色という美しいものを君へ

トラネキサム酸

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明日は平日

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その日から荒井からの視線はめっきりとなくなった。
だが、結局席は前後なのだ。
めちゃくちゃ気まずい。

しかし、最近不幸続きの僕にもようやく幸運が訪れた。

「進級してから結構経ったし、そろそろ席替えをするぞ。」

その小野先生の言葉で僕は救われた。

僕の幸運はまだ続く。
僕は荒井とかなり離れることができた。

「おっ、荒井ラッキーじゃん。桜井さんの近くだ。」

僕の隣の席で川崎が話しかけてくる。

そう。川崎の言う通り、彼女は荒井と近くの席になったのだ。
 
流石に少し狼狽えていたような気がする。
加えて、彼女は1番前の席だ。

僕は彼女にご愁傷様の意を込めて両手を合わせた。

***

彼女と思い出巡りをするようになって、早くも1ヶ月が過ぎた。
彼女との巡りは、回数にすると4回となった。

残念なことにいずれも彼女が色を取り戻せる場所ではなかった。
しかし、彼女は全く気にした様子もなくいつも楽しげに白黒の服を揺らしている。

そして、今日、土曜日は記念すべき5回目。
目的地は遊園地。

13時に駅に集合予定だったが、僕は10分ほど早く着いた。

なぜだか今日は信号運が良かったらしい。

彼女はまだ到着していなかった。
彼女にしては珍しい。

彼女を待つ。

10分が経った。

まだ彼女は来ない。

20分が経った。

昼食を駅で食べてきた人が多かったのだろか。
やけに人の行き来が激しかった。
だが、彼女の足音はしない。

30分が経った。

電話は繋がらない。
メッセージを送るも既読はつかない。

1時間が経った。

僕は自分の部屋のベッドで読書をしていた。
流石に面倒になって帰ってきたのだ。
特段、彼女を心配する気持ちは起きなかった。

そして、彼女からの連絡も一切ないまま、月曜日を迎えた。

僕が教室に入ると、彼女は普通に自身の席に座っていた。

いつもと変わらない様子で、ケロッとしていた。

僕としては来なかった理由を小一時間ほど問い詰めたかったが、学校で彼女と僕は大して話さない間柄であるから、彼女の机の前を通り過ぎる時にわざとらしくため息を吐いた。

しかし、彼女はこれに対して、何の反応も示さなかった。
見た目はいつも通りなのにどうしたのだろうか。

小声で彼女を非難しようとした時、視界の端に荒井が映った。

僕はまだ彼に対して、遠慮の気持ちを抱いているようだ。

僕は非難の言葉を飲み込み、例のあの場所でそれらを彼女に吐き出すことに決めた。

***

「君が一切の連絡もせずに待ち合わせに来なかった理由を聞かせてもらおうじゃないか。」

本格的な夏になり、夕焼けなんてなく、まだ青い空を見つめている彼女に僕は嫌味ったらしく問いただした。

「待ち合わせに行けなかったのは、父と言い争ってたから。
連絡が取れなかったのは、スマホが壊れちゃったから。」

そう簡潔に答えた彼女の顔には、嫌悪感が滲み出ていた。

「お父さんと喧嘩なんて、君は家でも元気なんだね。」

そんな言葉は聞こえてないかのように彼女は吐き捨てるように言った。

「私はあの人をなるべく父と呼びたくない。あの人が父と認めたくない。」

どうやらだいぶ大きな喧嘩をしたらしい。
間接的にその喧嘩の影響を受けた僕なんて全く気になっていないほど。

「喧嘩なんて長引くほど仲直りが難しくなるタチの悪いものなんだから、すぐにでも和解しなよ。」

「何も知らないくせに、適当なこと言わないで!」

彼女の怒号が響いた。

僕は唖然とした。
彼女でも怒ることがあるのかと、驚いた。

そんな僕を見て、彼女はバツの悪い表情を浮かべた。
消え入りそうな声で、ごめんという彼女に僕も謝罪する。

気まずい雰囲気が流れる。
こんなに気まずいのは、初めて彼女と一緒に図書委員会の業務をこなした時以来だ。

「なんか、この気まずさに懐かしさを感じる。」

彼女も同じようなことを思っていたらしい。
彼女もあの時は気まずかったのか。

一方的にそう思っていなかったことに今更ながらホッとした。   

そのまま少し時間が経ってようやく彼女も落ち着いてきた。

空がオレンジ色になってきた。

怒るどころか逆に怒られた可哀想な僕は、そんな空を芝に横たわって眺めながら、彼女に訊いた。

「で、遊園地は行くの?」

さっきまでの怒りはどこに行ったのだろうか。彼女はまるで幼い子供のように大きな声で答えた。

「とーぜん!明日行くよ、明日!」

彼女は実際にはまだ落ち着いていないのだろう。
平日に遊園地に誘う彼女に何言ってんだこいつ的な視線を送る。

そんな僕の視線をもろともせずに、彼女は言葉を続ける。

「学校なんてサボってなんぼだよ。平日なんて遊園地はほとんどガラガラで、絶対楽しいよ!」

「学校休んだら、荒井くんに負けるんじゃなかったの?」

「もう勝ったんだよ、石川くんが。」

何と返せば良いのかわからず、僕は話を戻す。

「それにしても、君はついに色を見るという本来の目的すら忘れてしまったのか。お悔やみ申し上げるよ。」

彼女に僕の煽りは効かないらしい。
彼女は涼しい顔をして聞き流した。

そして、彼女に言いくるめられるように明日は学校を休んで遊園地に行くことが決定した。

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