悪役令息に転生したビッチは戦場の天使と呼ばれています。

赤牙

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番外編:忘却の病②

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 王宮へ到着すると、ジェス王子が出迎えてくれる。今日は兵士の格好をしていないせいか、先日会った時よりも王子感は増しているものの日に焼けた肌は浮いているような感じが残る。

「アンジェロ殿、ノルンよくきてくれた。歓迎の宴を開いてやりたいところだが、祖父の状態があまり良くなくてな……。すぐに診ていただきたい」
「分かりました」

 ジェス王子の案内で向かった先は王宮の奥にある離宮だった。離宮に入るなり、大声が聞こえてくる。

「先王陛下! そちらは危ないのでこちらに」
「私の邪魔をするな! オリビアはどこに行った。オリビア、オリビア!」

 早足の足音が玄関先へ近づいてくる。
 周囲にいた兵士やジェス王子の顔が厳しくなり空気が張り詰めた。
 兵士を引き連れたまま現れたクラーク先王の姿にギョッとする。
 服はみだれ、髭はのび先王らしさはまったくない。突然現れた俺たちを見ると攻撃的な口調で叫ぶ。

「そこをどけ!」

 周りにいた兵士は戸惑い、ジェス王子が一歩前へ。

「お祖父様、もうお祖母様はいらっしゃらないのです。どうか部屋にお戻り下さい」
「なんだ貴様は? 私に嘘をつき逆らうというのか? 衛兵、そこにいる者を捕え牢獄にぶちこんでおけ!」

 王子の言葉に先王はさらに興奮してしまう。認知症の攻撃的な症状が強くでている先王に対して、ジェス王子や護衛の兵士がとっている行動は悪手だ。
 興奮しこちらに向かってくる先王に対して、まず先王の視界にはいり挨拶をする。

「陛下、お初にお目にかかります。私はベルシュタイン公爵家の次男、アンジェロ•ベルシュタインと申します。王妃様をお探しとのことですが、陛下がよろしければ私もお手伝いさせていただきます」

 アンジェロスマイルで敵意がないことを伝えつつ、先王の行動を否定せずにまずは受け止める。
 認知症で大切な家族を探す行動はよくあることだ。家族がいないことや会えないことを伝えても相手は否定されたと思い、探しに徘徊するのがほとんどだ。
 そんな時はまずは本人の望む行動に付き合い気持ちを落ち着かせるのが一番いい。
 兵士の代わりに先王の横につくと、先王は少し落ち着いた口調で話しかけてくる。

「朝からオリビアがいない。何かあったのかもしれない」
「分かりました。王妃様が立ち寄りそうな場所などがあれば、一度そこへ行ってみましょう」
「そうだな」

 先王に誘導されて、中庭に出ていく。美しく剪定された草花のアーチをくぐるとガゼボ(東屋)が見える。
 しばらく先王とともに中庭を歩いたが、王宮の中庭は八十を過ぎた前王には広すぎたため一旦ガゼボで休憩をとる。

「王妃のお姿は見当たりませんね……もしかすると、本日は外出されているのではないですか?」
「どう、だっただろうか……」

 探しに行ったことで先王は先ほどよりも落ち着きを取り戻す。
 すかさずジェス王子がフォローをいれる。

「陛下、本日オリビア様は会合のため外出されております」

 ジェス王子の報告に、先王は「そうか」と一言返事をする。
 このタイミングで前王妃の話に再度戻らないように話題を切り替える。

「陛下、お疲れのご様子ですが、最近は食事や睡眠はとれていますか?」
「ん? あぁ……どうだろうか。そういえば、食事はいつ食べただろうか」

 ジェス王子に先王が問いかけると、昨日の晩から食事を食べていないと答える。

「陛下、王妃様のおかえりを待つまで時間があります。まずはお食事を召し上がってください。ちょうど外にきておりますし、このままここで食べるのはどうでしょうか?」

 俺が提案すると、先王は少し考え「それもよいな」と微笑む。
 従者たちは慌てて食事とお茶の準備にとりかかり、ガゼボの小さなテーブルいっぱいに食事が並ぶ。
 先王は綺麗な所作で食事を食べていく。
 その様子をみて、ジェス王子は安心したように息をつき、俺にヒソリと声をかけてくる。

「久しぶりに落ち着いて食事を食べているのだか、何か魔法でも使われたのか?」

 魔法という言葉にクスッと笑ってしまう。

「魔法などは使っておりません。先王のご病気は正しい対応をすると落ち着かれることがあります」
「そうか! では、正しい対応を続ければお祖父様は元に戻ることができるのか? 私のことを認識してくださるのか?」
「いえ……それは難しいかと」

 ジェス王子の表情がまた陰る。王子の期待に沿いたいが、認知症は改善することの方が難しい病だ。
 先王は、食事を終えるとまた王妃様を探して徘徊を始める。それに付き合いながら過ごすとあっという間に日が暮れる。
 冷えてきたので部屋に戻りましょうと促し、先王の部屋へと向かう。
 部屋に入ると先王はまたウロウロと歩き回る。どうやら、大切な荷物を探しているようだった。
 ジェス王子から話を聞くと、徘徊が始まり離宮に部屋を移した頃から先王の徘徊や興奮状態は悪化したらしい。
 以前、過ごしていた部屋の配置や物を置くとより安心して先王が過ごせるとジェス王子に助言すると、すぐさま「模様替えだ!」と、ジェス王子の指示が飛ぶ。
 兵士や侍女たちは大慌てで動き出す。
 模様替えが終わると、先王は落ち着き持ってきた古いイスに深く腰掛け目を閉じた。
 その様子を見てジェス王子が呟く。

「そういえば、昔からあのイスに腰掛けて過ごされていたな」

 ジェス王子は穏やかに過ごす先王をみつめ安心した表情を浮かべた。

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