狼兵は運命の番を逃がさない

ろいず

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逃げるが勝ち

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 俺に逃亡チャンスが訪れたのは、家族構成や今までどう生きてきたのかを質問攻めにされて、俺がこんな裏で生きて行かなきゃいけない状況を察しろ! と、無言で睨みつけてきた時だった。
 メイデルの小型通信機に連絡が入り、どうも俺に聞かせたくない話だったのかバスルームの方へ行ってしまった。
 これ以上、メイデルに質問攻めにされてたまるか! 今がチャンス! 
 逃げるなら今しかない! ここに居たら食われる! 色んな意味で!!
 心臓はバクバクしていたものの、シズクに冷たい目でチクチク文句を言われるより断然マシだ。

「それじゃあ、帰ります!」

 ガタンとバスルームから音がしたが、すでにドアに手を掛けていた為に廊下に出てエレベーターを見る。
 十二階と中途半端な位置にあるのを確認して、エレベーターのボタンを押す。
 そして、階段を一目散に下りる。
 三階ほど下りたところで、そこでもエレベーターのボタンを押しておく。 
 そしてまた階段で二階ほど下りて、エレベーターのボタンをまた押し、時間稼ぎにはなっただろう。
 
「あとは……逆方向の階段だな」

 メイデルはガウンだったし、着替えてから追うにしろ、エレベーターを俺が押したけれど使えずに、階段で下りたと思って、エレベーターを使うだろう。
 普通に考えてエレベーターで下りた方が早いに決まっている。
 そして階段の下で待っていれば、俺が捕まると踏むだろう。
 しかし、近場の階段は使わずに逆方向の階段を使えば、そう簡単には分かるまい。
 エレベーターもボタンをいくつか押しておいたから、時間稼ぎにはなるだろう。

「うへぇー……久々に、明日は筋肉痛になりそう」

 しかし、あの元軍人の筋肉からして、この作戦がバレたらすぐに追いつかれるだろうから、急いで逃げよう。
 逃げるしかできないのは情けないが、こっちは発情期を抑制剤で抑え込んでいるから、何もせずに惰眠をむさぼって、ぐったりベッドに突っ伏していたい!!
 階段を二段飛ばしで駆け下りて、ようやく駐車場に辿り着いた。
 左右を見渡し、安全確認。

「よし! 逃げるが勝ちだー!」

 車に乗り込みエンジンを掛けると、ようやくホッと息を付けた。
 自分の安全空間へ逃げ込んだことで、脱力状態のまま車を走らせて、自分達のアジトへと車を停止させる。
 肉屋のラボから少し離れた郊外のロッジのような木造りの家が、俺達の住処。
 流石に、肉屋には遺体とか色々あって住む場所には適さない。

「疲れたー……」

 リビングの灯りを点けると、テーブルの上にラップに掛けたミートパイと、上に伝言メモが置いてあった。
 『連絡くらいしろ! 明日、説教だから!』という書きなぐったシズクの文字。

「連絡入れたんだけどな……」

 小型受信機を開けば、大量のシズクからのメールが届いていた。
 どこで何をしているのか? 連絡をしろ! という心配と怒りのメールばかりである。
 ちゃんと、俺はシズクにメールをしたはずだし、メールも送信されているのに、おかしい。
 ジャケットをリビングの椅子に掛けて、電気を消して二階の自室へ入ると、俺のベッドの上でシズクが寝息を立てていた。

「シズク、自分の部屋で寝なよ」
「……んっ、あ。咲……おかえりー……って、遅いし、連絡ぐらいしてよね?」
「それに関しては、明日説明するよ。とにかく、シズクは自分の部屋で寝なよ」
「えー……眠い。一緒に寝よー」
「狭いんだけどなぁ」
「いいじゃん。僕らはいつでも一緒なんだし」

 言うだけ言って、シズクは再び眠ってしまい、仕方なくズボンとシャツを脱いで布団に潜り込む。
 今日はなんだか色々と濃い一日だった……。
 とりあえず、あんな危ない西洋人には二度と近寄らないようにしよう。
 運命の番なんて、発情期の誘惑香でそう思っただけだろうし、俺には関係ない。
 そう思うと、少しだけ気が楽になった。

 次の日の朝に、起きたシズクにギッチリ叱られることになるのは、逃れられないだろうから、そこだけは逃げずに対応しよう。
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