193 / 214
八章
運営と言う名の悪魔
しおりを挟む”太陽を掴む鷲”という小さなギルドが、新大陸で竜族と共に戦ってから半年が経とうとしていた。
ここは冒険者の街ライデン、季節は夏の終り。
あと十五日足らずで、楽しい楽しいギルド対抗戦がやってくる。
ライデン市の主要ギルドが、ギルド本部から呼び出しを受けていた。
本部の一階にある酒場へ集まれとの報せを受けた”太陽を掴む鷲”の団長も、団員を連れてやってきた。
「うわっ、なんだこれ。臭い冒険者で足の踏み場もないぞ」
酒場の扉を開いた途端、全員に聞こえる大声で女エルフが苦情を放った。
「あ? 何者だ?」と逞しい男どもが入り口を見たが、直ぐに気にするのを止めた。
よくよく見知った顔が、何時もの挨拶を言っただけ。
「のけよ、通せよ」と、目の前の椅子に軽く蹴りを入れるのはミュスレア・リョース。
この酒場に来る者でミュスレアを知らないのは、他所者か新人。
見た目は花束を送りたくなるエルフ系の美人だが、育ちの悪さに冒険者言葉が混ざり、口を開けば普通の男なら捧げた花束をその場に落とす。
「ようミュスレア、一家総出か? 娘が三人だっけ?」
椅子を蹴られた冒険者が、二十六歳独身のクォーターエルフをからかう。
「弟だよ! 男だよ!」
姉に代わって文句を言ったのはキャルル・リョース。
ようやく十六歳になったが、エルフの血で成長が遅いのが悩みの少年冒険者。
別の男が、ミュスレアの後ろの少女に声をかけた。
「うへへ、お嬢ちゃんかわいいねえ? おじちゃんの相手をしてくれない?」
わざと気持ち悪い声を出した男に向かって、少女はにっこり笑って答えた。
「あら、わたしは怪我人専門なの。死にそうになったら声をかけてね、看取ってあげるから」
ヒーラーのリューリア返しに、周りの男達も笑う。
「あまりうちの子達をからかうなよ」と、書生風の穏やかな気配を持つ茶髪の男が最後に入ってきた。
横には白い尻尾を角を持つ特徴的な少女を連れて。
この場に居るのは、ライデンでもそれなりのギルドの主力メンバー。
その全員が一見すると華奢な男と少女のことを知っている。
恐らくはライデンのみならず、ここ南の大陸メガラニカでも最高峰と最強の冒険者の組み合わせ。
だが二人は、周囲に緊張を誘う気配を振りまいたりはしない。
「いやいやアドラーよ、今日は団長と副団長だけで良いんだぞ。一家総出の子連れでやって来れば、そりゃ一声かけねば悪いだろ?」
ミュスレアをからかっていた冒険者が、笑顔と大声で周りにアドラーの到着を知らせた。
「えっ、そうなの? 五人も連れて来ちゃったよ」
アドラーの団、太陽と鷲は全部で七人。
奥のテーブルから声がかかった。
「まあ良いだろ、追い返すこともない。おいアドラー、お前はこっちだ」
一番大きなテーブルには、主要ギルドの団長ばかりが三十人ほども集まっている。
何処も五十から百人は所属している大手ギルドばかり。
このギルドが全て協力すれば、一個軍団に相当する戦力になり、この地上で倒せない魔物もない。
「あ、すいません。お邪魔します」
たった七人のギルドの長、アドラーは若干居心地が悪い。
「邪魔するね。マスター、ゴートミルクをくれ!」
何故か付いて来たキャルルの方が堂々としていた。
歴戦の冒険者に混ざったキャルルの顔は満足そうで、男達は笑いながらも追い払ったりしなかった。
アドラーの肩身はますます狭い。
ミュスレアとリューリアとブランカ、三人の女の子は別のテーブルに呼ばれた。
そこには青のエスネ――ライデン市の女冒険者の代表格――と共に、女性だけのギルドを率いるハーモニア団長など、女冒険者が集まっていた。
ミュスレアの為に、エスネの隣に座っていた女性が席を譲った。
今ではエスネとミュスレアとハーモニアが、ライデン市の女冒険者で三強と目される。
三人並んでるところを見たがったのだった。
だがミュスレアは不満顔。
「このメスゴリラ達と同じにされるとは……」
「お前が言うな」とエスネだけが突っ込み、酒杯を勧める。
血の気が多い冒険者が集まったにしては、落ち着いた飲み会だった。
そもそも、誰も何の用事で集められたか知らない。
ギルド本部がライデン市に残る主要な団を全て呼び集めるとは、異常事態なのだが。
「……最近、何か出たっけ?」
「いや、手に負えない魔物とかの噂は聞いてない」
冒険者たちも最初は呼ばれた理由を探す。
「やはり新大陸の話じゃないか?」
「まあそれだよな。冒険者稼業は隆盛期だが、実力が伴わずに旅に出る奴がなあ」
話ながら、男も女も酒が進む。
つまみこそ出ないが、今日の飲みはケチくさい事で有名なギルド本部の奢りだった。
しばらく放置された冒険者達がほろ酔いで気分が良くなった所で、今日の主宰者が現れた。
登場した奴の顔を見た冒険者の目つきが変わる。
出てきたのはカバーオ卿、別に貴族ではないがライデン市名物の『グラーフの地下迷宮の共同探索期間』を仕切る顔役で、尊大で嫌味なことから悪意を込めて卿などと呼ばれている。
グラーフの地下迷宮の共同探索期間は、別にギルド戦、ギルド対抗戦、団イベなどと呼ばれる冒険者ギルドにとって最も重要なイベント。
カバーオ卿が姿を見せたと言うことは、発表はギルド対抗戦に関する事で間違いない。
不穏な空気が膨れ上がる中、カバーオが口を開いた。
「あーそだな、集まってくれて君らもご苦労」
一言目からイラッとする口調で話し始めた。
「君らも知っていると思うが、前回から『グラーフの地下迷宮の共同探索期間』の参加ギルドが一気に増えた。そこで、ルールを変更する事にする。詳しい事はこっちの女が発表する。それと奢りはここまでだ、これからは自分の金で飲むように!」
集まっていた二百人ほどの冒険者、そのほぼ全員が睨む中、カバーオは涼しい顔で言い放って去っていた。
ギルド対抗戦のルール変更ほどの重要事項をたった二週間前に告げる、しかも自分では伝えない。
半分ほどは切れかけていたが、冒険者達は堪える。
何故ならば、後に残されたのは馴染みある本部の受付嬢が三人、困った顔を隠さずに立ち尽くすのみ。
普段から世話になり偶像のような人気もある受付嬢に怒鳴り散らすなど、財布を落とした直後でも出来るはずがない。
そして覚悟を決めた表情で、優秀な受付嬢テレーザさんが一歩前に出た。
これこそが後に『受付嬢の盾』として対抗戦運営の悪名を永久に残すことになった事件である。
運営と名の付くものにまともな物はないと、帝国のみならず大陸中に住む人間が知る。
テレーザの口から変更点を聞いた男達は拳を強く握りしめ、女達は涙した。
だが怒りをぶつけるべき相手はここには居ない。
淡々と美しい声で、感情を込めずに一度もつまる事なく最後まで告げたテレーザが、数拍の間を置いて自分の声を出した。
「み、みんなごめんね……おやめ下さいとは頼んだの、けど……もう決まったことだからって……!」
その場で泣き崩れたテレーザを、二人の受付嬢が支える。
三人ともが、悔しさと無力さで綺麗な顔が歪んでいる。
一人の男が叫んだ。
「運営には、血も涙もねえ……! 悪魔とは地上の奴らのことだ!」
頷いた別の男も吠えた。
「俺達のことを奴隷か肉ゴーレムとしか思ってねえよ、あんまりだ」
呆然としたアドラーは「糞運営……」と呟くのが精一杯。
隣では、もう十年も団長を務める屈強な冒険者が泣いていた。
「こ、こんなことを、団員達になんと伝えればいいんだ……」と。
二週間後の次回ギルド対抗戦での変更点は以下になる。
・今回から予選を二日間に増やし、全ギルド参加とする
これまで、シード権を持つギルドは予選はなかったのだ。
そしてまだある。
・前回の開催で獲得したシード権は金貨1枚で買い取る
・今後のシード権は予選二日の討伐ポイントで決め、上位64ギルドに与えられることとする
・戦闘可能時間を朝7時から24時までとする。
つまり一日の十七時間を、予選二日と本戦の五日に費やせと言うのだ。
これではどれほどの戦力を持つギルドでもボロボロになってしまう、まさに神をも恐れぬ所業と言えた。
和気あいあいとした同業同士の集まりの空気は吹き飛んでいた。
今はただお互いに慰めながら酒を注ぎ合うのみ、しかもここからは自分の金で。
「カバーオの野郎を殺す!」と言い立ち上がる者も居たが、周りの連中が椅子に引き戻す。
憔悴したテレーザが机を周り、今日来てないギルドへの伝言を頼む。
何時も冒険者のことを考え、誰もが一度は世話になった受付嬢に怒れる者はいない。
『受付嬢の盾』は、完璧な効果を発揮していた。
そしてアドラーは途方に暮れる。
予選はグラーフの大ダンジョンの四層までを使うとされていた。
この階層は出てくる魔物が弱く数がものを言う、七人のギルドではシード権の確保どころか、予選通過さえ不可能になる。
「ミュ、ミュスレアさーん。どうしよう?」
恥も外聞もなく、アドラーは副団長格のエルフ娘の椅子に縋り付いた。
だがミュスレアは、おかしな事にこの過酷なイベントが大好きだった。
「一日増えるって! 楽しみだね!」
「いやいや、うちの人数だと幾ら俺たちが頑張っても予選通過は無理だよ」
アドラーは見上げたまま現状を告げた。
”太陽を掴む鷲”団には、ここの五人の他にオークの戦士ダルタスと、血統の魔女ことマレフィカというメンバーがいる。
何れも代えがたい一級品の人材だが、三十人を揃えるギルドには勝てない。
また”太陽を掴む鷲”団には、幾つか評判がある。
内容は誇っても良い、褒め言葉にも近いものだが、新規入団者が避けるには充分なもの。
アドラーが団長になって1年と少し、今の七人から増えたことがない――ライデン市では。
ミュスレアが下から覗き込む団長に対して、飛び切りの愛情を込めた笑顔を返した。
「そんなの、北の大陸から支部の連中を呼べば良いじゃない! あいつらだってうちの団なんだし」
そう――”太陽を掴む鷲”団は、今のところ世界で唯一、二つの大陸に跨る冒険者ギルドだった。
北の大陸アドラクティア支部には、人数こそ少ないが、かつてのアドラーの仲間達が所属していた。
しかもその誰もが、種族最強と認められ歌に謳われし英雄である。
「そ、その手があったか!」
アドラーの瞳に力が戻った。
ギルドを率いる団長として、始まる前から団イベを諦めるなど論外である。
その日その時の為に冒険者ギルドは存在し、団長は死力を尽くして団員を集め、団員は号令一下戦うのだ。
この翌日、アドラーはブランカだけを連れて密かに北の大陸に渡る。
目的は一つ、ギルド対抗戦の為に。
かつて文明圏に存在したことのない少数精鋭の最強ギルドが、冒険者の町ライデンに誕生しようとしていた――!
0
あなたにおすすめの小説
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる