あなたの愛人、もう辞めます

abang

文字の大きさ
1 / 30

愛を囁く悪魔

しおりを挟む


愛してるのは君だけだよ。

家のために仕方なく婚約してるんだ。

私の隣には君ひとりだけが居てほしい。


そんな言葉を長らく信じてもう八年経った。


五歳で出会ってすぐに恋に落ちてから、彼の婚約者になれると信じて疑わなかった十歳のあの時から数年、


彼の隣には私ではなく、可憐で名家出身のあの子が居た。



ひどく落ち込んで彼を避け続けた私と強引に身体を重ねたのは貴方だったのに、ベッドでしか囁かれない甘言を信じ彼がいつか私を選んでくれるのだと待ち続けた私はとうとう恋人も居ないまま適齢期になってしまった。


形ばかりの婚約者だと言っていた彼女を本当はとても大切にしていることも知っていた。

それでも彼が私に触れる度、もう少し信じてみようと先延ばしにして来たのだ。


そして今日、彼は私ではないあの子と結婚する。


いつも好んで身につけたエメラルドグリーンのドレスを今日は着なかったことだけがせめてもの反抗で私を蔑むように睨みつける彼女の瞳から逃げる術もなければ、一度も私を見ない彼の言い訳を聞くことすら叶わない。


「失礼します、少し体調が優れなくて……」

「休憩室はあちらです」

冷ややかな彼の使用人の態度で分かる彼女がどれほどこの邸に馴染んでいるのか。彼はいつからか私を此処に呼ばなくなったから。


(場所くらい知ってるわよ……っ)



目眩がする中辛うじて休憩室に辿り着くと扉を閉めようとした所で誰かが滑り込んで来て私の代わりに鍵をかけた。


「ーっ誰……カル、何で」

「体調が優れないと聞こえたから」

「ガルヴィン、貴方は今日結婚したのよ」

「だから私の色のドレスを着なかったのか?」

「そこまで馬鹿じゃないわ」

「……来て」

「やめてっ……カル、正気じゃないわ!」

「もう黙って」

ソファに押し倒されて覆い被さったカルヴィンに身体が熱くなるが心は冷たかった。彼は今日彼女の夫となり、私は正式に彼の「愛人」に成り下がった。


いや、今までずっとそうだったのかもしれない。


彼の言う「本命」はこうしてこんな休憩室のソファで簡単に、別の女性との結婚披露パーティの間に手軽に抱ける女なのだろうか?

そんな訳が無い。彼はあの子をとても大切に扱っている、その噂は国中の者達が知っているのだから。


私の初めては彼を避けて逃げ込んだ私のベッドだったし、勢いに任せたムードも愛も何もないただの行為だったが、あの子の初めては彼の家門の自慢の別荘に彼女の為の新しい庭園と寝室を用意して丁寧に準備され、初めてのその日を大切に扱われたようだった。


「これで、最後にして」

「本当に?できるの?」


カルヴィンの言葉が鎖となって心に絡みつく。

けれどそれを断ち切る時が来たのだ。

私はそもそも、もっと早くから彼に


「愛してたわ、カルヴィン」

「過去形なの?」

「もう黙って」


今日で最後、今だけは彼を愛して、これで全部忘れよう。

少し強引にカルヴィンに口付けた。


なんだ、乗り気じゃないかと言わんばかりの表情。

絶対に私がカルヴィンから離れられないという自信。

私ならきっと全てを受け入れると信じて止まない貴方の見下した目。


「な?機嫌を直してくれ」


「ふ、馬鹿ね」


(勝手にそう思ってて、私はもう降りるから)



彼も、私も、全てが急に馬鹿馬鹿しく思えた。

ただ静かに目を閉じて祈った。

この時間が早く終わりますようにと。

彼との時間を短くしたいだなんて考えたのは初めてだった。









しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

短編 政略結婚して十年、夫と妹に裏切られたので離縁します

朝陽千早
恋愛
政略結婚して十年。夫との愛はなく、妹の訪問が増えるたびに胸がざわついていた。ある日、夫と妹の不倫を示す手紙を見つけたセレナは、静かに離縁を決意する。すべてを手放してでも、自分の人生を取り戻すために――これは、裏切りから始まる“再生”の物語。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...