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八章
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しおりを挟むキャルルとバスティを救出し、無事に城を抜け出したアドラーの、本当の戦いはこれからだった。
まずは前哨戦といった感じで、ミュスレアとリヴァンナが出迎える。
『どちらかを選べ』とでも言いたげなように、アドラーの行く手で左右に別れて立っていた。
背中のキャルルが「ひぇー……なんか怖いな」と小声で呟いたが、アドラーはあえて二人の真ん中を突っ切った。
「あ、待って! キャルル、お帰り」
「むぅ、酷い。キャルルくん、無事で良かった」
ミュスレアとリヴァンナが小走りでアドラーの後を追う。
ほんのついでの扱いになったキャルルだったが、特に不満はなかった。
これまで姉のミュスレアは、常にリューリアとキャルルを最優先にして、自分のことは殆ど気にかけなかった。
それが今や「好きな人が出来て、男優先か。ようやく姉ちゃんも弟離れが出来るってもんだね、兄ちゃん?」と、キャルルが問いかけた。
アドラーは生意気な荷物を背負い直すと、質問には答えず、なるべく真剣な口調で答えた。
「キャル、今はそれどころではない。追撃が来る前に森まで逃げないとな。それに後6日でライデンまで戻る必要があるんだ!」
アドラーの声は大真面目で、キャルルとバスティは驚いた。
「にゃんだと!?」
「ひょっとして兄ちゃん、まだギルド対抗戦に参加するつもり!?」
ここでアドラーは立ち止まる、そして南の大陸に来てから最も引き締まった表情を見せた。
「キャル、いいかい。団長とは、どんな時でも団イベを諦めないんだ。絶対に参加して、全力で戦い、そして勝利に導く。それが冒険者ギルドの団長だ」
アドラーにおんぶされたままのキャルルは「うぇ?」と妙な声を出した。
少年には、兄ちゃんの台詞が全く理解出来なかったのだが。
その代わりに、後ろから付いてくる二人のエルフ娘が声を揃えた。
「やだ…………かっこいい……」と。
「いやいや! おかしいでしょ、兄ちゃんも姉ちゃんたちも!」
キャルルの必死の訴えは、大人たちには一切届くことはなかった。
さらに後方、闇夜の中でダルタスが気配を殺しながら燃えるセダーン城を見つめていた。
もし追手があれば、ここでダルタスが防ぐ。
むしろ戦う機会を願っていたオークの所へ、魔女のマレフィカが降りてくる。
「やれやれ、今夜も忙しいことだなー」
「ご苦労だったな、団長は先に行ったぞ。追撃の気配はあったか?」
ダルタスの問いに、マレフィカは手を振って答える。
「ないない、城も屋上も大騒ぎだよ。それどころじゃない感じだが、団長は本当に森を超える気かね?」
アドラーが挑む森は、ミケドニア帝国とサイアミーズ王国の国境に跨るアルデンヌの森。
互いの首都を結ぶ一直線上にあり、双方共に自然の要害として手つかずで残していた。
この原生林を馬に乗り荷車を引いて超えるのは不可能、アドラーが前世で知る無限軌道車でもあり得ない難所だった。
ダルタスも手を振って答える。
「うむ、我らが団長はどうかなされたかな。足手まといの女子供を二十も抱えて森に挑むなど、普段なら絶対にやらぬが」
もちろんマレフィカもダルタスも、計画の詳細を知っている。
冒険者は人と戦うよりも自然に挑むのが仕事だが、今回は分が良い賭けとは思えなかったのだ。
「エルフ娘に追い回されて、森に逃げ込むとは団長らしくもない。森林は彼女らの住処だと言うのに」
マレフィカが軽くからかう、アドラー団長が決めたのだから勝算があるのだろうとの信頼もあった。
「うむ、森の中でエルフ娘に狩られなければ良いがな」
ダルタスも冗談で応じるだけの余裕があった。
燃え盛る城以外に、地平線が明るくなるまであと数時間だった。
イグアサウリオが統率する本隊へ、ブランカとバシウムとリューリア以外は逃げて来た二十三人の女子供、アドラーはようやく合流した。
ロシャンボーから預かった金貨三千枚の半分は、百人分の装備に変わっていた。
汚れた水も入れるだけで浄化する魔法の水筒、片面は暖かく裏面は涼しい毛布、雨粒を頭の上で曲げてしまう帽子、一粒食べるだけで半日は持つ丸薬。
それ以外にも乾いた木がなくても煮炊き出来る炎の精霊が宿る鍋など、サバイバルに必須の高級魔法道具がありったけ。
そして最後の切り札を、アドラーが呼んだ。
短い指笛に応えて、目の前に迫るアルデンヌの森から黒い影が出てくる。
サイアミーズ王家お抱えの工作集団、南の大陸に唯一残ったダークエルフのシャーン族が現れた。
「五十人ほどか? 少ないな」
アドラーが尋ねると、族長の娘ファエリルが代表して答える。
「年寄りは村に残りました。離れるに忍びない、王家との長き約定もあると。ですが、子を成せる若者は全て連れて来ました。もう残りも少ないですが」
ファエリルは自嘲気味に言い、後ろを振り返る。
アドラーも確認する、若者と言いつつも大半は青年を過ぎている。
五十人の中に、成長途上の子供は二人しかいない。
ファエリルが淡々と説明した。
「最後の子供が十年前、その前が十五年前です。ここ三十年で生まれた子は僅かに二人、我らの部族が生き延びるには新しい血が必要なのです。例え王家との約束を破り、父母や祖父母と別れることになっても……」
深刻な表情、苦悶している族長の娘に、アドラーは三つ折りにした紙を差し出して言った。
「これを読んでみろ。サイアミーズ王家の長老、フィリップ殿下から頂いた。直筆の本物だぞ」
サイアミーズ王家と聞いて、ファエリルは恭しく紙片を受け取る。
シャーン族は、十数代に渡り、五百年近くも王家と約定を結んできたのだ。
フィリップ殿下の書いた文に目を通したファエリルは、驚いて顔を上げた。
その顔にアドラーは大きく頷く。
「シャーン族との契約を破棄する、以後は自由にせよとフィリップ殿下は仰った。長く仕えてくれたことに感謝するとな、本来なら金一封を出したいが、今は手持ちがなくて申し訳ないとも言ってたぞ」
ファエリルが一族の者達と文面を確かめる。
忠誠のある、律儀な一族だなあとアドラーは感じていた。
黙って国から逃げ出すことが余程心に残っていたのか、シャーン族の面々は急に表情が明るくなっていた。
「あ、あの、このような恩義に何とお礼して良いか……!」
肩の荷が降りたのか、涙目でアドラーの前に立ったフェアリルだったが、その狭い間に二人のエルフが割り込んだ。
「はいはい、そこまで!」
「これ以上増えたら困る」
ミュスレアとリヴァンナであった。
ただでさえはっきりしないアドラーに、また一人のエルフ娘が「お仕えします」などと言い出す前に牽制しに来たのだった。
三歩ほど後ずさりしたアドラーは、フェアリルに声をかける。
「その紙を持って、何人か村に向かわせると良い。フィリップ殿下の署名のある、立派な公文書だ。老人たちも苦労なく国境を超えられる、あとはライデンまで来れば新大陸へ送ってあげるよ」
アドラー達の抱える問題は、全て解決しかけていた。
あとはシャーン族の案内の下に、アルデンヌの森を越えるだけだった。
常人が踏み込めば何ヶ月も彷徨う羽目になる原始の森も、強力な団長に率いられた五十人もの森の人――エルフ族――にかかれば、せいぜい荒れ地を往く程度であった。
「さあ、あと6日でライデンに戻るぞ!」
団で挑むイベントに参加するため、アドラーは張り切って森へ踏み込んだ。
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