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番外編 オマケ

リトとマナー講師

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 じわーっと暑い夏の日差しの中で、王宮内では私を探す声が響いていたが、そんなものは丸ッと無視である。
王宮生活の退屈さに飽きた! と、いうよりもだ。
妊婦だからと言って、「大人しくして居なさい」「木材を持って、どこに行く気ですか!」とか、一々私の行動を王宮の人達が口を揃えてワァワァ言うのがね……とても、喧しいのである。

「大体、妊娠六ヶ月はストレッチとかヨガをして、体を動かしてむくみを改善させないといけないの!」
「ワフーン?」
「デンちゃんもそう思うよねー」
「ワフ?」

 小首をかしげるデンちゃんの頭をコクコクと手で動かして「だよねー。デンちゃんは私の味方だよー」と、勝手に味方扱いをして、再び私は王宮の中庭の木陰に潜伏する。
ふっふっふっ、実は中庭の木に覆われて分かりにくい場所に、私は秘密基地を建設したのである。
大きなクッションやシーツを持ち込み、デンちゃんと一緒にお昼寝するのを日課にしている。
フカフカの芝生の上にデンちゃんと一緒に寝転がって、クッションを下敷きに微睡むのが最高に気持ちいいのだ。

 私は手作りの小さなカートを引きながら秘密基地につくと、カートの中から、折り畳み式の家具とオヤツにお茶を取り出す。
白い丸テーブルと小さな椅子。
白いパラソル。
その上に、瓶に入れたシロップ漬けのフルーツたっぷりのオヤツと、妊婦でも飲めるルイボスティーをガラス瓶にストローを挿した物を置く。

 コソコソと部屋で木材片手に作っていて、秘密基地に放置も出来ないので、持ち帰る為に折り畳み式を作った上に、カートまで作った私の努力を誉めて欲しい。

「んーっ、今日もお天気! お昼寝日和だ~」
「ワフッ」
「デンちゃんのジャーキーも持ってきたよー」
「ワフーッ!」

 デンちゃんにジャーキーをあげて、私はシロップ漬けのフルーツをフォークで刺して口の中に入れる。
ん~っ、メロンが甘ーいッ! オレンジも少し苦みと酸味がジューシーで、んまーっい!
王宮暮らしは、とにかく人目があるから窮屈。
勿論、周りのメイドさんは公爵家の人とか、ヴァンハロー領で暮らしていた軍部の人の奥さんがお世話係としていてくれるんだけどね。
でもね、イクシオン陛下の番ならば、このぐらいはしていただかなくては! と、やたらと私に貴族間の挨拶文やお茶会に行けとかうるさい王宮に元々居た王弟派とかも居るんだよ。

 「私は妊婦だから、お茶会なんてしなーい!」と、騒いだら、「ご懐妊中でも中期の安定期に入られた夫人は、情報収集の為にも茶会に出席したり、開いたりするものです!」と言われて、私と一番口うるさい人はバトルに突入したりした。
「妊婦さんは飲んじゃいけない物や、ストレスを与えてはいけない!」と、主張する私と、「貴族の頂点である王妃が、そんな考えでどうするのですか!」と相手は主張し、ギャーギャー騒いで……

 結果、大騒ぎし過ぎた私は、お腹が張って痛がりながら「これが、妊婦にストレスを与えるとこうなるって事だー!」と言い、イクシオンが会議を放り出して仲裁に来てくれたぐらいだ。

 その人はマナーとかを教えている講師で、とにかく「このようにするのが、マナーですッ!」という考えが凝り固まった人なんだよね。私とは相性が悪い。

 まぁ、その人も流石に白熱し過ぎたと詫びてくれたけど、私も妊婦なのに大騒ぎし過ぎだとイクシオンに怒られた。

「い~っだ!」

 思い出して、歯をむきだしてしまうぐらいには、ストレスだった。

 周りから色々言われるとか……逃げ出しても仕方ないと思う。
妊婦だから、狩りは出来ない。森にも行けない。自由が無い。

 一番の問題は、イクシオンは政務だ、謁見だと、とにかくタイムスケジュールがギッシリで……夜遅くまで忙しくしてて、私は夜更かしすると体調が悪くなるから、起きて付き合ってあげる事も出来ない。
朝食の時に少し顔を合わせるだけ。
私のイチャイチャ時間は、どこに消えたの!?

「自棄食いしてやるーっ!」と、騒いだけど、実は食べ物の味覚が変わってしまって……
鶏肉が何故か苦手になってしまって、卵も無理なの。
大好きなプリンも当然食べれないし、パイとかパンケーキとかも無理で……クッキーなんかにも卵が使われてるから駄目で……
これは私がサバイバルで鳥を狩って食べた呪いかな!? とか、真剣に悩んだりもする。
牛肉は大丈夫だから、牛肉は美味しく頂くけど、私は贅沢な王妃だとか思われたく無ーい!
一般庶民! 庶民の嫁なのぉ~っ!!

 ちなみに、悪阻は治まったんだけど、その時ひたすら美味しかったのは、ビルズ芋のフライドポテトだったりする。
ウィリアムさんが毎日フライドポテトを作ってくれて、多分、あの頃の私の体はフライドポテトで支えられていた気がする。
今もフライドポテトは週に一回出してもらっているんだけど、私は指で摘まんで食べるのが好きなのに、マナー講師の人が、「行儀が悪いですよ!」と怒るの……これもストレス。

「ジャンクフードは、ソウルフード!!」

 ジャンクフードにお行儀なんて、あってたまるかー! むしろ心の赴くままに美味しく食べるのが、食事を作ってくれた人へのマナーだー!

 そんな訳でストレスを爆発させた私は、王妃のお勉強時間をサクッと無視して、秘密基地に隠れる日々で……
今日も、怒りを発散させる為に、お昼寝と洒落込む。

 デンちゃんを枕にクッションを敷いて、木陰でスヤスヤである。
私はそんな秘密基地生活をしていたわけだけど……

 実は後で知ったんだけど、この秘密基地、イクシオンの執務室から丸見えだった。
私が一人でギャーギャー騒いでいるのは、しっかり狼耳でキャッチされていて、そんなストレスを抱え込んだ私の為に、イクシオンは仕事を早く片付けたくて、忙しくしていたらしい。

 おかげで、妊婦生活の後半はイクシオンが毎日ベッタリ甘やかしてくれて、甘々な妊婦生活になった。
一緒に秘密基地でお昼寝してくれたり、食べるときは「あーん」で食べさせてくれて、マナー講師も王様には文句は言えなかった!
ふっふーん! 我が勝利を勝ち得たり!!


 まぁ、そんなこんなで、出産までは快適に過ごさせてもらったわけですよ。

 そして、運命の日__。

 陣痛が始まって、「痛ぁーいッ! 無理ぃぃ~ッ!! にゃぎゃぁぁぁ!」と騒ぐ私の元へ、イクシオン……ではなく、マナー講師が助産師として応援にきた。

「うーっ、また淑女は、声を荒げないとか騒ぐ気でしょー! ムキィーッ!」
「出産時は何を言っても、誰も咎めませんから、思いっきりお叫びなさいませ!」
「マジかー!! 普段からも、そうすればいいのに!」
「お言葉が悪いですよ! 第一、普段から騒ぐ等、はしたないですよ!」
「やっぱり、嫌いぃぃ~ッ!!」
「嫌いでも、王妃のお傍に居りますので」

 ニッコリ笑顔のマナー教師に「鬼か悪魔でしかなーい!」と、大騒ぎしての出産だった。
いや、本当に……勘弁してほしい。
出産時のあの状況で、あそこまで騒いだの私ぐらいじゃないかなー……と、思う。
でも、おかげで出産の痛さは薄れて、マナー講師と騒いだ事しか覚えてない。
赤ちゃんも、イクシオンより先に、マナー講師に見せたぐらいだ。

「どうです! 私、凄くないですか!?」
「ええ、お疲れ様でした。ご立派にお勤めを果たしましたね」
「え? これ仕事じゃないから!? お勤めとは違うよ!」

 と、終始ハイテンションだった気がする……
思い出しても、顔から火が出そうだ……しかも、何で私、マナー講師に赤ちゃんを自慢していたのやら?
イクシオンがマナー講師の後ろでウロウロして、マナー講師から赤ちゃんを見せてもらうという奇妙な状況だったしね!


「リト、さっきからなんで百面相をしているんだ?」
「あー……出産時を思い出してまして、あの時の私、すごく変だったなぁって」

 お乳に吸い付く生後一ヶ月の息子を見ながら、私は苦笑いする。
黒髪の狼耳と尻尾のイクシオンそっくりの、薄紫の目をした可愛い男の子である。
トンビが鷹を産んだ……私の要素は黒髪ぐらいだろうか?

「ああ、まさかマナー講師に『名前をつけてあげてください!』と、騒いだのには驚いた」
「あはは~……マナー講師なら、礼儀正しい誰にも文句が言われない名前を付けると思ったんだよ~」
「まぁ、フェルクスと良い名を付けてもらえたから、良しとしよう。ただ__次の子はオレが付けるからな?」
「はぁーい。でも、次の子供はもう少し待ってね。まだフェルクスが生まれて一ヶ月だし」
「わかっているよ。オレの可愛い人」

 おでこの結婚印にキスをしてイクシオンが微笑み、私も微笑み返すと唇が重なる。
啄む様なキスが繰り返されて、「ふぁ……」と甘い声が出ると「いかん……つい」と、唇が離れていく。
危うく雰囲気に呑まれるところだった―!!
でも、この分なら、次の子も直ぐに出来てしまうかもしれない……ヴインダム王国は子沢山になって、『神子』の召喚が出来なくなるかも? そんな事を思ったりした。
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