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1章 

医療行為です

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 口を開く、その人の言葉に私は少しガッカリした。

「オレノ、ツガイ……ッ」

 駄目だ。『オレノツガイ』という言葉が解らない。
この世界の人と私には言葉の壁があるようだ……
折角、自動翻訳で本とかは読めるのに、声に出しての言葉が解らないんじゃ当分は文字の練習をして、言葉の発音を覚えなきゃいけない……

「お兄さん、ここは危なそうなので移動出来ますか?」

 ゼイゼイ息をしている人に、無茶ブリだけど……そもそも言葉が通じているかも分からないけど、とりあえず、デンちゃんに屈んでもらって、お兄さんを起き上がらせつつデンちゃんの背中に乗せる。
このお兄さん、細身に見えて意外とガッシリしてたよ。筋肉で重いっ!

「ゲキョキョ」
「ゲッちゃん、帰るよー」
「ゲキョー」

 ゲッちゃんがぐるっと回って、デンちゃんの頭に乗り、私もデンちゃんに乗ってお兄さんが落ちないように、片手で押さえつつ片手はデンちゃんの乗り紐を握って小屋に帰る。
お兄さんは気を失ったようで、小さく浅い息だけを繰り返していた。

「よし、まずはー……お湯を沸かして、その間に服を脱がせて傷の具合を診る!」

 この生活で段取りを決めるのは、もはやクセのような物かな?
まずはかまどに火を入れてお湯を沸かし、濡れタオルもついでに作った。

「お兄さん、服、脱がせますからねー」

 言葉が通じているか、意識があるかもわからないけど、声を掛けつつ群青色の詰襟つめえりを脱がしていく。
意外と留め金の造りがしっかりしてるから、外しにくいのが難点。

 ちなみに、ベッドまでは運べなかったから暖炉の前の床でやってます。
十四歳の細腕に、この細マッチョは担げないよ!

「よいっしょ!」

 お父さんの服すら脱がしたこと無いのに、知らない男性の服を脱がすとか……
でもねぇ、怪我人を放置も出来ないからねー。
なにより、紳士さんかもしれないし、冬を越せたのは紳士さんのおかげだから恩人には恩で返さないとね。
まっ、元気になったら……その素敵なお耳と尻尾をモフモフさせて欲しいけどね!
これ大事。
ついでに言うと、紳士さんに貰ったケープのファーが、お兄さんの尻尾の毛と手触りが似てて、「もしや?」とか思ったりね……
『まだ見ぬ君』さんに、自分の毛で作ったファー付きケープを贈ったの!? と、ちょっとそこを詳しく聞きたいところだ。

「失礼しますねー」

 流石に、詰襟は脱がすのは躊躇ちゅうちょしないけど、中のシャツを脱がせるのは恥ずかしいね。
でも、シャツに血が滲んでいるから、私が恥かしがっててもいけないだろう。
シャツのボタンを外して、胸を開くとお兄さんは古い傷跡から、新しい傷まで結構あった。
一番大きいのは右肩と左わき腹にある大きな穴のような傷、化膿して少し腐った匂いと肌の色が紫色と赤く腫れ上がってる。

「結構酷い傷かも……」

 濡れタオルで余分な血や泥を拭いて、お湯が沸いたら、紳士さんに貰ったタオルで使っていなかった新品の物を出してお湯に浸けて、改めて拭いていく。
ポーチに入れてた傷薬と包帯では足りないかもだから、追加を備蓄庫から出して、ハサミで布を切ってガーゼの代わりにして、傷口に傷薬を塗りつける。
お兄さんは小さく呻いていたけど、目を開けることは無いから、意識の無い人をも唸らせる傷薬は染みるみたいだ。
いや、私も染みるのは知ってるけど、冬の間に手に使ってたら慣れたからね。

 肩口は何とか傷薬と包帯を巻けたんだけど、お腹はどうしよう?

「あっ、デンちゃん。乗り紐解くよー」

 デンちゃんの乗り紐を外して、お兄さんの両腕を通して、デンちゃんに背中部分を咥えてもらい、少し持ち上げて貰っている間に、お腹に傷薬と布を押し当てて包帯を巻いていく。

「デンちゃん、お手伝いありがとー。ご褒美にジャーキーをあげよう」
「ワフッ!」
「あっ! まだ離すの早い早い!」

 床にドサッと落ちたお兄さんに「大丈夫ですか!?」と声を掛けたけど、意識は戻っていない。
デンちゃんにジャーキーをあげて、お兄さんを見て貰い、意識が無い間に……クローゼットから着せられるような服を探す。
大きな服が多いから、こういう時助かるね。
でも、お兄さんも十分大きいんだよねー……私は身長がどのくらい大きくなったかはわからないけど、十三歳の時は百五十センチだったから、ここに来て少しは伸びたと思う。
そんな私より頭二つ、三つ背が高いから、三十センチか四十センチは違うかも?

「これで良いかな?」

 長めのシャツというか、多分、この世界の寝間着のワンピースみたいなやつで、私が着ると床にズルズル引きずるから着れなかったやつだけど、お兄さんなら着れるだろうし、着せるのも楽そう。
頭からすっぽり被せちゃえばいいし、腕を通すのは大変そうだけどねー。

 ついでにクッションと布団も持ってくる。

「うー……恥ずかしいけど、お兄さん、ごめんなさいっ!」

 ズボンのベルトに手をかけて、少し躊躇してしまうのは、乙女だから仕方がないよね!?
足に傷があるかもしれないし……寝せてあげるのに、泥だらけのズボンじゃ汚れちゃうしね。
うう~っ、恥ずかしい!!
意識の無い相手にこういうことするとか! いや、これは医療行為だから!
ズボンを脱がせて、長めのトランクスみたいな物はこの世界の下着なのかな? と、首を傾げつつ、足も濡れタオルで拭いて、足の汚れは熊の返り血だけみたいで拭き取るだけで大丈夫だった。

「……ちょっとだけ、少しだけ……」

 さわさわ……
さわさわさわさわ……
うん。立派な尻尾の触り具合だ。ナイス尻尾!

 少しだけ尻尾を堪能していたら、お兄さんとバッチリ目が合った……
へ……変態行為を見られてしまったぁぁぁ!!!!

「あの、その、これは、そのっ!! あの、これ着れますか!?」

 ズイッとお兄さんに寝間着を差し出して、顔を両手で隠しつつ「すいません……」と消え入りそうな声で謝罪しておいた。

 まだ意識が混濁していそうなお兄さんを、脇から支えながら「ベッドはこっちなので、移動をお願いします」と、寝室になんとか連れて行って、ようやく寝かせられた。
時間かかったー。たまにお兄さんに「ツガイ」って言われてたけど、言葉は分からないから、「痛い」とか言う意味かな?

 これは早めに、メモ用紙で筆談用の言葉を書いておかなきゃ。
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