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愛を囁く悪魔
しおりを挟む愛してるのは君だけだよ。
家のために仕方なく婚約してるんだ。
私の隣には君ひとりだけが居てほしい。
そんな言葉を長らく信じてもう八年経った。
五歳で出会ってすぐに恋に落ちてから、彼の婚約者になれると信じて疑わなかった十歳のあの時から数年、
彼の隣には私ではなく、可憐で名家出身のあの子が居た。
ひどく落ち込んで彼を避け続けた私と強引に身体を重ねたのは貴方だったのに、ベッドでしか囁かれない甘言を信じ彼がいつか私を選んでくれるのだと待ち続けた私はとうとう恋人も居ないまま適齢期になってしまった。
形ばかりの婚約者だと言っていた彼女を本当はとても大切にしていることも知っていた。
それでも彼が私に触れる度、もう少し信じてみようと先延ばしにして来たのだ。
そして今日、彼は私ではないあの子と結婚する。
いつも好んで身につけたエメラルドグリーンのドレスを今日は着なかったことだけがせめてもの反抗で私を蔑むように睨みつける彼女の瞳から逃げる術もなければ、一度も私を見ない彼の言い訳を聞くことすら叶わない。
「失礼します、少し体調が優れなくて……」
「休憩室はあちらです」
冷ややかな彼の使用人の態度で分かる彼女がどれほどこの邸に馴染んでいるのか。彼はいつからか私を此処に呼ばなくなったから。
(場所くらい知ってるわよ……っ)
目眩がする中辛うじて休憩室に辿り着くと扉を閉めようとした所で誰かが滑り込んで来て私の代わりに鍵をかけた。
「ーっ誰……カル、何で」
「体調が優れないと聞こえたから」
「ガルヴィン、貴方は今日結婚したのよ」
「だから私の色のドレスを着なかったのか?」
「そこまで馬鹿じゃないわ」
「……来て」
「やめてっ……カル、正気じゃないわ!」
「もう黙って」
ソファに押し倒されて覆い被さったカルヴィンに身体が熱くなるが心は冷たかった。彼は今日彼女の夫となり、私は正式に彼の「愛人」に成り下がった。
いや、今までずっとそうだったのかもしれない。
彼の言う「本命」はこうしてこんな休憩室のソファで簡単に、別の女性との結婚披露パーティの間に手軽に抱ける女なのだろうか?
そんな訳が無い。彼はあの子をとても大切に扱っている、その噂は国中の者達が知っているのだから。
私の初めては彼を避けて逃げ込んだ私のベッドだったし、勢いに任せたムードも愛も何もないただの行為だったが、あの子の初めては彼の家門の自慢の別荘に彼女の為の新しい庭園と寝室を用意して丁寧に準備され、初めてのその日を大切に扱われたようだった。
「これで、最後にして」
「本当に?できるの?」
カルヴィンの言葉が鎖となって心に絡みつく。
けれどそれを断ち切る時が来たのだ。
私はそもそも、もっと早くから彼に選ばれていない。
「愛してたわ、カルヴィン」
「過去形なの?」
「もう黙って」
今日で最後、今だけは彼を愛して、これで全部忘れよう。
少し強引にカルヴィンに口付けた。
なんだ、乗り気じゃないかと言わんばかりの表情。
絶対に私がカルヴィンから離れられないという自信。
私ならきっと全てを受け入れると信じて止まない貴方の見下した目。
「な?機嫌を直してくれ」
「ふ、馬鹿ね」
(勝手にそう思ってて、私はもう降りるから)
彼も、私も、全てが急に馬鹿馬鹿しく思えた。
ただ静かに目を閉じて祈った。
この時間が早く終わりますようにと。
彼との時間を短くしたいだなんて考えたのは初めてだった。
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