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小梅の恋
獰猛な寅
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その男は片手に持った煙管をたしんと手の平で音を立て、男の眼前に向ける。
人相の悪い男__【久世楼】の若旦那、乕松。
「おう、おう。お前さんよ。この界隈じゃ見ねぇ顔だな」
「お前は誰だ! ……そのなりからして、無頼者か!」
小刀を持っていた手を煙管で叩かれた男は片手を庇いながら、乕松から一歩後退る。
乕松は煙管で自分の肩を叩き、にぃっと笑う。
「俺を知らない新参者よ。この神社通りで【久世楼】の寅って言やぁ、俺の事よ」
「【久世楼】……商い問屋の用心棒だな」
口上を決めた乕松は、男に用心棒扱いされ、肩をすくめる。
佐平は「用心棒には違ぇねぇ」と、腫れた顔で笑って声を出す。
この神社通りの町で、騒ぎを起こせば獰猛な寅が裁きを下す事は、ここらじゃ有名な話だ。
「やれやれ、俺の名も廃れちまったもんだな」
「ごちゃごちゃと抜かしやがって!」
男が拳を乕松に振り上げて襲い掛かる。
ひょいと乕松が避けると、また男が拳で殴りつけようと躍起になるが、乕松は子猫にじゃれられているかのように避けてしまう。
「こいつ、ちょこまかと!」
「なんだぁ? 俺に本気を出して欲しかったのか。そうかそりゃあ悪い事をしちまったな」
「な……っ!」
「おらよっ!」
乕松が煙管で男の頭を殴ると、鈍い音と共に男の両鼻から血が噴き出る。
男の頬を煙管で左右に叩きつけ、男が千鳥足になったところで男の顎に下から上に煙管で殴り上げて昏倒させた。
「もう伸びちまったのかい? だらしがねぇなぁ」
口に煙管を咥えて、両手を叩き地面に転がっていた佐平に乕松が手を差し伸べる。
佐平はなんとか痛む体を起き上がらせ、着物に付いた土埃を叩いて落とす。
「乕松の若旦那、うちの小梅や千吉達は……」
「何、心配いらねぇよ。今、岡っ引きの染次の旦那を呼びに行ってる頃合いだ」
「ああー……、そいつぁ良かった」
「佐平の旦那も、今回ばかしは派手にやんちゃしちまったな」
「おいらにゃ、こういう事は向いてねぇや。いてて……」
乕松に「違ぇねぇなぁ」と笑われ、岡っ引きの染次が来るまで二人で男を見張る。
染次が来たところで、乕松は後は任せたとばかりに境内から姿を消していた。
「父ちゃん!」
「おう、小梅。大丈夫だったか?」
「あたしより、父ちゃんでしょうが! 無茶して!」
小梅に怒られながら肩を借りて、神社の階段を一段ずつ下りてゆく。
満身創痍といったところだが、小梅を一人残して極楽浄土に旅立たなくて良かったと、佐平は思って小梅の横顔を見れば、鼻水と涙で酷い顔をしていた。
これでは明日の茶屋は、お岩の顔をした二人が店に立つことになるなぁ……と苦笑いをした。
人相の悪い男__【久世楼】の若旦那、乕松。
「おう、おう。お前さんよ。この界隈じゃ見ねぇ顔だな」
「お前は誰だ! ……そのなりからして、無頼者か!」
小刀を持っていた手を煙管で叩かれた男は片手を庇いながら、乕松から一歩後退る。
乕松は煙管で自分の肩を叩き、にぃっと笑う。
「俺を知らない新参者よ。この神社通りで【久世楼】の寅って言やぁ、俺の事よ」
「【久世楼】……商い問屋の用心棒だな」
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この神社通りの町で、騒ぎを起こせば獰猛な寅が裁きを下す事は、ここらじゃ有名な話だ。
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「ごちゃごちゃと抜かしやがって!」
男が拳を乕松に振り上げて襲い掛かる。
ひょいと乕松が避けると、また男が拳で殴りつけようと躍起になるが、乕松は子猫にじゃれられているかのように避けてしまう。
「こいつ、ちょこまかと!」
「なんだぁ? 俺に本気を出して欲しかったのか。そうかそりゃあ悪い事をしちまったな」
「な……っ!」
「おらよっ!」
乕松が煙管で男の頭を殴ると、鈍い音と共に男の両鼻から血が噴き出る。
男の頬を煙管で左右に叩きつけ、男が千鳥足になったところで男の顎に下から上に煙管で殴り上げて昏倒させた。
「もう伸びちまったのかい? だらしがねぇなぁ」
口に煙管を咥えて、両手を叩き地面に転がっていた佐平に乕松が手を差し伸べる。
佐平はなんとか痛む体を起き上がらせ、着物に付いた土埃を叩いて落とす。
「乕松の若旦那、うちの小梅や千吉達は……」
「何、心配いらねぇよ。今、岡っ引きの染次の旦那を呼びに行ってる頃合いだ」
「ああー……、そいつぁ良かった」
「佐平の旦那も、今回ばかしは派手にやんちゃしちまったな」
「おいらにゃ、こういう事は向いてねぇや。いてて……」
乕松に「違ぇねぇなぁ」と笑われ、岡っ引きの染次が来るまで二人で男を見張る。
染次が来たところで、乕松は後は任せたとばかりに境内から姿を消していた。
「父ちゃん!」
「おう、小梅。大丈夫だったか?」
「あたしより、父ちゃんでしょうが! 無茶して!」
小梅に怒られながら肩を借りて、神社の階段を一段ずつ下りてゆく。
満身創痍といったところだが、小梅を一人残して極楽浄土に旅立たなくて良かったと、佐平は思って小梅の横顔を見れば、鼻水と涙で酷い顔をしていた。
これでは明日の茶屋は、お岩の顔をした二人が店に立つことになるなぁ……と苦笑いをした。
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