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八章
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しおりを挟む「キャルルがどっかにいった」と聞いたアドラーは慌てふためき、縋る目でミュスレアへと振り返った。
しかし長女は、アドラーの半分も慌てた様子がなく、黙って上を指差す。
ミュスレアもまた、自分の弟を信じようとしていた。
「あ、そうか。マレフィカに聞けば良いのか」
アドラーは懐から連絡球を取り出し、文字を書いた。
二門の超火力――ブランカとバシウム――で城を混乱させた後、闇夜は魔女の独壇場。
情報統制と航空支援、さらに強化魔法の機動力まで持つ太陽と鷲の一味は、中世の騎士団に近代軍で攻撃を仕掛けたようなもの。
苦戦も賭けもするつもりはなく、一方的優位で戦いを進める。
上空から城全体を見張るマレフィカより、待つこともなく返事がくる。
「キャルルくん、追いかけっこしてるよー。たくましい騎士百人くらいと。捕まったらどうなるか楽しみだけど、私が援護するから心配なくー!」
「大丈夫、これ?」と、連絡球を覗き込んだミュスレアが若干不安になる。
余裕ありすぎる文面にアドラーも困惑したが、無事なことだけは分かった。
「よし、予定通りに皆でここから出よう。北へ」
アドラーは、キャルルを信じて託すことにした。
送り込んだキャルルとリューリアが、助けに来るアドラーへの信頼を広めてくれていた。
二人の活躍のお陰で、商品の女の子達はアドラーのバフがかかる。
担いで逃げなくとも、全速力で走れるのだ。
先頭に立ったアドラーは、嬉しそうに笑う。
「やるな、キャルルのやつ。囮までこなすとは、帰ってたらうんと褒めてやらないとな」
ここまでの道中、警戒していた金羊毛騎士団の騎士に一人も会わなかった。
脱出するアドラー達の前には、素手で気絶させた程度の兵士しか現れなかった。
そしてキャルルとバスティは――。
「こっちだよ、ばーか!」
「にゃんにゃかにゃーん!!」
広い城内を思う存分に駆け回っていた。
主君――ブルゴーニュ公ウード――の顔を蹴り上げ気絶させた無礼者を、金羊毛騎士団は全力で追いかけていた。
「どこだっ!?」
「あっちだ!」
「クソガキめ! おい、弓を持ってこい!!」
通路から通路、部屋から部屋、さらに窓から屋根。
身軽にも裸足で跳ね回る少年エルフと、中身が女神の黒猫が、フル装備の騎士に捕まるわけがない。
騎士の装備は重く、馬から下りると動けないと言うのは嘘伝承である。
血統と食事と鍛錬に恵まれた騎士は、二十から四十キロの鎧を着て猛然と戦うことが出来る。
騎乗強襲から地上戦闘まで、全てをこなすから戦争の専門家なのだ。
だが、素軽く逃げ回る少年を追いかけるには向いていない。
「い、息が……!」や「なんてガキだ……」と、十数分も走り回る内に次々と腰をおろす者が増える。
キャルルはまだ一人も倒していなかったが、もう六十人ほどを戦闘不能にしていた。
まだまだ元気いっぱいのキャルルが分かれ道に差し掛かる。
「楽勝! バスティ、次は?」
「右だにゃ!」
猫のバスティは、キャルルの足元を走りながら鋭い感覚を生かす。
迷路のようなセダーン城を縦横無尽、キャルルの大活躍は続く。
「あ、まずい!」
廊下を二度、三度と曲がったキャルルが、一人の騎士に気付いて足を止めた。
騎士は一人しか居なかったが、巨大な弓を持っていた。
いま来た道を戻ろうとしたキャルルをバスティが止める。
「後ろからも来てるにゃ! 十人以上だにゃ!」
遂に挟まれたキャルルは、辺りを見渡して天井付近に目をやった。
「よっと!」
軽業師もびっくりの跳躍で、狭い採光口に飛びつくと体をねじ込み外に出る。
「キャルルも、まるで猫だにゃ」
バスティは軽々と付いてくる。
再び屋根に出たキャルルを狙う者があった。
口径の大きな魔弾杖、加速された弾は掠めるだけで少年の皮膚を裂き肉を抉り取るが……。
「それはさせない、んだな」
空の上からマレフィカが魔法を飛ばす。
アドラー達脱出組と外のイグアサウリオと連絡を取りながら城の防御魔法を撹乱し、キャルルの援護までする、ほうきの魔女。
情報と通信を司るマレフィカが今回の要だった。
さらにキャルルが夜の屋根を走る。
そろそろ逃げ切ったかと思われたが、城の主は諦めていなかった。
目を覚ましたウードが騎士団に向かって怒鳴る。
「いったい! お前ら何をやっておる! 何が起きた!? わしの股間と顔を蹴ったあの小僧を連れてこい! 生死は問わんぞ! 両足を引きちぎれ!」
怒り狂う主の支離滅裂な命令に、高名な金羊毛騎士団も諌める者がいない。
主だった騎士は先代の豪胆公と共に引退し、今ではウードに従順な者しか残ってなかった。
騎士たちは、手に手に武器を取り城の屋根を目指す。
大陸最強と呼ばれた騎士団が、一人の少年を殺すためだけに動き出した。
「バスティ、どっちに逃げよう?」
「これを見るにゃ、自分では見えないなにゃん」
キャルルの問いに、バスティは首輪に付けた水晶を触る。
そこにはマレフィカから作戦の進捗と方針が送られてきている。
「うーんと……北か。みんなそっちに行くって!」
キャルルは弾むように走り出す。
両親がなく貧乏育ちのキャルルは、街で悪の道に進みかけたこともあった。
「あの店から取ってこい」と言う仲間の命令に、何の悪気もなく店先の果物やパンを盗んでは走って逃げていた。
だがある日、悪事はミュスレアにバレた。
凄い形相でキャルルを引っ叩いた姉は、キャルルを連れて商店街に行き謝って回る。
「子供のことだから」という店もあったが、「やっぱり親がいないとねえ……」と言われた所もある。
弟の手を引いたミュスレアは、泣きながら頭を下げていた。
それはキャルルが初めて見た、強い姉の涙だった。
それからのミュスレアはギルドの遠征に参加することが増えた、その方が稼げるから。
長女の目はなくなったが、キャルルは遊び場を森に変えた。
日々、走ったり登ったりすることで体を鍛え、何時か姉の役に立てるようにと。
「ま、ボクが一人前になる前に、兄ちゃんが来たんだけどね!」
「何の話にゃ?」
「昔の話だよ。いこうバスティ、もうひと暴れしてやろう!」
キャルルは走り出す。
自分が目立つことで、みんなや女の子達が楽になると信じて。
しかし、本気になった騎士団は甘くなかった。
広い城の屋根に出ようとしたキャルルに、容赦なく飛び道具が使われた。
マレフィカが援護するが、数が多すぎて対処が出来ない。
高度を上げながらマレフィカは手元の水晶を見る。
「まずいまずい。団長、早く早く!」
最後の連絡を待つマレフィカの目には、遠目から狙われて尖塔の一つに逃げ込むキャルルとバスティが映っていた。
作戦の残りはあと二段階。
最後は全員脱出で、その一つ前がまだ終わっていない。
「来た!」
マレフィカの連絡球にアドラーからの命令が届き、それをそのままイグアサウリオに送る。
セダーン城の北方、イグアサウリオが二人の超兵器を引き連れて待っていた。
「よし指令が来たぞ。バシウム、ブランカよ、遠慮せず薙ぎ払え」
まだ攻撃を受けていない北の城壁、最も注意が逸れたこの方角に、逃げ道を作るとアドラーは決めていた。
「やっとか!」
「あい!」
待ちに待った二人は、残った火力を一点に集中させる。
陽動の攻撃は、あくまで防御クリスタルを狙った精密射撃。
今度は、分厚い城壁を消し飛ばす本気の一撃。
セダーン城が大きく揺れた。
北の大陸で最強の魔法使いと祖竜の力は、北面の城壁の六割を消滅させていた。
歴戦の英雄、イグアサウリオでさえ目を丸くする。
「だ、大丈夫かのう……? 巻き込まれたら、アドラーと言えど……」
最初にブランカが鋭く捉えた、煙の中で動く影を。
「だんちょーだ!」
囚われた二十三人を連れたアドラーは、分厚い城壁があった場所を悠々と歩いて脱出していた。
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