は知らんが、見たことある気がする。高名な家かな」
まったく知らないが相手に乗る。
「そうかそうか、ならば名乗ろう。サイアミーズ王国の槍との誉れを頂く、セヴィニエ公爵家が一男、ギヨーム・ド・シャルクシアンぞ!」
後ろにいた騎乗の男達も、前に出てきて名乗る。
各自の名乗りを聞き流しながら、アドラーはブランカを目で抑えていた。
この連中は、統率の取れた軍人が主力になって、軍に居場所がなくなった貴族の子弟。
祖先から受け継いだ個々の力は強く、今も特権階級であることに変わりはない。
命令も出てないのに、アドラー達を疑って勝手に追ってきていた。
もちろんそれで処罰されるような身分ではない。
手強い相手だったが、それよりもアドラーが気になるのは、竜の子。
「ブランカ、俺を見ろ」と目を合わせようとしても、ブランカは魔弾杖の加速弾に倒れたユニコーンのボスと、殴られたキャルルだけを気にしている。
竜の逆鱗は、既に逆立っていた。
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