朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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八章

運営と言う名の悪魔

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 ”太陽を掴む鷲”という小さなギルドが、新大陸で竜族と共に戦ってから半年が経とうとしていた。

 ここは冒険者の街ライデン、季節は夏の終り。
 あと十五日足らずで、楽しい楽しいギルド対抗戦がやってくる。

 ライデン市の主要ギルドが、ギルド本部から呼び出しを受けていた。
 本部の一階にある酒場へ集まれとの報せを受けた”太陽を掴む鷲”の団長も、団員を連れてやってきた。


「うわっ、なんだこれ。臭い冒険者で足の踏み場もないぞ」
 酒場の扉を開いた途端、全員に聞こえる大声で女エルフが苦情を放った。

「あ? 何者だ?」と逞しい男どもが入り口を見たが、直ぐに気にするのを止めた。
 よくよく見知った顔が、何時もの挨拶を言っただけ。

「のけよ、通せよ」と、目の前の椅子に軽く蹴りを入れるのはミュスレア・リョース。

 この酒場に来る者でミュスレアを知らないのは、他所者か新人。
 見た目は花束を送りたくなるエルフ系の美人だが、育ちの悪さに冒険者言葉が混ざり、口を開けば普通の男なら捧げた花束をその場に落とす。

「ようミュスレア、一家総出か? 娘が三人だっけ?」
 椅子を蹴られた冒険者が、二十六歳独身のクォーターエルフをからかう。

「弟だよ! 男だよ!」
 姉に代わって文句を言ったのはキャルル・リョース。
 ようやく十六歳になったが、エルフの血で成長が遅いのが悩みの少年冒険者。

 別の男が、ミュスレアの後ろの少女に声をかけた。
「うへへ、お嬢ちゃんかわいいねえ? おじちゃんの相手をしてくれない?」

 わざと気持ち悪い声を出した男に向かって、少女はにっこり笑って答えた。

「あら、わたしは怪我人専門なの。死にそうになったら声をかけてね、看取ってあげるから」
 ヒーラーのリューリア返しに、周りの男達も笑う。

「あまりうちの子達をからかうなよ」と、書生風の穏やかな気配を持つ茶髪の男が最後に入ってきた。
 横には白い尻尾を角を持つ特徴的な少女を連れて。

 この場に居るのは、ライデンでもそれなりのギルドの主力メンバー。
 その全員が一見すると華奢な男と少女のことを知っている。

 恐らくはライデンのみならず、ここ南の大陸メガラニカでも最高峰と最強の冒険者の組み合わせ。
 だが二人は、周囲に緊張を誘う気配を振りまいたりはしない。

「いやいやアドラーよ、今日は団長と副団長だけで良いんだぞ。一家総出の子連れでやって来れば、そりゃ一声かけねば悪いだろ?」

 ミュスレアをからかっていた冒険者が、笑顔と大声で周りにアドラーの到着を知らせた。

「えっ、そうなの? 五人も連れて来ちゃったよ」
 アドラーの団、太陽と鷲は全部で七人。

 奥のテーブルから声がかかった。
「まあ良いだろ、追い返すこともない。おいアドラー、お前はこっちだ」

 一番大きなテーブルには、主要ギルドの団長ばかりが三十人ほども集まっている。

 何処も五十から百人は所属している大手ギルドばかり。
 このギルドが全て協力すれば、一個軍団に相当する戦力になり、この地上で倒せない魔物もない。

「あ、すいません。お邪魔します」
 たった七人のギルドの長、アドラーは若干居心地が悪い。

「邪魔するね。マスター、ゴートミルクをくれ!」
 何故か付いて来たキャルルの方が堂々としていた。

 歴戦の冒険者に混ざったキャルルの顔は満足そうで、男達は笑いながらも追い払ったりしなかった。
 アドラーの肩身はますます狭い。

 ミュスレアとリューリアとブランカ、三人の女の子は別のテーブルに呼ばれた。
 そこには青のエスネ――ライデン市の女冒険者の代表格――と共に、女性だけのギルドを率いるハーモニア団長など、女冒険者が集まっていた。

 ミュスレアの為に、エスネの隣に座っていた女性が席を譲った。
 今ではエスネとミュスレアとハーモニアが、ライデン市の女冒険者で三強と目される。
 三人並んでるところを見たがったのだった。

 だがミュスレアは不満顔。
「このメスゴリラ達と同じにされるとは……」
「お前が言うな」とエスネだけが突っ込み、酒杯を勧める。

 血の気が多い冒険者が集まったにしては、落ち着いた飲み会だった。
 そもそも、誰も何の用事で集められたか知らない。

 ギルド本部がライデン市に残る主要な団を全て呼び集めるとは、異常事態なのだが。

「……最近、何か出たっけ?」
「いや、手に負えない魔物とかの噂は聞いてない」

 冒険者たちも最初は呼ばれた理由を探す。

「やはり新大陸の話じゃないか?」
「まあそれだよな。冒険者稼業は隆盛期だが、実力が伴わずに旅に出る奴がなあ」

 話ながら、男も女も酒が進む。
 つまみこそ出ないが、今日の飲みはケチくさい事で有名なギルド本部の奢りだった。

 しばらく放置された冒険者達がほろ酔いで気分が良くなった所で、今日の主宰者が現れた。

 登場した奴の顔を見た冒険者の目つきが変わる。
 出てきたのはカバーオ卿、別に貴族ではないがライデン市名物の『グラーフの地下迷宮の共同探索期間』を仕切る顔役で、尊大で嫌味なことから悪意を込めて卿などと呼ばれている。

 グラーフの地下迷宮の共同探索期間は、別にギルド戦、ギルド対抗戦、団イベなどと呼ばれる冒険者ギルドにとって最も重要なイベント。

 カバーオ卿が姿を見せたと言うことは、発表はギルド対抗戦に関する事で間違いない。

 不穏な空気が膨れ上がる中、カバーオが口を開いた。

「あーそだな、集まってくれて君らもご苦労」
 一言目からイラッとする口調で話し始めた。

「君らも知っていると思うが、前回から『グラーフの地下迷宮の共同探索期間』の参加ギルドが一気に増えた。そこで、ルールを変更する事にする。詳しい事はこっちの女が発表する。それと奢りはここまでだ、これからは自分の金で飲むように!」

 集まっていた二百人ほどの冒険者、そのほぼ全員が睨む中、カバーオは涼しい顔で言い放って去っていた。

 ギルド対抗戦のルール変更ほどの重要事項をたった二週間前に告げる、しかも自分では伝えない。
 半分ほどは切れかけていたが、冒険者達は堪える。

 何故ならば、後に残されたのは馴染みある本部の受付嬢が三人、困った顔を隠さずに立ち尽くすのみ。

 普段から世話になり偶像のような人気もある受付嬢に怒鳴り散らすなど、財布を落とした直後でも出来るはずがない。

 そして覚悟を決めた表情で、優秀な受付嬢テレーザさんが一歩前に出た。
 これこそが後に『受付嬢の盾』として対抗戦運営の悪名を永久に残すことになった事件である。

 運営と名の付くものにまともな物はないと、帝国のみならず大陸中に住む人間が知る。

 テレーザの口から変更点を聞いた男達は拳を強く握りしめ、女達は涙した。
 だが怒りをぶつけるべき相手はここには居ない。

 淡々と美しい声で、感情を込めずに一度もつまる事なく最後まで告げたテレーザが、数拍の間を置いて自分の声を出した。

「み、みんなごめんね……おやめ下さいとは頼んだの、けど……もう決まったことだからって……!」

 その場で泣き崩れたテレーザを、二人の受付嬢が支える。
 三人ともが、悔しさと無力さで綺麗な顔が歪んでいる。

 一人の男が叫んだ。
「運営には、血も涙もねえ……! 悪魔とは地上の奴らのことだ!」

 頷いた別の男も吠えた。
「俺達のことを奴隷か肉ゴーレムとしか思ってねえよ、あんまりだ」

 呆然としたアドラーは「糞運営……」と呟くのが精一杯。
 隣では、もう十年も団長を務める屈強な冒険者が泣いていた。
「こ、こんなことを、団員達になんと伝えればいいんだ……」と。

 二週間後の次回ギルド対抗戦での変更点は以下になる。

・今回から予選を二日間に増やし、全ギルド参加とする
 これまで、シード権を持つギルドは予選はなかったのだ。
 そしてまだある。

・前回の開催で獲得したシード権は金貨1枚で買い取る
・今後のシード権は予選二日の討伐ポイントで決め、上位64ギルドに与えられることとする
・戦闘可能時間を朝7時から24時までとする。

 つまり一日の十七時間を、予選二日と本戦の五日に費やせと言うのだ。
 これではどれほどの戦力を持つギルドでもボロボロになってしまう、まさに神をも恐れぬ所業と言えた。

 和気あいあいとした同業同士の集まりの空気は吹き飛んでいた。
 今はただお互いに慰めながら酒を注ぎ合うのみ、しかもここからは自分の金で。

「カバーオの野郎を殺す!」と言い立ち上がる者も居たが、周りの連中が椅子に引き戻す。
 憔悴したテレーザが机を周り、今日来てないギルドへの伝言を頼む。

 何時も冒険者のことを考え、誰もが一度は世話になった受付嬢に怒れる者はいない。
『受付嬢の盾』は、完璧な効果を発揮していた。

 そしてアドラーは途方に暮れる。
 予選はグラーフの大ダンジョンの四層までを使うとされていた。

 この階層は出てくる魔物が弱く数がものを言う、七人のギルドではシード権の確保どころか、予選通過さえ不可能になる。

「ミュ、ミュスレアさーん。どうしよう?」
 恥も外聞もなく、アドラーは副団長格のエルフ娘の椅子に縋り付いた。

 だがミュスレアは、おかしな事にこの過酷なイベントが大好きだった。
「一日増えるって! 楽しみだね!」

「いやいや、うちの人数だと幾ら俺たちが頑張っても予選通過は無理だよ」
 アドラーは見上げたまま現状を告げた。

 ”太陽を掴む鷲”団には、ここの五人の他にオークの戦士ダルタスと、血統の魔女ことマレフィカというメンバーがいる。
 何れも代えがたい一級品の人材だが、三十人を揃えるギルドには勝てない。

 また”太陽を掴む鷲”団には、幾つか評判がある。
 内容は誇っても良い、褒め言葉にも近いものだが、新規入団者が避けるには充分なもの。

 アドラーが団長になって1年と少し、今の七人から増えたことがない――ライデン市では。

 ミュスレアが下から覗き込む団長に対して、飛び切りの愛情を込めた笑顔を返した。

「そんなの、北の大陸から支部の連中を呼べば良いじゃない! あいつらだってうちの団なんだし」

 そう――”太陽を掴む鷲”団は、今のところ世界で唯一、二つの大陸に跨る冒険者ギルドだった。

 北の大陸アドラクティア支部には、人数こそ少ないが、かつてのアドラーの仲間達が所属していた。
 しかもその誰もが、種族最強と認められ歌に謳われし英雄である。

「そ、その手があったか!」
 アドラーの瞳に力が戻った。

 ギルドを率いる団長として、始まる前から団イベを諦めるなど論外である。
 その日その時の為に冒険者ギルドは存在し、団長は死力を尽くして団員を集め、団員は号令一下戦うのだ。

 この翌日、アドラーはブランカだけを連れて密かに北の大陸に渡る。
 目的は一つ、ギルド対抗戦の為に。
 
 かつて文明圏に存在したことのない少数精鋭の最強ギルドが、冒険者の町ライデンに誕生しようとしていた――!
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