好いたの惚れたの恋茶屋通り

ろいず

文字の大きさ
13 / 26
小梅の恋

獰猛な寅

しおりを挟む
 その男は片手に持った煙管きせるをたしんと手の平で音を立て、男の眼前に向ける。
 人相の悪い男__【久世楼】の若旦那、乕松とらまつ

「おう、おう。お前さんよ。この界隈かいわいじゃ見ねぇ顔だな」
「お前は誰だ! ……そのなりからして、無頼者ぶらいものか!」

 小刀を持っていた手を煙管で叩かれた男は片手を庇いながら、乕松から一歩後退あとずさる。
 乕松は煙管で自分の肩を叩き、にぃっと笑う。

「俺を知らない新参者しんざんもんよ。この神社通りで【久世楼】のとらって言やぁ、俺の事よ」
「【久世楼】……商い問屋の用心棒だな」

 口上を決めた乕松は、男に用心棒扱いされ、肩をすくめる。
 佐平は「用心棒には違ぇねぇ」と、腫れた顔で笑って声を出す。
 この神社通りの町で、騒ぎを起こせば獰猛どうもうな寅が裁きを下す事は、ここらじゃ有名な話だ。
 
「やれやれ、俺の名もすたれちまったもんだな」
「ごちゃごちゃと抜かしやがって!」

 男が拳を乕松に振り上げて襲い掛かる。
 ひょいと乕松が避けると、また男が拳で殴りつけようと躍起やっきになるが、乕松は子猫にじゃれられているかのように避けてしまう。

「こいつ、ちょこまかと!」
「なんだぁ? 俺に本気を出して欲しかったのか。そうかそりゃあ悪い事をしちまったな」
「な……っ!」
「おらよっ!」

 乕松が煙管で男の頭を殴ると、鈍い音と共に男の両鼻から血が噴き出る。
 男の頬を煙管で左右に叩きつけ、男が千鳥足になったところで男の顎に下から上に煙管で殴り上げて昏倒こんとうさせた。

「もう伸びちまったのかい? だらしがねぇなぁ」

 口に煙管を咥えて、両手をはたき地面に転がっていた佐平に乕松が手を差し伸べる。
 佐平はなんとか痛む体を起き上がらせ、着物に付いた土埃を叩いて落とす。

「乕松の若旦那、うちの小梅や千吉達は……」
「何、心配いらねぇよ。今、岡っ引きの染次そめじの旦那を呼びに行ってる頃合いだ」
「ああー……、そいつぁ良かった」
「佐平の旦那も、今回ばかしは派手にやんちゃしちまったな」
「おいらにゃ、こういう事は向いてねぇや。いてて……」

 乕松に「違ぇねぇなぁ」と笑われ、岡っ引きの染次が来るまで二人で男を見張る。
 染次が来たところで、乕松は後は任せたとばかりに境内から姿を消していた。

「父ちゃん!」
「おう、小梅。大丈夫だったか?」
「あたしより、父ちゃんでしょうが! 無茶して!」

 小梅に怒られながら肩を借りて、神社の階段を一段ずつ下りてゆく。
 満身創痍まんしんそういといったところだが、小梅を一人残して極楽浄土に旅立たなくて良かったと、佐平は思って小梅の横顔を見れば、鼻水と涙で酷い顔をしていた。
 これでは明日の茶屋は、お岩の顔をした二人が店に立つことになるなぁ……と苦笑いをした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...