朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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八章

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 平地でも、道なりに進めば直線距離の3倍はある。
 開かれてない原生林では更に3倍、ほんの数十キロの森林を縦断するのにも、まともに挑めば一ヶ月から二ヶ月かかる。

「まあ、まともな集団ではないけどな……」

 木々の間を、エルフの一団が飛び回る。
 ただのヒト族のアドラーは置いて行かれそうになっていた。

 森の地面は、陽の当たるとこは植生が濃く、低地はぬかるみ、高地を選んで辿るのは時間がかかる。
 だがエルフ族はおかまいなし、木から木へと優雅に飛び移る。
 しかも助け出した子供達を背負ったままで。

 枝の上からミュスレアがアドラーを見下ろす。
「大丈夫? 手、引っ張ってあげようか?」

 ここでアドラーはエルフ族に付いていくのを諦めた。

「いや、いいよ。先に行ってくれ、リヴァンナと協力してみんなを引き連れてね……」

 一瞬だけ困った顔になったミュスレアも、素直に団長の命令に従った。
 先頭にキャルルとブランカ、中央に子供を背負ったシャーン族、残りのシャーン族とミュスレアとリヴァンナが集団を守る。

 あとに残されたのは、アドラーとダルタスとイグアサウリオ。
 ヒトとオークとリザードのオスには、木々を飛び移るという芸当は無理だった。

「団長……あれに付いていくのか?」
 珍しくダルタスが不安そうな顔をした。
 先を行くエルフの一団は、あっという間に見えなくなっていた。

「あの速さでないと、五日でアルデンヌの森は超えられないからな。ダルタス、イグアサウリオ、俺達も走るぞ!」

 アドラーは知っていた。
 森の中で一番速いのは、樹上生活を送る猿だと。
 その速度は、時速で五十キロを超える。

 エルフ族はそこまでではないが、日の出から正午までで軽く二十キロは進むことが出来る、しかも直線距離で。
 森の二十キロは、普通の兵士なら五日はかかる。

 絶望的な追いかけっこを強いられたダルタスとイグアサウリオは、恨めしそうな目でアドラーを見ながらも走り出した。

 樹冠と地面の間は、時折キャルルがキングスパイダーの巣にひっかかるくらいで、森の中で最も安全なルート。
 対してアドラーら三人の走る地上は、危険が次々と襲ってくる。

 初日は、狼の群れに一日中付け回された。
 二日目は、腰まである沼地を渡ったところ、身体中にヒルが張り付いた。
 三日目には、遂に森の主と対面することになった。

 深緑のヘカトンケイルとあだ名された、四対の手足を持つ大熊である。
 アドラー、ダルタス、イグアサウリオは、三時間にも及ぶ激闘の末にこれを退ける。

 たった3日で深緑のヘカトンケイルが住む森の最奥に辿り着いたことも、これに勝利したことも大陸の冒険史に残る快挙であったが……残念ながら後世に知れることはなかった。

 へとへとのアドラー達は、日が沈む頃にエルフの一団と合流するを繰り返していた。

「や、や、やっと追いついた……」

 移動は午前で終わり、午後いっぱいを使って作った野営地から、ミュスレアとリヴァンナが飛び出してくる。

「アドラー、お帰り! ご飯にする?」
「それともお風呂?」

 アドラーの右手にミュスレアがタオルを渡し、左手からリヴァンナが剣を受け取る。

「あー、今日は疲れたから、先に風呂に入りたい」
 この奇怪な状況に、アドラーは慣れてきていた。

 先行するミュスレア達は、薪を拾い湯を沸かし、量は少ないが栄養になる食事を作ってアドラーを待つ。
 時には森の獣が食卓に並ぶことがあるし、シャーン族は翌日に向けて周囲を探索する。

 嵩張る水や燃料は高価な魔法道具で代替し、アドラーは剣一本だけを持ち全力で走るのみ。
 泥と木の葉にまみれてアドラー達が追いつく頃には、立派なキャンプ地が出来ていた。

 風呂といっても、木の枝と葉で作った空間で焼いた石に水をかけるサウナだったが、普通のサバイバルにこんな物はない。
 これは長い時間を森で過ごしたシャーン族の知恵だった。

 そのサウナに向かうアドラーに、茶色の物体が体当たりしてくる。
「ねえお兄ちゃん? 背中流してあげよっか?」

 何時ものヒーラー服を脱ぎ捨て、森で動きやす上着とぴったりした七分丈のズボン。
 その上に革の膝当て肘当てと手袋、さらに安全の為にヘルメットまで被ったリューリアだった。

 まるでスケートボードで遊ぶストリートガールのような格好のリューリアを、アドラーは丁寧に引き剥がして言った。

「だ、大丈夫だよ! ほらダルタスとイグアサウリオと一緒に入るからっ!」

 適当な言い訳をしたアドラーは三対の視線から逃げ出した。
 後ろからは、ミュスレアとリヴァンナの言い争いが聞こえてくる。

「またあの子、都合の良い時だけ子供ぶってる。あなた姉でしょ? 何とかして」
「うっ……リュ、リューリアは普段はいい子なのよ……ちょっと兄みたいなアドラーに懐いてるっていうか……」
「そんなこと言ってると、横から取られるわよ。若いエルフ娘は恐ろしいんだから」
「わ、わたしだってまだ若いもん……」

 恵まれた容姿を持つ二人、ミュスレアとリヴァンナは、この十日ほどですっかり自信を失いつつあった。

 サウナに逃げ込んだアドラーも、友人二人に責められる。
「おぬしなぁ、もう少し態度をはっきり出来ぬか? あれでは娘っ子どもがかわいそうじゃ」と、年長のイグアサウリオ。

「いっそ、二人とも嫁にしてしまえば良い。オークの世界ではまだ多妻の文化はあるぞ?」
 ダルタスは他人事を楽しんでいた。

「そうは言ってもなあ……こんな経験初めてだし……」
 アドラーは石から上がる湯気に顔を突っ込みながら答えた。

 顔の毛穴が開きこびりついた泥と汗が流れ落ちる感覚に癒やされながら、アドラーも少し考える。
 ここまで従ったシャーン族は、ただ一点、子孫を残したいとの思いだけで住み慣れた村も大陸も捨てる。

 アドラーは前世でもこの世界でも、結婚して子孫を残すなど考えたこともなかった。
 そもそも一人では出来ないことなのだ。

 それが今や、北の大陸と南の大陸を代表するエルフ美女に言い寄られている。

「いやー困ったなあ、どうしよう」

 湯気から顔をあげたアドラーの頬は、見事に緩んでいた。
 締まりのない団長の表情を見たダルタスとイグアサウリオは、呆れてから一言だけ告げた。

「好きにせい」
「好きにしろ」

 旅は再開する。
 四日目は、危機が訪れた。

 樹上生活の猿の天敵は猛禽類である。
 枝葉の遥か上から見つけ、時速二百キロを超える速さで襲いかかり、鋭いかぎ爪で一瞬で絶命させて連れ去る。

 夏の森では、子育てをするハーストイーグル――翼を広げると四メートルを超える――が三匹の獲物を見つけていた。

 木から木へ飛び移る尻尾のない猿と、これはキャルル、尻尾のある猿と、これはブランカ、短い翼でよたよたと木の間を飛ぶ生き物、これはバシウム。

 お腹をすかせたヒナの餌に手頃な獲物を、ハーストイーグルは同時に三体も見つけた。

 鷹の目は三体のどれもを射程に捉え、急降下で捕食しようとしたのだが……ブランカがあっさりと風切り音に気がついた。

「でけえ鳥だ! こっちにこい、下僕しもべにしてやる!」
 まずブランカは目を輝かせた。
「丸焼きだ! 今夜はごちそうだ」
 バシウムは火力全開で空に炎を撃ち出した。
「おいやめろお前ら! やっとボクの活躍の場面が来たのに!!」

 最後にキャルルが剣を振り回そうとすると、本能でやばい奴らだと嗅ぎ取ったハーストイーグルはくるりと旋回した。

「あー……逃げちゃった……」と、三人は揃って落胆の声をあげた。

 そして五日目には川を超える。
 川幅も水流もあり、アルデンヌの森でも最大の難所だが、一行にとっては簡単だった。

 ほうきに乗ったマレフィカが対岸までロープを張り、アドラーが持ち込んだ滑車で渡すだけ。
 多少の時間はかかったが、一団は一時間ほどで渡河を終えた。

 それからしばらく行くと、アドラー達は小さな冒険者団に出会った。
 ミケドニア帝国の冒険者ギルドで、森の浅いところで腕試しをしていたのだ。

 その冒険者ギルドの団長は、道案内の代わりに良い自慢話を得ることが出来た。
 彼が飲み屋で語るには。

「あのアルデンヌ森の奥からさ、いきなり百人ほどの集団が現れたんだ! 信じられないことにダークエルフが子供を沢山連れて、木の上からひゅーっとな。もうおっかなびっくりだけど、さらに一人の男がやってくるのよ。オークとリザードを連れた冒険者が。それでそいつがな『太陽を掴む鷲のアドラー』なんだよ!」

 僅か五日で、”太陽を掴む鷲”は百キロ近い森を走破した。
 ギルド対抗戦の開始は、明後日に迫っていた。
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