狼兵は運命の番を逃がさない

ろいず

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グランアージュ

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 夜の店『グランアージュ』__発情期休暇から戻り、夜の仕事として再びバーテンダーとして働き始めた。
 いつも通りの静かな店の閉店時間を迎え、ライムを切ってカクテルに添える。

「咲ちゃん。今回はテレビで見たわよ~有名人じゃない」
「あー……千弦ちづるさん、それは忘れてくれると嬉しいです……」

 オーナーの千弦さんが揶揄からかい混じりに俺を茶化し、モヒートを飲んでニヤニヤしている。
 千弦さんは、閉店間際にこうしてカクテルを一杯飲むのが習慣らしい。

「咲ちゃんの雄姿を撮っておけばよかったわ」
「本当に、勘弁してください」

 テレビではすでに美羽の誘拐事件は下火になり、俺の動画も出回らなくなった。
 代わりに、美羽の父親の逮捕で巻き込み逮捕された他の会社の社長たちがテレビを賑わせているところだ。

「俺が休みの間、何かありましたか?」
「とくには無いかしらねぇ。んふっ、でも面白いお客が来たわよ」
「面白いお客ですか?」
「そっ。背が高くてぇ、渋めのおじ様。筋肉も逞しかったわね。西洋人なのに日本語はペラペラ」

 その人物に心当たりが凄くあるのは、何故なのか……そして、千弦さんは分かっていて、俺を揶揄いたいらしい。
 千弦さんは、カウンターの中にある冷蔵庫から銀色の鉄のケースを取り出す。
 これまた見覚えがある。

「この即効性の抑制剤。もし、お店で咲ちゃんが発情した時は、遠慮なく使うようにって、置いていったわよ」
「ハァー……俺は、別に二度も盗まれるほど、間抜けじゃねぇって……」
「うふふ。可愛いじゃない。自分の『番』を心配してこんな所までくるなんて」

 そういえば、俺は『グランアージュ』で働いていることを、メイデルに伝えただろうか?
 しばし考えるも、情報こそが一番有益なものだと自分も分かっているし、メイデルが俺のことを調べないわけはないだろう。
 
「とりあえず、ここに置いてもらってて良いですか」
「良いわよ。咲ちゃんの『番』が彼だと、発情期大変だったでしょ~」

 千弦さんに言われて、発情期が終わった後も『可愛い』と連呼されながら抱き潰されて、気付けばメイデルは帰国しているし、散々だった。
 今日だって一日中寝ていたいぐらいだったけど、働かなければ生きてはいけない。
  
「千弦さん……セクハラで訴えて、勝ちますよ?」
「もぉー。冗談通じないんだからぁ」
「まったく。それじゃあ、俺は今日は帰りますね」

 バーテンダーエプロンを外し、千弦さんを残して裏口から出て行く。
 千弦さんはこのあと、店の集計をしてから二階の自宅へと戻るだけなので、戸締りも千弦さん任せだ。
 駐車場に行き、車のエンジンを掛けていると、グランアージュの裏口に人が入って行った。
 前に千弦さんが心配で戻った事があるが、グランアージュの別の顔があるらしく、巻き込まれたくないなら、首を突っ込まないように言われている。
 巻き込まれるのは懲りている為、車を発進させた。

「今日も疲れたー……」

 ああ、でも、これで俺も日常へ戻っていくんだな。
 メイデルの居ない日々に、次はいつ来るんだか……そう思って、俺はほんの少し空を見上げた。
 今頃、メイデルは自分の国へ着いただろうか?
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